鞘当て

 タキツのトレーニングが始まって二週間が経った。六月に入り、夏の日射しは苛烈さを順調に高めている。

 タキツはしっかりとトレーニングを熟してくれている。毎日トレーニングの内容を確認しているが、アナタが付きっ切りでなくても想定した通りのノルマを出してくれている。

 今日は前回出したトレーニングメニューが終了したので、振り返りを次の二週間のトレーニングメニューの提示をするため、ミーティングを開く。

「まずは二週間トレーニングしてもらったけど、タキツはどうだった?」

「つかれました」

 わざと舌足らずに怠けたいと主張するタキツに、アナタは苦笑する。自分の言い分は意思表示するのが、ほんとに捻くれた頑固者だなと思う。

「まぁ、まといは制止してたら使えるようになりました。動けない上に、他人の魔法受けたらほぼ素通しなので、あってないようなものですけれど」

「それでも、まず使えるようになったのが大きな前進だよ」

 アナタが技術を取り戻したタキツを褒めると、彼女は肩を竦めて受け流す。

「魔力を上げれば自然と使えるようになるでしょう。それと、波読みも海で泳ぐのを繰り返せば、感覚が戻ってくる気がします」

「うん、ならそれを踏まえて、次のトレーニングはこうしよう」

 アナタが次のトレーニングメニューをタキツの携帯電話に送ると、それを見たタキツが眉を冷たく顰めた。

「前のコピペじゃないの。やる気あるわけ?」

 アナタがタキツに提示したトレーニングメニューは、今週に遠泳を行い、来週は筋トレと祈りのトレーニングをしつつ体を休める内容だ。

「キック泳は筋トレに変わってるよ?」

「これはケンカを売られてます? 遠回しにサボっていいって言われてます?」

 アナタは胸の高さで掌を扇いで、憤慨するタキツを宥める。

「アナタ、私はブレインのスタイルにするって言いましたよね? 全く頭使うトレーニングする気ないんですけど、方針変更されました? ちゃんと共有してくれないと戸惑いしかありませんけど、バックレていいですか?」

「タキツ、説明を聞いてもらえるかな?」

「聞くだけ聞いて鼻で笑われる覚悟があるならどうぞ」

 タキツは喧嘩腰に食ってかかるけれど、アナタは自信を持って考え出したトレーニングメニューなので、胸を張って答えられる。

「タキツの身体能力ははっきり言って弱い。レースで勝負になんかならないくらいだ。勝ち筋も勿論、そのうち獲得してもらうけれど、まずは基礎体力をつけて勝負になるところまで鍛えなきゃいけないと考えているんだ」

 タキツはつんと澄まして鼻の角度を上げる。

「それにしたって、出場するフィッシャーズは二ヶ月後なんですよ。それで間に合うんですか」

 タキツの反論に、アナタは曖昧に笑って誤魔化す。

 正直、フィッシャーズは負けてもいいと思っているが、これはタキツには言えない。次のレースでは、タキツに勝負の雰囲気とか競争心とかを感じてもらうのが目的で、勝ち負けには頓着していない。

 けれど、そんなことを今のタイミングで言うのは、タキツの意欲を大きく削いでしまう。

 もっとも、トレーニングメニューにその意図が垣間見えて、タキツは不安を抱いているのだが。

「タキツが違うトレーニングをしたいなら、それに変えようか?」

 タキツはじっとりとアナタをめ付ける。

「私をブレインにするつもりはあるんですか?」

「もちろん」

 むしろ、タキツを勝たせていくにはそれしかないとアナタは考えている。

「でもアナタが出す指示には、そんなつもりが皆目見当たらないですね」

「今はそれが必要だと思っているから」

 これも本心だ。優秀な人魚はどのスタイルでも体も心も基礎能力が高い。

 そして今のタキツにはその基礎が著しく欠けている。

「それなら、今のトレーニング内容をそのままに、頭を使う要素を組み込むしかないでしょう」

「追加トレーニング? いや、これ以上はタキツにはオーバーワークだよ」

 ここからさらにトレーニング足すなんて、本人の意欲があっても看過出来ない。無理をすれば後々に祟ってくる。

 けれど、アナタの懸念をタキツは鼻で笑った。

「誰がこれ以上トレーニングなんて疲れるもの増やすもんですか。同じトレーニングでも、改善点を指摘されれば、もっと効率よくなりますし、効率を目指す中で知恵も身に付くというものです」

「む?」

 タキツが何が言いたいのか、アナタは意図を掴みかねた。自信ある口調からすれば、何か具体的な案も持っているようである。

 そしてそれは、アナタをしても意外な内容だった。

「つまりです。優秀な人魚に私のトレーニングを指導してもらえば、経験も多く積めると言いたいんですよ」

 人魚に指導を頼む。

 それは一見理に適っているようで、最も的外れな意見だ。

 人魚は人魚に指導なんかするよりも、自分の鍛錬を優先する。そして人魚は他者に指導を求めない。

 そんな常識は彼女達の社会に蔓延り、手を貸すという発想がないのだ。

 当然、タキツやアナタが人魚に指導を頼んでも、首を傾げられるばかりだろうし、受け入れてくれても指導になれていない人魚では結局、用に足りないだろうし、所詮、机上の空論にしか思えない。

「幸い、伝手はあります」

 眉を顰めるアナタに向けて、タキツはさらにもう一歩、具体案を詰める。

「まず間違いなく、ルル・アトゥイは暇を持て余してますよ。次のアラウンド・オシェアンまで期間が空いていますから」

 タキツが口にした最高の人魚の名前に、アナタは唖然とするしかなかった。

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