第35話「掃除とニュース」
本格的に〈ソウルワールド〉の攻略を初めてから一週間が経過した。
現実でも少女の身体に多少は慣れて、日常生活を普通に過ごせるようにはなった。
という事で、いつまでも水無月家に甘えるわけにはいかない。そう判断した僕は一人暮らしに戻る為に、今まで放置していた実家の掃除をする事にした。
最初は一人でやるつもりだったのが、その事を伝えるとユウとレイナが手伝うと強く申し出て、最終的には三人でやることになった。
朝から始めた掃除の進捗は、一階を三人で終わらせ、昼前に残るは自室だけとなった。
自分の部屋には、彼女達には色々と見られたくないモノがある。
流石に万が一でもソレを見られるのはヤバいので、昼食の準備をするレイナの手伝いをするようにユウを説得し、今は一人で掃除を行っているところだ。
「ふう……。これで大体終わりかな?」
床を拭き終えた僕は、身体を起こし机の上にある写真立てに視線を向ける。そこには思いを寄せる少女と写る、かつて男だった自分の姿があった。
何とも言えない、胸の内を占める虚しさに、深いため息を吐く。
「ユニークボスを倒すか。それしか道はないんだけど、全部を倒すのに一体どれだけの時間が掛かるのやら……」
ベータ版の頃と出現条件が同じだとしたら、ユニークボスはエリアボスとダンジョンボスと違い、固定位置ではなくランダムでマップのどこかに出現する形式になるはず。
二か月は出なかった事もあり、このランダム出現によってベータプレイヤー達は、敵の行動パターンを集めるのですら苦労していた覚えがある。
正直な話、今遭遇したとしても情報収集からやり直さないといけなくなるので、本格的に攻略パーティーを編成するのは数か月後とかになるだろう。
カレンダーを見ながら遠い目標を呟き、手にしていた汚れで真っ黒になった使い捨て布巾をゴミ箱に放り投げる。するとタイミング良く、下の階から自分の名前を大声で呼ぶユウの声が聞こえたので、部屋から出ると僕は一階のリビングに向かった。
そこでは呼んだユウと、レイナが昼食の準備を終えて待っていた。
「アオ、掃除終わった?」
「もちろん。ユウに言われた通り、全部完璧にやったよ」
小さな胸を張って、僕は自信満々に答える。
するとユウが「きゃー、可愛い!」と言って素早く近づき、両手を広げ胸に抱き締めようとしてきたので、身の危険を敏感に察知した自分は飛び退いた。
大きく両手が空ぶった彼女は、危うく前のめりに転倒しそうになる。
ギリギリで耐えると、不満そうにジト目で此方の事を睨みつけてきた。
「むー、身体は女の子同士なんだから、ハグくらいしても良いじゃない……」
「いや、心は男子だからね?」
幼馴染からの意味不明な主張に、僕は苦々しく笑った。
この身体になってからというもの、彼女のボディータッチが以前より増えた気がする。
ユウの事は好きだけど、流石に彼女の母親の前では羞恥心の方が勝る。
そんなやり取りを、レイナはキッチンから微笑ましい顔で眺めていた。
「ふふ、ご飯にするから、二人とも座りなさい」
「あ、ありがとうございます。レイナさん」
「わかったわ、ママ」
席に着くと、皿に盛り付けられたオムライスを前にして手を合わせた。
三人で息を合わせて「いただきます」と言うと、スプーンで薄く焼いた卵の殻を破り、中に閉じ込めた熱いチキンライスを一緒に掬い取る。
深い旨味と、ケチャップの甘く爽やかなトマトの酸味に至福なひと時を感じる。
あっという間に料理を完食して、三人で洗い物を済ませると僕達は一旦リビングでインスタントのコーヒーで休憩をする事にした。
テレビを点けた僕は、ここ最近は欠かさずにチェックしている新チャンネル〈ソウルワールドニュース〉を選択した。
番組の出演者は神殿にいるシスターの姿をした二人の女性で、内容は主に時間限定でレアモンスターが出現するエリアのヒントを教えてくれたり、アイテムショップのタイムセールのお知らせとか、色々なプレイヤーに役立つ情報を提供してくれる。
ゲームで強くなるには、こういった情報は最も大事なので実に有難い。
「今日のお役立ち情報は初心者向けだね。僕としては、上級者向けの情報が欲しかったかな」
「うーん。確かに今の私達にとって、ピンって来るものは無かったわ」
「そういえば、二人ともレベル50を越えてるのよね。昨日テレビの取材を受けていた強いクランのイケメンなリーダー。たしか、イグニスって男の子がレベル50って言ってたから、二人は同じくらいに凄いって事なのかしら?」
レイナが質問をすると、いきなりユウはソファーから立ち上がり自信満々に答えた。
「なに言ってるのママ! 同じどころか、私たちは世界最強よ!」
「あらあら、ユウちゃん達はすごいのね」
「レイナさん、ユウが言う事を真に受けないで下さい……」
トップクラスだとは思うけど、流石に〈ソウルワールド〉最強ではないと思う。
その理由はレベルが同じくらいだと、優劣をつけるのは装備だったりプレイヤースキルだったり色々とあるので、実際に戦ってみなければ相手の実力を測る事ができないからだ。
特にレイナの口から出てきたイグニスというプレイヤーは、自分みたいに力技でレベリングをしたのではなく、堅実に仲間と高難易度クエストをこなして強くなっている。
プレイヤーの実力も高く、総合的なチームの力は間違いなく自分達よりも上だ。
(……強いクランがいてくれると、大規模イベントの時に心強いから助かるんだよね)
コーヒーを入れた小さなカップに口をつけ、中身を傾けながら思考にふけっていると。
『プ、プレイヤーの皆様に緊急速報です!』
『なんと本日の午後十七時に、絶望の獣騎士〈デゼスプワール〉が全てのサーバーの〈ゲイル国〉に顕現すると、たった今〈聖女〉様から予言が下されました!』
『これより〈ゲイル国〉の冒険者ギルドから、緊急クエストの受付が開始されます! 強さに自信のあるプレイヤーは〈ゲイル国〉にお集まり下さい!』
『注意事項といたしまして、レベル50以上でなければ受ける事は出来ません! 更に参加したプレイヤーが全滅するとペナルティーで〝全SPをロストする〟のでご注意ください!』
「な……ッ」
テレビを眺めていた僕は、ビックリして危うく手にしていたコーヒーの入ったカップをテーブルに落しそうになった。隣にいたユウも、〈デゼスプワール〉の名は聞いていたので碧い瞳を大きく見開いて驚いている様子だ。
(ウソだろ、このタイミングでユニークボスが出現するだと?)
しかも敗北すると、所持SPが全ロストするペナルティー付きで。
予想もしていなかった情報に、ソファーでゆっくりしていた自分とユウは顔を見合わせた。
どうするかなんて、お互いに考えるまでもないという目をしている。
「ユウ、これで今日の予定が決まったね」
「ええ、リュウジにも伝えて、急いで〈ゲイル国〉に向かいましょう!」
状況を理解できずに首をかしげているレイナに、僕達は〈ソウルワールド〉に行って来る事を伝えると、飲み終えた容器の片付けをした後に転移した。
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