第1話「今日から夏休み」
熱い、このまま溶けてしまいそうだ……。
神居高等学校一年生の僕──
青く晴れた夏の空と、ミンミンとうるさい蝉の鳴き声。
太陽の強い光が容赦なく窓際の生徒達に浴びせられ、二十五度に設定してあるエアコンの恩恵は、自分にはまったく感じられない。
もしもこれがゲームの中ならば、火傷系のスリップダメージで可視化された自分のHPは端の方から、徐々に削られているのが確認できる事だろう。
(早く終わんないかなぁ……)
落ち着かない気持ちを持て余しながら、足の膝から先を前後に揺らす。
小中学生の頃と変わることのない夏休みの注意事項は、聞く価値が無いと全て右耳から左耳に聞き流している。熱心に聞いている者は、教室内を見ている限りでは殆どいなかった。
額の汗を拭いながら、自分はいつもの疑問を思った。
そもそもフルダイブ技術がある現代で、こうして生身で学校に来ないといけないのは何故なのだろう。大人たちは道徳とか情緒とか文化とか、学校の在り方に対して色々と議論をしているけど、最終的にはリアルの体力づくり、直に接するのも大切な学習の一つだと言ってフルダイブの導入はストップさせられている。
SNSのアンケートによると、学校にフルダイブを導入する推進派は30パーセントしかいなく、反対派は70パーセントもいるそうだ。
理由としては、古いモノを大事にしようという人達が大半を占めているらしい。これでは技術がいくら進歩しても、それが全体に有効活用される道のりは険しく遠いだろう。
そう思いながら、視線を歩いて十分程度で着く自宅の方に向けた。
(あんなにも、家が近いのにな……)
本日何度目かの溜息を吐いて、心の中で自身の忍耐力を高める修行だと言い聞かせながら、この無駄な時間が終わる事を待つ。──その数分後だった。
「以上で、ホームルームを終わります。最後に先生から皆さんに一言だけ忠告しておきます、ちゃんと聞いてくださいね」
ようやく手にしている、長い定文の読み上げが終わったらしい。
長い黒髪を後ろで束ねビシッとしたスーツ姿の担任、脱独身を目標に掲げている女教師の
「皆さん、夏休みだからと言ってハメを外しすぎないように。──それとお願いします、良い人がいたら絶対に先生に紹介して下さいッ!」
昨日の夜に彼氏に振られ、今年で三十になるクラス担任の切実な言葉に、クラスメート達が吹き出すように笑って自由に動き出した。
女子達の何人かは、号泣する教師の所に集まり慰めの言葉を掛ける。他は各々のグループに分かれて、夏休みの計画や談笑を始めていた。
その中で全てに興味がない上に、基本的にクラスでボッチの自分はスクールバッグを片手に持ち、素早く席から立ち上がると
廊下には既に、ホームルームを終えた学生達が散見される。
他の人にぶつからないよう廊下を小走りで駆け、階段を二段飛ばしで勢い良く降りていく。
途中すれ違う生徒達から聞こえたのは、夏休みどこに行こうとか、誰々に今日こそ告白するとか、リアル青春をエンジョイする者達の話が半分だ。
残りの半分は、如何にして夏休みを満喫するかではなく、今日の十三時ピッタリに正式稼働するゲームの話で持ちきりとなっていた。
それは去年の夏に抽選で選ばれたプレイヤーだけに無料で配布された、世界で初めて作成されたフルダイブ型VRMMORPG──〈ソウルワールド〉。
夏休みのスケジュールは、自分も全て余す事なくコレに費やす予定である。
走りながら脳裏に思い浮かべるのは、昨日までプレイしていたベータ版の事。
ベータ版ではプレイヤーのレベル上限は50まで、オマケに一つのマップしか遊べなかったが、製品版では遂にレベルキャップが外れるらしい。
メインシナリオは存在しないけど、一応プレイヤーが共通している最終的な目標が一つだけあった。
それは各マップに存在する、ユニークボスモンスターを全て倒して、最果てに眠る『闇の根源』を倒す事だ。
ちなみにベータ版のマップにいた、唯一のユニークボスモンスター
一度だけ友人に誘われる形で参加したけど、結論を言うならアレはムリゲーだ。
何せベータ版では十段階ある装備ランクの内、下から三段階目の【E】ランクまでしか解禁されていない状況。それに敵のレベルは測定不能で、一撃食らったらレベル50の体力フルでも殆ど即死する。生き残れたのは防御特化型の〈守護騎士〉くらいだった。
お高い回復アイテムを使用して耐久戦をしても、当時の武器ではマトモなダメージなんて全く入らず、一時間戦って二本ある内、最初の一本を二割削るのが関の山である。
奥義ゲージを溜めて、〈オメガスキル〉を全員が叩き込めばワンチャンあったかも知れないが、一人が発動モーションに入ると特殊技が発動する仕様らしい。
回避が困難な範囲攻撃を受けて、僕が参加したレイドパーティーは全滅。後に何度かチャレンジしたプレイヤー達の検証で、オメガスキルの使用は無理という結論に至った。
自分が先日入手した魔剣を持って攻略に挑めば、必殺スキルが無くても十分に通用するとは思うけど、それを試すにも先ずはレベル上げから始めなければいけない。
「──うん?」
勢いよく一階に到着すると、そこで思わず立ち止まった。
理由は自分の靴箱の前に、一人の少女が立っているのが目に入ったからだ。
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