第11話「ギルドのクエスト受付」

 木製のウエスタンドアを押して入った先には、ベータ版の最初の頃に何度も足を運んでいたホテルみたいな内装の空間が広がっている。


 一番奥にあるカウンターには、武器と防具を装備したプレイヤー達が集まっていた。


 彼らの対応をしているのは、スーツ姿を身に纏った女性達だ。


 全てを一通り見たところ、ベータ版からの変化は何も見当たらない。取りあえず他には目もくれず、空いているカウンターに真っ直ぐ向かうことにした。


「こんにちは、ローラと申します。こちらはクエストの受付けを行ってます」


 自分を担当する受付嬢──ローラは、見たところ二十歳くらいの綺麗な女性で、スーツをビシッと着こなす、金髪碧眼のみんな大好き耳長のエルフ族だった。


「こんにちは、クエストを受けに来ました」


 用件を伝えると、目の前にクエスト一覧が記載されたメニュー画面が出現した。


 プレイヤー達は、この中から最大三つまで選んでクエストを受ける事ができる。


 自分は現在レベル1なので、一番上のオススメに出てくるのは『スライムの討伐』とか『薬草の採取』とかの、簡単でリターンが少ない物ばかりだった。


 だから画面を、先ずは一気に最下層までスクロールさせる。そこから大量にあるクエストの山の中から、迷わずに目的のハイランク帯が受ける『ラフレシアの討伐』と『ラフレシアの花粉集め』と『ラフレシアの蜜集め』の三種をタッチした。


「……良かった、無くなってたら、どうしようと思ったよ」


 次に見るのはクエストの詳細とモンスターの詳細、その全てがベータ版の頃と変わらないのを確認した後に、迷わずにクエストの受注を完了させた。


「あらあら、随分と決めるのがお早いですね。選ばれたクエストは、ラフ……え? 貴女、まだレベル1ですよねッ⁉」


 選択したクエスト内容を見たローラは、カウンターに勢いよく両手をついて、驚きの余り目を大きく見開いていた。


 ──彼女が驚くのも無理はない。なんせ今選択した〈ラフレシア〉討伐クエストの推奨レベルは最低でも20以上だ。誰がどう見ても、レベル1の開始した初心者プレイヤーが報酬良いからと、気軽に倒せるような相手ではなかった。


「し、シアン……そんなの受けて、大丈夫なの?」


 アザリスが心配した顔で尋ねてくるが、僕は笑顔で大丈夫だと頷く。


 一方なんで自分が〈ラフレシア〉を選んだのか、その理由を知っている同じベータプレイヤーのリュウの表情が、隣で段々と苦々しいものに変わった。


「……おまえ、まさかとは思うが、アレをやるつもりなのか?」


「うん、僕が選んだのは〈魔法剣士〉だからね。一気にレベリングと資金稼ぎをするなら、この方法が手っ取り早いかなって」


「いやいやいや! おまえ、今の〈魔法剣士〉じゃアレは無理だぞ⁉」

 リュウの叫びに、ギルドに来ていた他のプレイヤー達が一斉に振り向く。

僕を見て全員、「あの子、職業にあの〈魔法剣士〉を選んだのか?」と驚いた顔をしていた。


 それは、けして良い感じのニュアンスではなかった。どちらかというと「あのハズレ職業を選んでるのか」という悪い意味が込められていた。


(……おや、これは僕の選んだ職業に大きな変更があったのかな?)


 思い返せば、職業の選択のところで注意文が出ていた気がする。


 その時は、早くゲームをプレイする事しか考えていなかった自分は、脳死でベータ版最強職の《魔法剣士》を選んでアバターを作成したのだ。


 ステータスの数値は変わりなかったので、そうなると次に予想できるのはスキルの項目だろう。慣れた手付きでウィンドウ画面を出し、所持しているスキルを確認する。


 〈ソウルワールド〉のスキルは、武器の『アームズスキル』と職業の『ジョブスキル』それと特殊枠の『リベレイションスキル』の合計で三つの分類に分けられている。


 この中で目的は、設定している職業が関与する二番目の『ジョブスキル』だ。


 《魔法剣士》が最初に覚えるスキルは、四大元素の初級魔法剣技。


 これはアームズスキルとジョブスキルの二つを合わせた複合型の技で、威力が二乗される上に属性の組み合わせで近中遠距離を自在に立ち回ることを可能とした、正に〈魔法剣士〉がチートと言われていた最大の原因である。


(おや、これは一体……)


