第4話「VRN起動」

 家に入ると、先程の件を考慮してしっかり玄関の鍵を閉めた。


 頭の中を満たすのは『やっと夏休みだーッ!』という長期の休みに対する喜びだった。


 昼食を食べるか少しだけ悩むけど、今の欲求は食欲よりもゲームの方に強く傾いている。


 玄関に靴を脱ぎ散らかし、誰もいないリビングを通って、真っ直ぐに二階にある自室に向かった。


 わくわくする気持ちを表現するように、階段を一段飛ばして駆け上がり、勢いよく手前側にある扉を開けて中に入る。


 視界に飛び込んできたのは、以前に親友の二人から男子高校生とは思えないと評された、ベッドと机とタンスだけの生活感のない部屋。そのベッドの付近には、一つだけ金属製のチョーカーみたいな物が専用の台座にセットされていた。


 あの器具の正式名称は──virtualヴァーチャル realityリアリティー neckgearネックギア


 通称VRNと呼ばれている、最先端のマルチメディア器具だ。


 首に装着するだけでゲームをプレイするだけでなく、配信や動画視聴など様々な用途があり、──例えるならばゲーミングパソコンみたいな物だと説明したら分かりやすいだろう。


 この明らかにオーバーテクノロジーの塊である器具、脳量子力学でも説明できない技術が盛り込まれているらしく、雑誌には人の『魂(ソウル)』に直接作用しているのではと書かれていた。


 これの安全性に関しては、発売当初は疑問の声が多くあったらしいが、現在では世界中で販売されている事から問題はないのだと思われる。


知識のない僕が唯一分かることは、この装置が人の意識を仮想世界にフルダイブさせるだけの機能を備えているという事実だけだった。


 そんなVRNだが、西暦二〇二四年の現代ではスマートフォンと同じくらい自宅にない方が珍しいと言える程に普及されている。


 年齢制限は無く、未成年は保護者に電話で確認を取ることができれば購入を許される上に、お値段は一つ五万くらいと大昔のゲームソフトのハードと同じくらいの価格。現在も新作が続々世に出て来ているが、ほとんどはメモリを増量した物とか、人気アニメをモチーフにしたデザインのものとかだ。


 スクールバッグを雑に床に放り投げ、部屋着に着替えることも今は面倒だと思い後回しにすると、僕は制服のまま自分のVRNに歩み寄った。


「充電ケーブルの接続良し、昨日用意した飲み物の準備良し、トイレは……学校でしてきたから六時間くらいは大丈夫だろ」


 充電、水分、トイレ。フルダイブのゲームをする際には絶対に守らなければいけないリアル項目を順にチェックし終えた後、台座から外して手に持つと、そのまま転落防止用の手すりがあるベッドに向かって勢いよく横になった。


 首にフィットするチョーカー型のVRNを装着、するとセンサーが反応して電源が自動で点く。システムが立ち上がり、次に脳に対して接続アクセスが始まった。


 一つ一つ安全を確認しながらVRNから仮想の五感情報が与えられ、周囲に真っ白な仮想空間が生成されると、自室はマイルームと呼ばれる真っ白な空間に切り替わった。


 初期のデザインのベッドから起き上がり、そのまま僕は縁に腰掛けて何もない空間に向かって、右手を上げてダブルタッチする。


 指の動作からメニュー画面が呼び起されたら、目の前に動画サイトや動画作成や撮影機能等の色々なメディア機能のアイコンが綺麗に一列に並んで表示される。


 無数のアプリケーションが並んでいる中で、右手を持ち上げてタッチしたのはゲームソフトが纏められている項目だった。


 その中で迷わずに選んだのは、一番前にある新着が付いているソフトアイコン。


 確認するまでもなく、これこそが今朝ダウンロードを済ませたばかりの、フルダイブ型VRMMORPG〈ソウルワールド〉の正式版である。


 以前プレイしていたベータ版の印が消え、今日から本稼働を開始した話題のVRゲーム。

 音声と質感とクオリティの評価は、ベータ版の時点で文句なしの満点。


 痛覚を除いた五感の完璧な再現に加え、マップや街の作り込み、プレイヤーと遜色のない感情豊かで人間味のあるNPC、迫力満点なモンスター達。


 オマケにベータテストが開始されてからサーバーのメンテナンスを一切していないのに、バグや不具合を一回も起こした事がない、正に完璧な技術力を魅せつける運営。


 噂ではAIが二十四時間常にサーバーのチェックと修正をしているのではないかと言われている程で、実際にゲーム中に運営サイドの都合で中断したことは一度もなかった。


 ゲームを普通にプレイする上で、メンテナンスでサーバーにログインできない時間が生じないのはとても良い事なのだが、そこで一つの問題が生じる事となった。


 それは一体何かというと、廃人達がログアウトする事を忘れ、リアルの身体が脱水症状に陥りVRNの緊急装置が作動して病院に運ばれたのだ。


 別名『止まらなかった廃人』事件と名付けられたコレは、後にVRNにおける休憩の大事さを大きく世に知らしめる事例の一つとして、教科書に載る事となった程。


 入り込み過ぎると、直ぐに死に繋がるのはどのフルダイブゲームでも一緒だ。


 ちなみに僕はそんな危ない橋を渡ったら、リアルでユウからVRNを破壊する宣言をされているので、絶対にやらないと心に誓っている。


「……さて、物思いにふけるのもここまでにしようかな」


 ソフトの読み込みが終わり、目の前に【おかえりなさい、ソウルワールドへ】というメッセージが大きく表示される。


 この演出はベータプレイヤーだけに発生するものらしく、続いてゲームの一部データの引き継ぎが始まった。


 ──といっても引き継ぎで所持できるのは、称号と装備品の中から合わせて二つだけで、他はステータスも含めて製品版に移行する際に全て初期化される。


 その中で僕が選択したのは、最後まで粘ってようやく入手することが出来た全エリアボス単独討伐の報酬、魔剣〈レーバテイン〉と同時に獲得した称号だ。


「あれを入手するために、全ボスの行動パターンを覚えるのは骨が折れたな……」


 入手するまでに掛かった日数は、ベータテストが行われていた期間ギリギリ。


 誰もが途中で諦めた程の、超絶クソ難易度を先日達成した事を懐かしく思いながら、決定ボタンをタッチする。


 引き継ぎが完了した文字が表示されて次に進むと、ベッドに設置されている付属のスキャナーが起動して全身のスキャンが始まった。

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