第45話「死力を尽くす者達」

 突然発生した、純白の輝きが闇の中で美しい輝きを放つ。


 この場にいる全ての者達の視線は、一斉に光の中にいる一人の少女に向けられた。


「──今すぐに全員、攻撃を中止して白姫様の防衛に回れ!」


「あのオメガスキルなら、ボスのHPを削り切る事ができると思います! 皆さん、これは千載一遇の勝機ですよ!」


 状況を直ぐに理解した、ガルディアンとイグニスが、固まっていた仲間達に指示を出す。


 シアンに突撃する為に、前傾姿勢を取った〈デゼスプワール〉に向かって走りながら、二人は騎士職の上位スキル〈オーバードライブ〉を発動する。


 ステータスを大幅に強化すると、ガルディアンは更に右手のガントレットにスキルエフェクトを発生させた。


「我が拳よ、敬愛なる姫を守る力を宿せ〈エクスプロージョン・ファウスト〉!」


 地面を蹴って瞬間的に加速する。身体を僅かに傾け、迎撃の斬撃を避けたガルディアンは、そこから強烈な右ストレートを胴体に向かって放った。


 その寸前で反応した獣騎士は、自身と拳の間に左腕を割り込ませ防御する。


 大きな爆発が起き、ガルディアンと〈デゼスプワール〉は互いに大きなノックバックをする。


 そこにイグニスが、敵の崩れた体勢を立て直す時間を与えまいと、双剣を手に突進した。


「彼女の邪魔をするのは、絶対に許しません──〈レイジドラグーン・ストリーム〉ッ!」


 目にも止まらない超高速の連続切りが、立て続けに獣騎士に向かって繰り出される。


 彼の洗練された剣技は鋭く速い。流石の〈デゼスプワール〉も防ぎ切る事ができなくなり、数回程身体にダメージラインを刻まれた。


「……半分以上防ぐとは、流石はベータ不敗の怪物ですね!」


 最後の攻撃を長剣で受け止められると、イグニスは衝撃を利用して後方に跳び、敵から大きく距離を取った。


 大技を使用した二人は、僅かな時間だが硬直時間が発生する。


 その時間をカバーしようと、残った部隊が〈デゼスプワール〉に突進した時、


『絶望ニ……散レ』


 巨大な深紅の魔法陣が、獣騎士を中心に地面に展開された。


 これは最初に見せた、範囲攻撃〈デスペア・アースランス〉。


 二人が警告する時間もなく、正面から向かって来るプレイヤー達を地面から発生した無数の土の槍が無慈悲に貫き、その殆どを光の粒子に変える。


 ただし、その中を玉砕覚悟でダメージを受けながらも抜けた数人が、体当たりしながら刺突技〈フォール・ストライク〉をボスの胴体に叩き込んだ。


 まさかの神風特攻に、油断していた獣騎士のHPが僅かに減少する。


『グヌゥ、愚カナル者達ヨ……ッ』


「「「ぐわああああああああああああああああああああああ⁉」」」


 苛立ちの言葉を吐き出し、〈デゼスプワール〉は魔力みたいなものを爆発的に放出する。


 至近距離で初見のスキル攻撃を受けたプレイヤー達は、全員遠くに弾き飛ばされた後に、フルだったHPがゼロになり光の粒子になった。


 少し離れた場所には、他のプレイヤーに突き飛ばされて最初のアースランスから助かった、ガルディアンとイグニスが転がっている。


 獣騎士は彼等を一瞥するが、脅威を排除する事を優先したのか無視してシアンの方を向く。


 今の攻めによって、殆どのプレイヤー達は行動不能となってしまった。


 残ったのは、アザリスとリュウと支援隊だけである。


 敵が地面を蹴り、真っすぐに突撃して来るのを確認したリュウは、大剣を手に時間を稼ぐ為〈デゼスプワール〉に立ち向かった。


「ここは絶対に通さねぇよ!」


 惜しみなく、温存していた騎士の上位スキル〈オーバードライブ〉を開放。


 オメガスキルは間に合わない。とっさに手持ちの中から彼が選択したのは、大剣カテゴリーの初級スキル〈バスター・ガード〉だった。


