第9話「ソウルテンプル」

「あ、暑い……」


 スマートフォンで計測した情報によると、外の気温は三十度超えだった。


 照りつける日差しは、ジリジリと自分の汚れ一つない白い肌を焼く。その熱を吸収したコンクリートから発せられる熱気は、まるで天然のサウナのような有様であった。


 日差しは麦わら帽子である程度は軽減できるが、カバーできるのはあくまで上空から降り注ぐ日光のみで、下からの地形攻撃に関しては全てノーガードだ。


 せっかく風呂に入って綺麗になったのに、再び汗でびっしょりになる事にウンザリしながらも、ユウ達と一緒に無心でひたすら足を前に運ぶ。


 途中で見知らぬ三人の男子学生達が接近してくるのが見えると、僕は思わず麦わら帽子で顔を隠し、逃げるようにユウの後ろに隠れてしまった。


「プレイヤーの方ですよね、もし良かったら三人の枠があるのでパーティーを組みませんか?」


「悪いけど、人見知りがいるんだ。他を当たってくれ」


「でもフルパーティの方が効率が」


「俺は、しつこいのは大嫌いなんだよ」


 百八十センチの長身で、服の上からでもハッキリ分かる程の筋肉質の彼は、他人が相対したらとてつもない威圧感を与える。


 現に食い下がろうとする三人に、竜司は後方で一歩離れている自分ですら身がすくむような威嚇をぶつけただけで、あっさり諦めさせた。


「うへぇ、現実で知らない人に誘われるのって怖いな……」


「ハハハ、パーティーに苦手意識があるのはホント変わらないな。流石は誰もが不可能だと断じた全エリアボス単独撃破を果たした、ベータ最強のソロプレイヤー〈白の魔剣士〉様だ」


「その名前で呼ぶのは、やめてくれよ」


 それを知っているのは、ソウルワールドでも最後までプレイしていた真の廃人達だけだ。


 熱心なファンが、ベータ版での最後の偉業達成を見守っていたらしく、〈イビル・ヴァンドラゴン〉の討伐を確認したと同時に、急いで広場で宴をしていた者達に報告しに来たと竜司から後に聞かされた時は、びっくりしたものだ。


「別名ボッチの白姫とも、言われてるけどね」


「まぁ、それは仕方ないんじゃないか。俺以外の男からの誘いは始めた当初の勧誘ラッシュで地獄を見て受け付けなくなったし。かといって、ベータで同じ女性から誘われる事なんて無かったからな」


「アオも、色々あったのね」


「やめて、そんな目で見ないで」


 隣りにいるユウから同情する目を向けられて、そっと視線を逸らす。


 これに関しては、思い出しても面白い話ではないので、咳払いを一つして話題を変える事にした。


「ごほん! それにしても一週間も寝ていたって事は、その間に他のプレイヤー達はかなりレベリングとか、マッピングが進んでいるのかな?」


「あー、その件なんだが。おまえは寝てたから知らないんだけど、ソウルワールドの攻略が本格的に始まったのは、実は二日前の事なんだぜ」


「……え、そうなの?」


「それまで調査とかで、自衛隊が出てきて規制が掛かってたのよ。神の使いを名乗る聖女が現れて、人類に対する試練だって言ってから、ようやく神殿に入る事が許可されたの」


「聖女? 試練ってどういうことだ?」


「俺達も全ては知らないんだが、聖女様はこんな姿をしているらしいぞ」


 そう言って竜司から見せられたのは、スマートフォンの液晶画面に映し出された、白い法衣を身に纏った金髪の見ためが十代くらいの少女だった。


 彼女が現れると、どこからともなく国籍不明のシスター達が現れて神殿の調査をしていた自衛隊は撤退し、そして神殿の運営が開始されたらしい。


 他にも自分が眠っていた間に起きた事について、ユウと彼が積極的に話してくれるのを聞きながら歩いていたら、そこで先程から見えていた建築物の全貌が明らかになった。


「おお、アレが例のソウル、テン……プル……」


 思わず口を半開きに、間抜けな顔をしてしまった。


 自室から見える程だったので、神殿が大きいという事は知っていた。


 でも改めて近くで見上げた、広い敷地に周囲の調和を乱すほどの全長百メートル程の巨大な建造物は、自分の中から語彙力が消失してしまう程に存在感がヤバかった。


 建物の作りとしては、以前にテレビで見たチェコのプラハにある世界遺産の大聖堂に近い。


 ゴシック様式の神殿は、とても一週間前に出現したとは思えない程に綺麗な作りをしていて、長い年月そこにあるような年季を感じさせた。


 これが一週間前に出現したの。なんの前触れもなく?