 皆が注目している中で、スキルの一覧を見て二点ほど気がついた。


 先ず一点目は、全ての初級魔法剣技の消費MPが『3』と表示されている横にCT──クールタイムの数字が百八十秒となっていた。


 ベータ版の頃は十秒だったので、製品版では一度使用した属性を再使用するのに、以前の十八倍の時間が必要となったわけだ。


 確かにこれなら、〈魔法剣士〉を選んだ事に対して皆が驚くのにも頷ける。


 なんせこの仕様では、戦闘中に一度使用した属性攻撃を三分間も使えない事を意味する。


 基本的に攻撃スキルしかない《魔法剣士》の役割はダメージディーラーしかなく、常にどんな敵を相手にしても、属性攻撃で弱点ダメージを与えられるのが最大の強みだった。


 それが連続で出来ないのであれば、《竜騎士》とか他の専門の職業を選んだ方が全体的に安定性も増す。


 ──と、ここまでが製品版の《魔法剣士》の現状だ。


 ベータ版では殆どのアタッカー希望のプレイヤー達が、殆ど《魔法剣士》になってたし実際に強すぎたから、この修正も仕方ないとは思う。


 だけど次の二点目、僕は自分のスキル画面の表示がおかしい事に気がついた。


 下方修正されたスキルのCT『百八十秒』その数字の部分だけが点滅して『九秒』に変化している。ここから推測できるのは本来のCTは『百八十』で、自分が所持する何かが作用して『九』という数字に変化している事。


 その効果をもたらしているモノは、所持しているスキルの中には見当たらない。


(……そうなると、自然と答えは一つに絞られるかな)


 スキル画面を閉じると、次にステータス画面を開いてベータ版では取得条件が不明過ぎて最後に滑り込みで獲得した、『称号』の項目を開いた。


 するとそこには、予想していた二つ目の称号──〈女神の祝福を授かりし者〉があった。


 これは初めて見る称号だ。取得条件は不明で効果を確認したところ『全ての硬直時間、CTが二十分の一』になるという、余りにもチートすぎるものであった。


 これは冷静に考えて、この場で安易に口に出したらヤバいような気がした。


 ただでさえ目立つ容姿なのに、そこに更に注目を集める要因を自分で増やすのは、ただ面倒事を増やすだけで、なんのメリットも無い。


 取りあえずウィンドウ画面を閉じると、見守ってくれている二人に笑顔で答えた。


「う、うん。なるほどね。みんなが《魔法剣士》に対して、どう思っているのかは分かったよ」


「それならどうする。受けたクエストをキャンセルするか?」


「……いや、クエストは受けようと思う」


 リュウの提案に、僕は即座に首を横に振った。


 称号の恩恵で、ベータ版の頃と変わらない運用が出来るのならレベリングと魔剣の試運転を兼ねて、やはりラフレシアの討伐クエストはやっておきたい。


 少しだけ考えた後に、周囲からは見えない角度でメッセージ画面を開く。そこでパーティーを組んでいるメンバー全体に、高速のタイピングで自分の状況を入力して二人に送った。


 唐突なメッセージを受け取った二人は、その内容に目を通して綺麗な二度見をした。


 表情で分かりやすく、「マジかよ」と言わんばかりのリアクションを見せてくれた二人に、僕は真剣な顔をして深く頷いて見せる。


 余りにもチート過ぎる効果に、流石にこの場で公言する事はできない。そのことを即座に理解してくれたリュウは、即興で話を合わせてくれた。


「……まったく、仕方ないなぁ。そんなにやりたいなら俺のフレンドにも声を掛けてみるか。三人は無理でも、六人のフルメンバーなら何とかなるだろ」


「ありがとう、リュウ」


 もの凄い棒読みの演技に内心で、おまえが連絡を取れる友達は僕達しかいないだろ、と鋭いツッコミを入れながら表では笑顔で礼を口にする。


 クエストの受注が済んだら、受付のローラは複雑な顔をしながらも「ご武運をお祈りします」と、精一杯の笑顔で応援してくれた。


 用事が終わると、カウンターから離れてギルドの外に向かって歩き出す。


 周囲にいる他のプレイヤー達は、無謀な事に挑戦する僕達に向かって、


「あーあ、こりゃムダ死にだな……」


「初心者にしても、レベル1で適正レベル20のラフレシア討伐はあり得ないだろ」


「トップランカーの人達も、今のアレは面倒過ぎて相手にしたくないって聞いた事あるわ」


「レベル20が複数人いても、厳しいだろうな」


 ──と、揃って呆れた顔をしていた。


 涼しい顔でそれら全てをスルーした僕は、冒険者ギルドから出て愛剣〈レーバテイン〉の柄を指先で撫でると、不敵な笑みを浮かべる。


 小さな胸の内は、新しい冒険に出かける事に対する期待感で満たされていた。


「さて、それじゃ最初の冒険に行ってみようか」

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