第7話「ステータスオープン」
あれから、数十分ほどの時間が経過した。
「少しは、落ち着いたかな?」
「……うん、ありがとう」
ようやく落ち着きを取り戻したユウと並んで、ベッドの縁に腰を落ち着ける。
充電器に繋げられたスマートフォンを、何となく手に取り確認をしてみると、現在の日付は七月二十九日と表示されていた。
たしか、自分達が夏休みに入ったのは七月二十二日だ。
計算するとユウが言った通り、ピッタリ一週間は経過している事になる。
一週間も寝ていた事実を改めて認識すると、これからどうしたら良いのか考えられなくて頭の中が空っぽになり、つい天井を眺めながらぼんやりとしてしまう。
「ごめんなさい。女の子になったアオが一番大変なのに……」
「そこは、気にしないで欲しいかな。今はユウが隣りにいてくれるおかげで、僕はなんとか自分を保っていられるんだ。これで目が覚めて一人でこの身体になっている事を知ったら、……多分だけど、不安に耐えられなくて取り乱してた叫んでたと思うから」
精一杯の笑みを浮かべると、ユウは頬を赤く染めた。
「ありがとう、アオ………」
彼女は口元に微笑を浮べ、そっと身体を預けてくる。
こんな状態でも恋心まで変化したわけではないので、意中の相手が無防備に身体を寄せてきた事にドキッとなり、心臓の鼓動が数段階ほど跳ね上がった。
(いや、落ち着け。今は女の子なんだから、肩に手を置くくらいは許されるのでは?)
そんな考えに至ると、恐る恐る手を持ち上げ、目的の場所まで運ぼうとして、
──寸前でユウが立ち上がって、見事に空ぶってしまった。
無様に姿勢を崩してベッドに突っ伏すと、彼女はしっかりした足取りで窓に近づき、ロックを外してスライドさせ振り返った。
「眠ってたアオに、アレを見て欲しいの……って、ベッドに寝転がってどうしたの? もしかして身体がどこか悪い?」
「……な、なんでもない。たくさん寝ていたから元気だよ」
「もう、心配させないで。それで悪いんだけど、私の隣に来てくれる?」
「わかった、少々お待ちを」
従ってベッドから立ち上がり、歩み寄ると窓から外の景色を覗き込んだ。
と言っても目の前に広がっていたのは、パッと見はいつもと変わらない街並みだ。
一体何があるんだと視線を端から端に巡らせていたら、その中に一箇所だけ見慣れた街の中で見たことがない『ヨーロッパのお城みたいな物』がそびえ立っているのが確認できた。
「な、なんだ、あのでっかい建物は……」
「あの建物は一週間前に、現実世界に出現した神殿〈ソウルテンプル〉よ」
「……ソウル、テンプル」
「世界が真っ白になってアレが出来てから、この世界は以前と違うものになったわ」
そう言ってユウは、携帯電話を操作するような動作で何もない空間をダブルタップする。
──おい、まさかその動作は。
びっくりして目を見開くと、彼女の目の前に見慣れた四角形のウィンドウ画面が出現した。
思わずゲームマナーの事を頭の中から忘れて覗いてしまうが、覗き見防止のシステムが働いていて、僕からは真っ白な画面にしか見えなかった。
ユウは慣れた手付きで、目の前に浮いている画面を操作する。
見守っていると、彼女のウィンドウ画面に見慣れた文字と数字が浮かび上がってきた。
【PN】アザリス【LV】20【職業】〈プリースト〉
【HP】320【MP】100
【筋力】10【物防】10(+10)【魔防】30(+30)
【持久】40【敏捷】40(+20)【技術】40
【幸運】10【理力】100
………間違いない、これは一年間ずっと見ていたから知っている。
紛れも無く、〝ソウルワールドのステータス画面〟である。
PNのアザリスは、ユウが昔からゲームなどで統一して使っているものだ。
見たところ職業が支援特化の〈プリースト〉であることを考えて、レベルアップ時に得られるボーナスは防御を考慮しないで回避力を確保したバランスの良い仕上がりになっている。プラスの数字は、装備している衣服とか防具の効果だ。
ユウはソウルワールド未プレイの初心者なので、冷静に考えるならこの振り方をオススメしたのは恐らく、ゲームを熟知している僕と同じベータプレイヤーの竜司辺りだろう。
「これで大体察したと思うけど、ゲームのはずのソウルワールドが、現実になったのよ」
「ソウルワールドが、現実に……」
「だから、アオの身体が女の子になったのは、多分それが関係していると思う。だって前に、フルダイブゲームだと、全て白髪の少女になるって言ってたわよね」
「……そ、そうだね。アバターの作成にフルスキャンが必須のソウルワールドで、僕が作ったのはこの身体だったから」
にわかには信じ難い話に、愕然としてしまう。
だけど、自分の身体に起きた性転換と現実世界に出現した謎の神殿、幼馴染の少女が見せたステータス画面は紛れもなく本物だった。
(でもゲームが現実化したからって、そのプレイキャラクターに自分の身体が変化するなんて、そんなバカな事があるのか?)
