第27話「不思議な夢と鈍感な主人公」
──その日の夜、変な夢を見た。
何で夢だと分かったのかと言うと、明るいカームの森中で激戦の末に討ち倒した〈ヴァルト・ロード・コボルドナイト〉が、目の前で膝を着いて頭を垂れていたからだ。
しかも殺意に満ちていた瞳は、まるで憑き物が落ちたかのように澄んでいて、とても穏やかなものに変わっている。
この状況は一体何なんだろう、と困惑した顔をするとロードコボルドは口を開いた。
『偉大なる王よ。ここに金色の姫より預かりし、神器をお返しします』
そう言って彼が虚空から召喚したのは、金色に輝く一つの槍だった。
両手で丁寧に握り、それを差し出すように向けてくる。
状況をいまいち理解できていない自分は、恐る恐る受け取ると、そのまま後ろに一歩だけ下がった。
……王? それはもしかして僕に向けて言っているのか?
それに金色の姫とは一体誰の事だろう。自分は王族じゃないし、少ない知り合いの中には当然のことながら、姫と呼ばれる者は一人もいない。
困惑していると、ロードコボルドはそれ以上は何も言わず、ただ無言で見つめていた。
しばらくして、受け取らないと先に進まない気がした自分は、彼が差し出している金色の槍を両手で落とさないように貰った。
するとロードコボルドは口元に笑みを浮かべ、
『ああ、白の王。最後に貴女に会えてよかった……』
心の底から嬉しそうに呟いて、光りの粒子となって散った。
何一つとして説明もされず、静かな森の中で一人残された自分は託された金色の槍を胸に抱き、胸の内側から込み上げてくる例えようのない寂しさに苦々しい顔をする。
周囲が暗くなっていくと、僕の意識は再び闇の中に落ちた。
◆ ◆ ◆
深い眠りに、身も心も預けていたら右の頬を誰かに指先で突かれた。
そんな事をする相手は一人しか思い浮かばないが、現在は夏休みの最中で身体と心は夜中のエリアボス戦で疲れ果てている。
拒絶の意思を示す為に身体の向きを変えると、隣にいる人物に背を向けた。
だがどうやらその選択は間違いだったらしい。幼馴染の少女は起きている証拠だと判断して背中側から思いっきり自分の身体に抱き着いてきた。
「あーおー、起きなさい、もう朝よー」
「……うん、あとろくじかん……ねかせて」
背中に押し付けられる柔らかい感触とか、鼻息が掛かるほど顔が近いとか色々な生の情報が押し寄せてくるが、今の自分は生物の三大欲求の一つ『睡眠』を欲している。
身体をダンゴムシの様に丸めて防御の姿勢を取ると、彼女はムーっと唸り声を出して離れた。
大人しく諦めてくれたかとホッとしたら、──脇の下から出てきた二つの手がささやかな自分の胸を鷲掴みにした。
「ぴぇ……ッ⁉」
突然の事にびっくりした僕は、目を覚ますと慌てて彼女の手を振り払ってベッドから脱出する。そのまま部屋の端っこまで避難したら、威嚇するように自身の両手を見下ろすシンプルな下着姿の幼馴染の少女を半目で睨みつけた。
「うーん、やっぱりB以上はあるわね……」
「いきなり寝てる人のサイズを、測らないでもらえるかな⁉」
「起きようとしないアオが悪いのよ。下ではママが朝食の準備を進めてくれているんだから、さっさと部屋から出る支度しなさい」
「下着姿のユウには、言われたくないよ……」
「これ着たら終わりだから、私は良いのよ」
そう言って彼女が取り出したのは、グレイカラーのフード付きワンピースだった。
頭から被って両手を右と左の順番で出した金髪碧眼の美少女は、最後に服の中に入っている長い金髪を出して、いつでも行けるように準備を終える。
細い腰に両手を当てて、どや顔をしたその姿は実に様になっている。まるでファッション雑誌の表紙を飾る、モデルのような美しさだった。
不覚にも朝っぱらから見惚れてしまった自分は、頬を少しだけ赤く染めた。
「んー、顔が赤いけど大丈夫? 機嫌悪くさせたなら、お詫びに私の胸揉ませてあげるわよ?」
「……だ、大丈夫だよ」
ユウが胸を強調して近くまで寄って来るものだから、慌てて床から立ち上がる。
と言っても今の自分の姿は、半袖のTシャツに短パンという恰好だ。
基本的に服装に関しては無頓着、寝る時と家の中にいる時は部屋着だ。外に出る際は上着を羽織るスタイルなので、基本的にここから違う服に着替える事は滅多にしない。
「……僕はこのままで良いから、レイナさんのご飯を食べに行こうか」
彼女が先導する形になり、二人で部屋を出て一階に向かう。
真っ直ぐリビングに到着すると、出かける準備をしている美人主婦に挨拶をした。
「レイナさん、おはようございます。こんな朝からお出かけですか?」
「おはよう、二人共。モーニングの準備はもうできてるから、二人共ちゃんと食べてね。私はちょっと今から用事があるから、お昼はユウが作ってあげなさい」
「わかったわ、ママ直伝の手料理を披露するわ」
娘との会話を済ませると、Tシャツにジーンズ姿の彼女は足早にリビングから出た。
ユウと二人で見送ろうと玄関に行ったら、レイナは靴を履きながら僕の方を見て「頑張りなさい」と意味深な事を口にして出て行く。
頑張りなさいとは、一体どういう意味だ?
