第30話「パートナー申請」

「満月の時にしか現れない、古の獣王を倒した際に低確率で得られる秘宝。僕の〈レーバテイン〉のワンランク下の武器だと……⁉」


「どうしたのシアン、なんかすごい顔してるけど」


「すごい顔にもなるよ、アザリスもこれ見て」


 ヤバいアイテムを見てもらう為に、目の前に表示されているアイテムをタッチする。すると選択肢がいくつか出てきたので、その中から具現化のボタンを選んだ。


 自分達の前に姿を現したのは、シンプルで洗練されたフォルムに加えて、二メートル近い柄と大型の両刃を備えた──金色に輝く聖槍だった。


 どこかで見た気がする聖槍を手にすると、チクリと胸に刺すような痛みを感じる。


 ……この切ない感情は、一体なんだろう。


 初めて見たはずなのに、この槍の事を知っている気がする。


 だけど聖槍をどこでみたのか、全く思い出す事ができない。説明する事の出来ない不可解な感覚に、どうする事もできなくて槍を手にしたまま困惑していると、


「うわぁ、すごくキレイね……」


 隣にいるアザリスの言葉で、ハッと我に返る。


 少女に視線を向けると、どうやら〈ツクヨミ〉の美しさに心を奪われた様子だった。


 実に可愛らしい反応である。微笑ましく思い口元に笑みを刻むと、そこでふと自分が手にしているこの強力なスペックを秘めている槍を、どうするか思いつく。


 彼女の右手を掴むと、僕はツクヨミ〉をそっと掴んだ右手に握らせた。


「……え、シアン?」


「僕は槍を使わないから、コレは良かったらアザリスが貰ってくれると嬉しいな」


「ちょ、どう見てもコレって、人に簡単にあげて良い物じゃないわよ! というか、一体どうやってこんなスゴイ物を手に入れたのよ⁉」


「昨日倒した、エリアボスからドロップしたっぽい。僕は長剣使いで、槍なんて今後使う機会がないから槍使いのキミが持つべきだと思う」


「たしかに、さっき唯一無二の武器が欲しいとは言ったけど……」


 見て分かる程に狼狽えながら、目の前にある聖槍のプロパティをチェックしたアザリスは、ソレがBランクの武器である事を知ると更に表情を真っ青にさせた。


「いやいやいや、こんなスゴイの気軽に貰えないわ!」


「でも装備するには理力が100も必要だし、詳細を読んでみたけどプレイヤーの理力に応じて武器の威力が上がるらしいから、〈プリースト〉で筋力値にポイントを振れないアザリスには、丁度良いんじゃないかな?」


 要求値は『理力』が100と『技術』が50となっている。ここで重要となるのは、その両方を幸運にも隣にいるアザリスが満たしている事だ。


 しかもコレは、Bランクの武器。このマップを隅々まで探索したとしても得る事ができない、自分が知る限りでも〈レーバテイン〉の次に強い代物である。


 これを装備する事で、アザリスの強さは確実にプレイヤーの上位に入る。


 だけど流石に、とんでもない激レアアイテムを前にして、彼女は尻込みしている様子だった。


 急かすのは良くないので、それを黙って見守っていると、彼女はひとしきり悩んだ後に一つだけ自分に対しこんな提案をしてきた。


「うー、わかったわ。でもコレを受け取るのには条件があるわよ」


「……条件?」


 首をかしげると、アザリスはメニュー画面を出して一つの申請をしてきた。


 一体どんな条件なんだろうと、確認した僕は思わず言葉を詰まらせる。そこには──『パートナーの申請』という表記がされていた。


 これはプレイヤーに申請して承諾を得る事で、戦闘中に連係した際に攻撃力が上昇するという強力な永続バフだ。


 これだけを聞いたら、誰もがリスクが無い便利なシステムだと思うだろう。


 だけど実は、このシステムには非常に面倒な問題が一点だけある。


 それは申請がメニュー画面から簡単に出来るのに対し、解除する際にはお互いの同意に加えギルドから解除の申請書類を受け取り教会に提出した後、司教に何で解除する事になったのか、その理由を事細かく言わなければいけない事だ。


 同意を得るのも大変だし、申請書類は発行に一か月くらい掛かる。


 検証した者達によるとメリットは大きいけど、いざケンカして解除する事を考えるのなら絶対に止めた方が良いと言われている。


 故に〈パートナーシステム〉は、その特性からベータ版の頃にプレイヤー達から様々な呼称で呼ばれていた。


(その中でも、男女間で結ぶことは〈エンゲージ〉って呼ばれてるんだよ……っ)


 額にびっしりと汗を浮かべて、真剣な顔をしているアザリスを見る。


 エンゲージとは英語で日本語に訳すと『婚約する、結婚の約束をする』という意味がある。


 彼女がどういう意図で、コレを申請したのかは分からない。だけど中身が男である自分は、けして軽率に受けて良いものではなかった。


「えっと、アザリスは……コレの意味は知ってるの?」


「もちろん、知ってるわよ。パートナーは主に相棒って意味で使われる事が多いから、正に私達にぴったりの言葉だと思うの」


 そうか、普通はそういう意味で考えるか。


 少しだけ肩の力が抜けた僕は、一人だけ頭の中が恋愛のお花畑が咲き乱れていた事を恥ずかしく思い、目の前に表示されている申請を承諾した。


 すると二回目の確認画面に切り替わり『Yes』か『No』の二択が出てきたので、これを迷わずに上をタッチする。


 厳重な二段階認証を終えるとファンファーレみたいな演奏が流れた。


 お互いの腕に銀色の腕輪が装着されて、同時に右上のステータス画面の下に『リング』をモチーフとしたアイコンが追加される。


 無事にパートナー契約を結ぶと、アザリスは手にした長槍〈ツクヨミ〉を大事そうに胸に抱き、まるで宝物を貰ったかのように満面の笑顔を浮かべた。


「ありがとう。この槍はシアンだと思って、大切に使わせてもらうわ」


「……嬉しいけど、それは少し照れるよ」


 アザリスの言葉に、頬が熱くなるのを感じる。


 彼女の視線に耐えられなくなると、逃げるように顔をそらした。

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