第28話「アバターロストのペナルティ」

「ちょっとシアン、その服は何なの」


「あ、えーと、これはですね……」


 二人で同時にソウルワールドに転移をしたら、僕はベッドから起き上がった幼馴染の少女から装備している鎧ドレスと黒いポンチョコートについて聞かれた。


 流石に誤魔化すことが難しかったので、従姉のミライ絡みでアザリスに黙って夜中にこっそりソウルワールドに来ていた事、その際に起きた全ての出来事を正直に語った。


 二人のプレイヤーと出会い、直に見てしまった保護なしの末路。


 最後にはソロでレアなエリアボスを討伐したことまで語ると、話を黙って聞いていた彼女は険しい顔になった。


「……そういうことなら、次からはちゃんと私を起こしなさい。流石に今のシアンが、夜中に一人でソウルワールドに来るのは、幼馴染として絶対に許さないわ」


「ご、ごめん。次からはそうするよ」


「分かってくれたなら良いわ。まったく保護の件は置いとくとして、レアなエリアボスに我慢できなくてソロ討伐するなんて、どう考えても目立ちたがり屋のやる事よね」


「好奇心を押さえられなくて、つい身体が勝手に……」


「もう過ぎた事だから深くは追及しないけど、もう少し考えてから行動しなさい。注目されて一番困るのは、シアンなんだからね」


 全て彼女の言う通りなので、黙って素直に苦言を受け入れる。


 その様子を見たアザリスは、それ以上は何も言うことなく装備を終えて、最後に空中に表示していた自身のウィンドウ画面を消す。


 手足を軽く伸ばしてベッドから起き上がった彼女は、ゆっくり歩み寄ると笑顔でこう言った。


「でも私は、そうやって素直に反省するシアンの事が大好きよ」


「──ッ」


 突然のアザリスからのストレートな好意に、ドキッとさせられた。


 綺麗なウインクを決めた彼女はしたり顔をして、自分が今装備している黒いコートとその下に装備している白い鎧ドレスを、じっくりと楽しそうに観察する。


「このドレス、中々に良いデザインしているわね。これを作ったイライザさんと、私も一度会ってみたいわ」


「……多分会ったら二人共、直ぐに仲良くなれるんじゃないかな」


 なんとか受けた衝撃から立ち直った僕は、出会って意気投合したアザリスとイライザに捕まった後に着せ替え人形にされる未来が頭の中に浮かんで苦笑する。


 フレンド登録はしてあるので、どこかのタイミングで彼女に会わせてあげよう。そう心に決めながら時間を確認して、そろそろ〈シルフィード国〉を出発する事を提案する。


「あら、もうそんな時間なの。たしかに午後にはリュウとも向こうで合流する予定だから、ここらへんで出発しておかないとお昼の時間を過ぎちゃいそうね」


「うん、というわけでヴィント国を目指して出発だ」


 目立つ白髪をフードで隠した僕は、念の為に仮面を装着した相棒と二人で宿屋を出た。


◆  ◆  ◆


 宿屋を出てすぐ目の前は、〈シルフィード国〉の中央広場だ。


 昨日の夜中は外国の人が多かったけど、逆転して今はアジア系の人達の姿しか見当たらない。


 広場では立ち話をしている者達が多い。皆熱心な様子で何を話しているんだろうと疑問に思いながら、外に出るための大きな門に向かっていると、


「──おい聞いたか、昨日の夜中に誰も見たことが無いレアなエリアボスが出現したらしいぞ」


「──ああ、聞いた聞いた。たしか急成長していた中型クランの〈チャレンジャーズ〉が挑んで、HPを一本も削り切れなくて敗北したって聞いてるよ」


「──あそこのお調子者のリーダー、そこそこ強いメンバー達が入ってクランのランキング三桁台に載ってからは、ここら辺の狩場で色んなプレイヤーに自慢してウザ絡みしてたからね。正直に言ってざまーみろってだわ」


「──しかもポイント無しで死んで、人が変わったらしい。メンバーだったタンクから、この世界で稼ぐのを引退して、急に奉仕活動に目覚めたって聞いたぞ」


 四人パーティーの横を通り抜ける際に、聞こえてきた話の内容に胸中でホッとした。


 どうやらポイントゼロで転移しても、現実で死亡するわけじゃないらしい。だが聞いている限りでは、精神に何らかの作用がある事がうかがえる。


「……性格の悪い人間が、改心して真人間になるのは良い事だけど、少し怖いわね」


「うん、そうだね。でもポイントを常に確保していれば防げるんだから、あのプレイヤーみたいに金銭目的で、無駄に消費するのは避けた方が良いね」


 アザリスと小声で会話をしながら、何人かの横を通り過ぎる。耳に届くプレイヤー達の立ち話は、大体似たような内容だった。


 その中に白髪の少女に関する話題が一切ない事から、あの場にいた人達がちゃんと自分のソロ討伐に関して、黙ってくれている事が分かる。


 このまま歩みを進めると、無事に第一関門であった〈シルフィード国〉の大きな門を越えた。


「ふー、取りあえず最初の山は越えたかな。次は二十キロの長旅だ……」


「改めて距離を数字にして聞かされると、中々に広いマップよね」


 二十キロは大体、徒歩で五時間は掛かる距離である。

 しかもこれに、モンスターと遭遇して戦闘になる時間を考えれば、倍になる事も十分に考えられる。

 その戦闘を回避する為にも、モンスターに対して隠蔽いんぺい効果を持つ、馬車という心強い移動手段があるのだ。

 ベータ版の時は、何も知らなかったから十時間近く掛けて次の国に行ってたなぁ……。

 しみじみ思いながら僕は、アザリスと門の直ぐ側にあるNPCが経営するかし馬車ばしゃ屋に向かった。

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