 当時の人達が大騒ぎしていたのが、頭の中で容易に想像できてしまう。住宅街のど真ん中に、こんな巨大な建物が現れたらびっくりするなんてレベルじゃない。


 自分の目と頭が正常なのか、心配になって先ずは病院に向かうだろう。


 足を止めて呆然とした顔で、ユウと竜司を見ると「わかる、自分達も最初はそうなった」と、二人は揃って力強く頷いた。


「と、取りあえず、中に入ろうか」


 気を取り直して、門を通って神殿の敷地内に入る。神殿の庭には、白いユリの花に酷似した植物が咲いており、見ていると何だか懐かしい気持ちになった。


 この感覚は何だろう、不思議に思いながら開け放たれた神殿の入り口まで到着すると、流石に建物内で帽子は不味いと思い、麦わら帽子を脱いで手に持った。


 中を見渡すと、そこは実際の大聖堂と同じような作りになっていた。


 身廊(しんろう)と翼廊(よくろう)が交差して十字形を描き、奥には礼拝堂ではなくホテルなんかで見られる大きなカウンターが設置されている。


 更にカウンターには、先ほど話で聞いたシスターの女性達が横に並んで立っていた。


 彼女達は宙に浮かぶウィンドウ画面を見ながら、カウンターの前に列を作っている私服姿の若い男女や大人達と何かやり取りをしている。


 僕は天使が描かれたステンドグラスと、美術館みたいな内装に魅入りながら列に並んだ。


 すると一部の人達が、此方を見て驚いた顔をする。彼らは近くにいる友人達に何やら話をして、あっという間に全体に広がった。


「え、なにあれメッチャ可愛くね?」


「やだ、お人形さんみたい……」


「ウソだろ、あんな可愛い子見たことないぞ!」


「あの白い髪、アルビノ……だよな?」


「こ、声かけてみようかな」


 無遠慮な視線が一斉に突き刺さり、額にびっしり汗を浮かべた。


 室内だからと脱いでいた麦わら帽子を、再び頭にかぶり幅広のつばで顔を隠す。


 そんな自分を守る為に、ユウがぴったり寄り添う。竜司はコッチを見るなと言わんばかりの圧を彼らに向ける事で、向けられていた注目は半分くらい減った。


 早く終わらせて家に帰りたい……。


 憂鬱な気持ちと戦いながら列を進むと、金髪の若いシスターの女性は仕事が早いのか、あっという間に自分達の番がやってきた。


「こんにちは、私は天使様に選ばれたシスター、アンナと申します。見たところ、ソウルリンクは所持していないようですね。でしたらVRNはお持ちでしょうか?」


「こ、ここに持ってます」


 事前に二人から持ってくるように言われていたので、首に装着するマルチメディア器具をショルダーバッグから取り出し、アンナにドキドキしながら手渡す。


 両手で丁重に受け取った彼女は、VRNと首に装着しているチョーカーをケーブルで繋げ「仮登録はお済みですね。本登録を行いますが宜しいでしょうか?」と言ってくる。


 何度も頷くと、アンナは笑顔でVRNを手にウィンドウ画面を開いて、凄まじい手速で何らかの作業を行い、ちょうど一分掛かるか掛からないかくらいの時間を使って画面を閉じた。


「ありがとうございます。こちらはお返ししますね」


 返却されたVRNを受け取り、そのまま持ってきたバッグに戻す。


 彼女はウィンドウ画面を再度開いて操作すると、今度は淡い光が発生して僕の目の前に集まり、一つの輪っかみたいな形を形成した。


「おお、ファンタジーだ……」


 何も無かった空間に、小さな宝石が嵌(は)め込まれたチョーカーが出現した事に感激しながら、僕はそれを手に取り自身の首に装着する。


「ソウルリンクには、既にSP──ソウルポイントが一〇〇ポイントチャージされています。一〇ポイント消費する事で〈ソウルワールド〉に転移する事ができる仕様です。一度転移して六時間経過したら、自動で現実に戻ってくるのでご注意下さい」


「……そうなると、一〇回しか転移できない計算になりますね。消費したSPの回復方法は?」


「それは簡単です。ギルドでクエストを受けて達成することで、SPを貯めることができます」


「……なるほど。それだけ分かれば後は、頼りになる友人達に聞くから大丈夫です。後ろも列が長くなってるし、さっさと退散しますね」


「ありがとうございます。またのおこしをお待ちしております、シアン様」


「あれ? なんで僕のPNを……」


「手続きの時に、プレイヤーデータを拝見しますので」


「ああ、なるほど。此方こそ、ありがとうございます。アンナさん」


 無事にソウルリンクを手に入れた僕は、長蛇の列から離れると壁際で一息入れる事にした。


 周囲の視線は未だに集まっているが、それに関してはだんだん慣れてきた。


「それじゃ、早速〈ソウルワールド〉に行ってみようか」


「おう、そうだな。百聞は一見にしかずって言うし、その方が俺達もレクチャーしやすいしな」

「向こうに行く前に聞きたいんだけど、転移したら服とかバッグはどうなるの?」


「そこら辺は心配しなくて良いぞ。こっちの物は向こうには持って行けないから、初めてスタートする蒼は初期装備になる」


「……なるほどね。うん、分かった」


 唯一の懸念を解消すると、ウィンドウ画面を開いた。


 そこで初めて知ったのだが、どうやら〈ソウルワールド〉は転移する前に毎回、四つのサーバーみたいなものから一つを選ばないといけないらしい。


 二人と相談をした結果、今一番人が少ない〈ウリエル・ソウルワールド〉を選ぶ事にした。

「オマエはまだ、初めてすらいないから最初の〈シルフィード国〉からだよな」


「私達は、前回は次の〈ヴィント国〉で終わったんだけど、今回はアオに合わせて〈シルフィード国〉に転移するわね」


「二人とも、ありがとう」


 帰ってくる際には同じ操作を行い、ここではなく自宅に戻ることが出来るようだ。


 ポイントに余裕があれば、二〇ポイントで異世界を経由したワープ帰宅が出来そうだなと思いながら、〈ソウルワールド〉に向かう為の準備を終える。


「そんじゃ、行ってみようか」


 目の前に浮いている、ウィンドウ画面に表示された『ソウルワールドに転移しますか?』のメッセージに対して『YES』をタッチする。


 淡い光に包まれたら、自分の意識と身体は現実世界から消えて、剣と魔法の世界──〈ソウルワールド〉に転移した。

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