第2話「金髪碧眼の幼馴染」
身長はおよそ百六十センチ。
長い腰まで届く天然パーマの金髪に碧いつぶらな瞳、通り掛かる全ての学生達の視線を釘付けにする程の美形で、つま先から頭の天辺まで全てに置いて神様が長い時間をかけて造りこんだような美を体現したような存在だ。
神居高等学校の白いブラウスにチェック柄のスカート、黒のニーソックスを身に纏う日本人とイギリス人のハーフの少女──小学一年生の頃から付き合いのある幼馴染み、
「やっと来たわね、アオ。一緒に帰りましょう!」
周囲で彼女に話し掛けようか悩んでいた学生達の視線が、一斉に此方に向けられる。
これは四月に入学してから未だに変わることのない、何でこんな冴えない奴が親しそうに声をかけられるんだという、嫉妬と羨望が混ざった視線だった。
まるでヘイトを集めるスキルを使用したような状況に、僕は顔を強張らせた。
「……ゆ、ユウ、待ってたのか」
「私達は幼馴染みなんだから、待つのは当たり前じゃない」
「り、竜司は……?」
「アイツならさっき会ったけど、俺はゲームがあるからって先に帰ったわ。まったく明日から夏休みだっていうのに、一日くらい頭から離れないものなのかしら」
また気を使ったな、と此処にはいない友人──
中学生の時から付き合いのある竜司は、高身長に加えてイケメンで昔から女子に人気があるゲーム仲間である。
彼は自分がユウに対し恋心を抱いている事を知っている為に、昔から何かとこういう風にチャンスを与えてくれるのだ。
「ア~オ~、人の話、ちゃんと聞いてる?」
「え……あ、ふぇ……?」
ユウは腰に両手を当てると、少しだけ前かがみになり上目遣いで見上げてくる。更には右手の人差し指で、僕の右頬を軽く突いてきた。
……これが普通の容姿の人ならば、あざとい仕草だと思うだけだろう。
だけど、絵に描いたような金髪碧眼の美少女がそれをすると、実に芸術点が高かった。
昔から見慣れているというのに、不覚にも僕は幼馴染みに対して少しだけ見惚れてしまう。
それは、周囲で様子をうかがっていた学生達も同じ事だった。
彼等もユウが全方位に無差別に撒き散らした、ゲームで例えるなら広範囲に及ぼす魅了と石化のダブルコンボを受けてしまい、立ったまま身体が固まっていた。
「……ちゃ、ちゃんと聞いてるよ」
「まったく、アンタもアイツと一緒で、帰ってゲームがしたいって顔してるわね」
「ユウだって、一緒にやる為に買ったんだろ。全力でサポートするからさ、早く帰ろう」
話しを強引に切り上げて、手早く靴箱に入っている靴を上履きと入れ替える。
後は周囲からの視線から逃げるように校舎の外に向かって歩き出すと、後ろからついてきた彼女は右横に小走りで並んで、
──急に手を握ってきた。
「ゆ、ユウさん……手を繋いで歩くのは、中学校で卒業するんじゃなかったんですか?」
小学校から中学校まで、幼馴染の僕達は手を繋いで歩くのが普通になっていた。周りの同級生達からそれを指摘され、高校生になったら止める話になったのだ。
それを指摘すると、ユウは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「この三ヶ月間がまんしてみたんだけど、やっぱり落ち着かないから止めるのを止める事にしたのよ。ママも我慢はお肌に良くないって、言ってくれたし」
「な、なるほど?」
「もちろん、アオが嫌なら止めるけど……」
ちらりと彼女は、こちらの顔色を窺うように見上げてくる。
僕は『幼い頃からユウの事が好きだから大歓迎だよ』と思うが、このタイミングで、それを本人に伝える事はできなかった。
気持ちを素直に伝えられない奥手な自分が嫌になり、心の底からウンザリする。
「い、嫌じゃ……ないか、な……」
「うん! それなら、このまま行きましょう!」
こうしてユウと、手を繋いだまま校舎を出る事になった。
校長が毎朝手入れしている、緑豊かなアプローチを通り校門を目指して歩く。
外野から見たら、誰がどう見ても付き合っているようにしか見えない自分達の姿に、他の部活動や未だ校内に残っている学生達の嫉妬の睨みは更に強くなる。
これが具現化したら焼き殺されそうだなと苦笑して、全方位から突き刺さる視線を僕は一身に受け続けた。
そして歩いて五分くらいの、短いような長いような時間をかけて、ようやく校門を通って校外に出ると視線は感じなくなった。
「あー、面倒事が起きなくて良かった」
「相変わらず、アオは小心者ね」
「うるさい。そもそも一人なら、ここまでドキドキしないよ」
からかう様な態度のユウに、自分はそっぽを向いた。
学校から出ても、繋いだ手を一向に離してくれない様子から察するに、もしかすると家に帰りつくまでずっと繋いだままでいるつもりなんだろうか。
取りあえず、繋いだ手の温もりを意識しないように努めて歩き出した。
「そういえば、アオは今日の夕飯どうするの?」
「適当にカップラーメンかな、残念ながら僕のリアル家事スキルは一切育ててないからね」
「もう、そんな事だろうと思った。……良いわ、ゲームが一旦終わったらうちに来て晩御飯を一緒に食べなさい。これは拒否することが許されない、幼馴染からの厳命よ」
「……えぇ、面倒だからいいよ。たぶん今日は徹夜でゲームするだろうし」
「だーめ。今日からおじさん達は海外赴任でいないんだから、不摂生(ふせっせい)な生活は許さないわよ」
ユウは不敵な笑みを浮かべ、黒のスクールバッグから僕の家の鍵を取り出し見せつける。
どうやら仕事で不在になる両親から、我が家の全権を任されているようだ。
いくら幼馴染とはいえ、息子に一言もなく家の鍵を渡しても良いのか両親よ?
この様子だと最悪の場合、ゲームのプレイ中に物理的にログアウトをさせられるかもしれない事に心の中で戦慄する。
(せっかく父さんと母さんがいないから、夏休み中好きに思う存分にゲームができると思ったのに、ユウの監視付きかぁ……)
全く予想していなかったわけではないので、この件に関しては驚いたりはしない。
だけど好きな女の子と二人っきりで一緒にいられる嬉しい気持ちと、趣味であり人生であるゲームに集中できない気持ちが反発して、なんだか複雑な顔をしてしまう。
少しだけ考えて、親の厳しい管理にくらべたら幼馴染による少し厳しい管理の方がマシだろうと、納得することにした。
それにユウが毎日家に監視に来てくれるのなら、もしかしたらどこかで、
──『好きだ』と、思いを伝える事ができるかもしれない。
果たして五年以上も告白できずにいる自分が、彼女に思いをハッキリ伝えられるのかは分からないが、今はなんせ高校生になって初の夏休みだ。
ユウに告白できたら、良いなぁ……。
そんな事を考えていたら、ようやく我が家が見えてきた。
右隣にあるのは、ユウの家である。
昔から隣同士ということで、両親達の親睦は深いのだ。
そこでふと、周囲の空気が変化したような不思議な感覚に眉を寄せると
、
「……え、なんだアレ?」
先程まで誰もいなかったのに、いつの間にか家の前に不審な人物が立っていた。
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