 武器の強靭度を更に上げたリュウは、上段から振り下ろす敵の長剣を正面から受け止めた。


『矮小ナル者ガ、我ガ刃ヲ……⁉』


「ハハハ! 驚いたか、これが脳筋アバターの底力だ!」


 拮抗は一瞬だけではなかった。刃を交えたリュウは押し負ける事なく、対面にいる〈デゼスプワール〉と、その場で完全に動きが止まる。


 普通ならば、ボスの攻撃にプレイヤーが拮抗する事は難しい。


 最初の時にガルディアンが真向から拳で打ち合えたのは、本人の桁外れの技量で攻撃の側面を常に弾いていたからだ。


 他の者が、彼と同じ事をしたら押し負けるか、或いは武器が破壊されることだろう。


 リュウが正面から止めることが出来たのは、自慢の筋力特化型ビルドに加え装備を厳選し、大剣〈ギガンテソード二式〉の強靭度を限界値まで鍛えているから。


「スキルで底上げする事で、特化型は一時的にオマエにも匹敵する力を得られるんだぜ!」


 火花を散らしながら、リュウは何度も刃を交える。


 一歩も譲らない攻防。少しでもミスをしたら、その時点で負けてしまうギリギリの剣舞を繰り広げる中で、彼は徐々に劣勢になっていく。


 このままでは押し負ける、そう判断したリュウは、大剣を上段に構えた。


『隙ヲ晒ストハ、愚カナ大剣使イヨッ!』


 がら空きとなった胴体を狙い、横薙ぎに長剣が右から左に振り抜かれる。


 刃が胴体に触れる寸前、リュウはここで温存していた防御スキルを全開放した。


 厳選された鎧は、一時的に防御力が上昇する事によって斬撃を半ばで止める。獣騎士の動きはこの時、完全に停止して目の前の大剣使いに大きな隙を作りだした。


「食らいやがれ、これが俺の切り札〈バスター・ソードブレイク〉だッ!」


 上段に振り上げた大剣を、リュウは獣騎士の刃を胴に受けながら、これ以上ない程に研ぎ澄ました動作で真っすぐに振り下ろす。


 HPが減少する中、心を一切乱さないで放った武器破壊属性を宿した垂直切りは、〈デゼスプワール〉の長剣を半ばから両断する程の威力を発揮した。


『ソンナ……バカナ……』


 剣を切られるのは、流石に想定外だったのだろう。


 半分になった長剣に動揺し、そのまま逃げるように後ろに大きく跳躍した。


 武器を破壊する代償に、八割以上のダメージとスロウ状態となったリュウは、その場で片膝を着いて武器を折ってやったと、したり顔をする。


 愛剣を折られた憎しみに、頭が一杯となった〈デゼスプワール〉は咆哮した。


『貴様アアアアアアアアアッ!』


 獣騎士の意識は、目の前にいる一人の少年に全て向けられる。


 それは、この戦いが開始して初めて生じた〝完全な隙〟だった。


「よくやったわ、リュウ」


 戦場に響き渡る、強い意思が込められた言葉に、獣騎士はハッと我に返る。


 だが気が付いた時には、既に頭上には合計で六本の光の槍が生成されていた。


 これを作成した槍使いの少女──アザリスは、天に翳した槍を勢いよく振り下ろす。


「受けなさい──〈ツクヨミ・リストリクションズ〉」


 月神の加護を付与された拘束の槍が、言葉に応じて一斉に天から降り注ぎ〈デゼスプワール〉の周囲に突き刺さって六芒星を描く。


 金色の光に包まれた獣騎士は必至の抵抗をするが、全ての行動とスキルの使用まで完全に封じられて、双眸を大きく見開いた。


 このスキルの拘束時間は、相手によって上下する。この場合は最上位のモンスターである〈デゼスプワール〉を動けなく出来る時間は、三分間が限界だった。


 自分に出来る事を成し遂げたアザリスは、純白の輝きを放つ最後の希望に視線を向けた。


「シアン、今よ!」

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