疑問に思いながらも顔と手を洗いに洗面所に向かい、それから朝食を済ませた後にユウと協力して後片づけをする。朝の行動が終わるとリビングのソファーに並んで腰掛け、ソウルワールドで行う今後の話をする事にした。
「さて、先ずは昨日話した通りに今日は〈ヴィント国〉に向かって、着いたらクエストを受けてレベル25を目指そう」
「その理由は昨日聞いたわね。せっかくだからリュウジにも連絡を入れて、三人で優雅に馬車で景色を楽しみながら向かいましょう」
「ごめん、僕も転移できたら楽だったんだけど……」
二人は一度だけヴィント国に行ったことがあるので転移先に選べるが、自分は正式稼働ではまだ一度も足を運んだことが無いので、選択することが出来ない。
要するに三人の中で僕だけは徒歩か馬車で向かわないといけないのだが、ユウは転移で先に向こうに行って待つのではなく、それに付き合ってくれるらしい。
申し訳なく思いながらも感謝すると、スマートフォンで竜司にグループチャットでメッセージを打つ。即座に彼から返事が返ってきたけど、内容は『午前は用事があるから、午後に転移して合流する』というものだった。
それをユウに見せると、彼女は苦笑して肩をすくめた。
「それじゃ、今日の午前はアオと二人っきりね」
「あ、ああ、そうなるかな……」
嬉しそうな顔をするユウに、僕はつい壊れたロボットのような返事をしてしまった。
二人きりというのを認識した途端に、何だか急に落ち着かなくなる。ソファーの背もたれに身体を預けながら、スマートフォンを操作せずに意味もなく液晶画面を眺めてしまう。
何度か横目で隣に腰掛けているユウを盗み見ると、彼女は手にしているスマートフォンを操作して何やら調べ物をしているようだった。
画面を覗くつもりは無かったのだが、チラリと見えた検索画面に入力されていたのを見て固まってしまった。何故ならばそこには『ソウルワールド 身体のトラブル』というワードが入力されていたからだ。
「ごめん、ちょっと見えたんだけど、まさか僕の身体の事を調べてくれてる?」
「そうよ。だってアオがそのままだと、将来的に私も困るじゃない。だから似たような事例が他にないか探して解決の糸口を見つけようと思っているんだけど、流石にこんな特殊なケースは一件も見当たらないわね」
「……ありがとう。その気持ちだけでも、すごくうれしいよ」
感動して素直に礼を言ったら、それを聞いたユウが今度は苦々しい顔をする。
急にどうしたんだろうと思った僕は、彼女の地雷を踏まないよう慎重になって尋ねた。
「あのー、何かお気に障りました……?」
「ううん、なんでもないわ。こういう時に気づかれないのが、何だか残念だと思っただけ」
「……気づかれないのが残念って、どういうこと?」
「むぅ、流石にすこしムカつくから、バツとしてゲームバカは今からこれを着なさい!」
分からなくて首を傾げたら、彼女は手にしていたスマートフォンを投げ捨て、収納型になっているソファーの引き出しの中から何か洋服みたいな物を取り出した。
自分の前に広げられたソレを見て、度肝を抜かれる。上品なイメージのワンピース型の服──神居市にある有名なお嬢様学校の制服だった。
「ちょ、なんで他校の制服を持ってるんだよ!」
「え? それは可愛いから買ったに決まってるじゃない。まさか自分が着るだけじゃなく、蒼に着せる日が来るとは夢にも思わなかったけど」
「別に着せなくても良いんじゃないかなーッ⁉」
そうして朝っぱらから、取っ組み合いの争いが始まった。
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