第10話「最初の国」
神殿の屋内から、一瞬にして自分がいる世界が一変する。
いきなり太陽の強烈な光を顔に浴びて、目を開けていられなくなった僕は、たまらずに右手で防御をすると顔をしかめた。
肌に感じる気温は、熱くもなければ寒くもなく、ポカポカした程よい感じ。
街の中を吹き抜ける優しい風に運ばれてくるのは、国の周辺に広がっている森の独特な匂いだった。
それは、森林のど真ん中に建てられ春の国と呼称されている、ソウルプレイヤーなら誰もが最初に訪れる〈シルフィード国〉の特徴の一つである。
正直に言って内心では、かなりビビっていたけど転移は無事に成功したらしい。
覚悟を決めて、恐る恐る瞼を上げると、目の前に広がっている非日常の光景を見た。
「ここが、現実になったソウルワールドか……」
胸の内から込み上げてきた感想が、ポロリと口から漏れ出す。
先ず目の前に飛び込んで来たのは、ベータ版の頃から変わらない〈ゲート〉と呼ばれる大きなクリスタルが設置されている大広場だった。
初心者が最初に降り立つ場所なので、広場の周りにはクエストを受付している冒険者ギルトだけでなく、冒険に必要な店が一通り全て揃っている。
故に周りには、此処を拠点としているビギナープレイヤー達の姿が数多く散見された。
装備を見たところ、彼らのレベルは大体10〜12辺りっぽい。
メインで受けているクエストは、国の周辺森林に生息している蜂型モンスター〈ワスプ〉がドロップするハチミツ集めだろう。
アレはレベリングもだが、装備を整えるための資金稼ぎにも良いので〈魔法剣士〉以外の職業は、レベル15まで誰もがお世話になる効率の良いクエストだ。
頭の中にあるベータ時代の知識を引っ張り出しながら、先ず自分の装備を確認した。
竜司に事前に聞いていた通り、身に付けていた衣服とバッグはない。代わりに特殊な素材の長袖シャツと、女性アバターの初期衣類のプリーツスカートを穿いている。
腰に下げているのは、装備するのに『原初の森を制覇し孤高の剣士』を必要とするベータ限定のイベント武器で、なんと現状では誰も入手できない最高峰のレアリティ──【A】ランクの魔剣〈レーバテイン〉だ。
見たところ、引き継いだ魔剣以外は、ベータ版の頃と特に変わった様子はない。
可能ならオシャレで性能の高い衣服に変えたいところだけど、序盤はとにかく資金が足りないので、しばらくはこのままプレイする事になるだろう。
そんな事を考えていたら、不意に肩を誰かに叩かれる。
振り返った先には、全身に鉄製の鎧と二メートル近い大剣〈ギガンテ・ソード〉を背負った騎士と、白い聖職者の衣装を纏う金髪碧眼の少女が並んで立っていた。
聖女とそれを護衛する騎士に見間違いそうになるが、僕は一目で親友達だと認識する。
「……リュウ、街の中は頭の装備を外せよ。一瞬、誰かと思ったよ」
「悪い悪い、フル装備だとつい外すの忘れるんだよな」
軽い謝罪をしながら竜司こと、PNリュウはウィンドウ画面を開き頭部の装備だけ解除する。
中から現れた素顔は、現実の少年と全く同じで、オッドアイのイケメンだった。
呆れてため息をつくと、次に隣でそわそわした様子で何やら自身の存在をアピールしている、可愛らしい幼馴染の少女に少しだけ苦笑してしまう。
白い聖職者の衣装は下の布地が短く、動きやすいように足が露出している。そして手にしているのは、どう見ても聖職者用の杖ではなく──攻撃用の槍だった。
このゲームの職業は、装備する武器は限定されていない。だから普通なら杖とか装備するのが普通の〈魔術師〉や〈プリースト〉なども剣や槍等を持つことが出来る。
だからアザリスが聖職者の姿をして、自衛用に槍を手にしているのは全くおかしくない。個人的な感想として述べるなら、戦う聖女様って感じでとても可愛いと思った。
これはきっと、何処に行っても注目を集め声を掛けられることは間違いない(色んな意味で)。
現にこの場で自分達は──とても目立っている。男性と女性を問わず好意的な眼差しの集中砲火を受けながら、額にうっすらと汗を浮かべた。
「……うん、アザリスはとても似合っているし可愛いよ」
「ありがとう、ア……し、シアン」
ユウ──PNアザリスは満面の笑顔で、危うく僕のリアルネームを口にしそうになり、途中で慌てて頭上に表示されているプレイヤーネームを口にした。
これは果たして、ネトゲーと言って良いのかは大いに疑問ではあるけど、PNがある以上は僕達の中にあるルールは適用させた方が良いだろう。
実際に周辺にいるプレイヤー達は、みんなパーティーメンバーの事を頭上に表示されているPNで呼んでいるのだから。
「思ったんだけど、この世界ってゲームの中と、異世界のどちらなんだろ?」
「そのことに関しては、未だに分かってないのよね」
「実際に切られても血とか出るわけじゃないし、四肢が欠損しても三分くらいで生えてくるから、現状の認識であえて言うならゲーム仕様の異世界って感じだろうな」
「なるほど、それなら少しは気楽に楽しむことができるね」
二人にパーティー申請を出すと、、先ずは目の前にある冒険者ギルドに足を運んだ。
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