やはりこれは全て夢の中の出来事で、次に目を覚ましたらやっぱり男の子でしたってオチの方がまだ納得が出来る。というか、そうであって欲しい。
だから僕は、この悪夢のような状況から目が覚めないか試すために、一か八か最後の悪あがきとして近くにあった壁に思いっきり頭突きをしてみた。
「う、ぐ……ッ」
「アオ! な、なにしてるの⁉」
ゴンッと大きな音を立ててぶつけたオデコは、ただ痛い思いをしただけで心の底から求めていた成果は、残念ながら一つも得られなかった。
逆にこれが、夢ではないという事実を再認識する事となり、でこを腫らすだけの結果となった。
おぼつかない足取りで幼い頃、父親に買ってもらったゲーミングチェアに腰掛けた。
何だか喉が渇いたので、常に机の上に常備している五本のスポーツドリンクの中から、適当に選んだ一本を手に取り開封してから口をつける。
「ふぅ、まったく、不幸なんてもんじゃないな」
程よい常温の水分を補給して、乱れていた心は少しだけ落ち着きを取り戻した。
取りあえず、僕は気を紛らす為に、何もない空間をダブルタップした。
目の前に表示されたのは、先程ユウが見せてくれたものとは違う自身のステータス画面だ。
ベータ版の時に親の顔よりも長く眺めた気がする画面を操作して、新着のプレゼントボックスから引き継ぎに選択した一つ、──魔剣、〈レーバテイン〉を受け取った。
次に称号の設定と、受け取った武器を装備したら、一つの注意文が目の前に出てきた。
【注意、ソウルワールド外での装備の具現化はできません】
ソウルワールド外での具現化が不可、この文章の意味は一体……。
ユウに尋ねてみると、彼女は窓から見える巨大な神殿を指さした。
「あそこで登録を済ませて、このチョーカー型のアイテム〈ソウルリンク〉を貰うことで〈ソウルワールド〉に行くことが出来るわ。出かける準備を済ませたら行きましょう」
「……は?」
その首に巻いてるチョーカー、ただのオシャレアイテムじゃなかったのか。
どう見ても、ソレは普通のオシャレ小道具にしか見えない。
まじまじと見ていると、不意にユウの背後にある部屋の扉が開かれた。
そこから姿を現したのは、親友の黒髪イケメン少年──土宮竜司だった。
身長百八十センチの竜司は、ワイシャツにジーンズというラフな格好で、恐る恐る中の様子を伺うように入って来た。
「ユー、蒼の様子はどうだ? 目を覚まし……」
僕と視線が合うと、普段クールな竜司の顔は一瞬にして真っ赤に染まった。
一体どうしたんだろうと、首をかしげて彼の視線を追ったら、そこで僕は自分が現在下半身に何も身に着けていない事に気が付いた。
「リュウジ、アンタ……」
「あ、いやすまない! 直ぐに退出──」
「この部屋に入る時は、必ずノックをしなさいって言ったでしょうがッ!」
「ぐわああああああああああああああああああああああああああああッ⁉」
ズドンッと、人間の拳で出してはいけないような、物凄い打撃音が部屋中に響き渡る。
登場したばかりである親友は、ユウの全体重を乗せた鋭く重たい拳を顔面に受けて、まるでギャグマンガみたいに部屋から叩き出されたのであった。
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