レースの洗い出し
アナタが満足のいく数のレースを探し出せたのは、八月も終わり際になった頃だった。
それで早速タキツを呼んで次に出場するレースの相談を持ち掛ける。
「開催日の近い順でいいかな?」
「お好きにどうぞ」
タキツからの了承を得て、アナタは探してきたレースの説明を始めた。
「まずはサルベージレースだ。最近、ルルが沈没船を
「なにやってんですか、あの人魚は」
アナタにもタキツのツッコミは良く分かる。日にちを見るにルルはタキツを沖に放置したその鰭で沈没船を発見して移送して来ている。むしろ元から沈没船自体は以前から見付けてあったのかとも勘繰ってしまう。
サルベージレースは沈没船から遺品を回収するタイプのレースだ。このレースは勝敗決定が二つの評価から換算されるのが特徴的だ。
一つ、沈没船から遺品を持ち帰るまでの速さの順位である。当然、早く持ち帰った方が評価は高い。
もう一つは回収した遺品の金銭価値による評価だ。遺品の状態、歴史的価値、性能等を専門の鑑定士が計算して評価ポイントを計上する。
これら二つの合計により勝敗が決まるが、金銭価値の評価については日数を必要とするため、結果の発表が一週間後となるのも他のレースと異なる。
ちなみにだが、沈没船を発見したのが人間であった場合にはその所有権は人間や組織、国家になり、発見したのが人魚であった場合にはマーメイドレースに提供される決まりになっている。
沈没船を発見した人魚はこれを移動させる権利を持っており、外海に置かれれば【登龍門】を突破した人魚だけが参加対象となり、中海や内陸に置かれれば【登龍門】を突破していない人魚も参加出来るようになる。
「ルル、タキツが参加出来るように沈没船を持って来たんじゃないかって思うよね」
「傍迷惑な話です」
タキツはそんな事を言っているが、サルベージレースに参加する利点は大きい。何故なら、レースで回収した遺品はそのまま人魚の所有物になるからだ。
沈没船は勿論過去の物だが、この海珠の人類文明は幾度か人魚によって滅びており、現代の技術でも再現出来ないオーパーツが度々発見される。
ルーキーの人魚がサルベージレースで有効な装備を獲得して後のレースで好順位を見せるというのも良くある話だ。
「この沈没船は現在基礎調査中で九月後半から順次レースが開催されるそうだよ」
サルベージレースは一つの沈没船につき複数回行われるのが普通だ。目ぼしい遺品がなくなるまで繰り返し行われるからだ。
件の沈没船に関しては、九月後半の後は十月前後半のレースまでは開催が決定している。
「タキツとしてはどうだい?」
「ま、これでも長生きしてますから物の価値はそこらの若い人魚よりはある自信はありますよ。でもサルベージだと意外とベテランの人魚も参加したりしますから競争率が予測しづらいんですよね。それと九月とかアナタが仕事を間に合わせられるか不安ですし、前のレースから期間もあんまり開かないのでぶっちゃけ嫌です」
タキツの戦力を底上げする装備獲得としては意味があるが、レース期間が近すぎるのは避けたいという評価か。
アナタが考えていたメリットとデメリットと全く同じなので、候補としては問題なさそうだ。
「次は十一月のバスト市プレオープンフォール杯。知ってる?」
「学園遠足シリーズですね」
「なにその呼び方」
バスト市は人魚を象ったセイレネシアという国で胸の位置に当たるチェスト州の海岸にある。
ライセンスとして指定された物を確保してゴールへと持っていく伝統的な形式を持つクラシックレース、もしくはピックアップレースに分類される大会だ。
バスト市はセイレネシアの中海で最も深い海底を擁している。このフォール杯もその深度を活かしたレースであり、深度三〇〇〇の海底に沈められた珠を拾い上げて海面のゴールを目指す。単純であるからこそ実力が物を言うレースだ。
そしてタキツが言うには、このレースはオシェアニア・リーフェ学園の年間行事計画に組み込まれていて、毎年多くの参加者と応援の人魚がバスト市へ引率されるらしい。
「それで遠足」
「分割運動会って呼んだりもします」
「分割」
「幾つかのレースを運動会の種目に見立ててますので。日にちが結構離れてます」
アナタが思っているよりも、人魚も学園生活を楽しんでいるみたいだ。
セイレネシアで開かれるルーキー向けのレースはみんなそうだが、この大会も出場者はほぼ学園生で埋まる。タキツが成長を実感するのに丁度いい対戦相手が揃うとアナタは期待する。
「フォール杯はどう思う?」
「どうもこうも、なんにも言う事はないですね。勝ち目が相当薄いとは思いますけど、それはどのレースも一緒ですし」
タキツとしてはシンプルだからこそ自分の持ち味を活かしにくいという感じか。
しかし、シンプルなレースにも戦術も駆け引きもある。対戦相手の情報さえ掴めれば勝ち筋も見出せる筈だ。
「これが最後。十二月フィッシャーズ」
「嫌です」
「早いよ!?」
「十二月って鮭じゃないですか。あいつら突進してくるんですよ。齧りついてくるんですよ。痛いんですよ! 大体鮭とか効率的な漁法が確立しているじゃないですか。何が悲しくて生身で手掴みしに行かなきゃいけないんですか」
「そんな現代のフィッシャーズレースを全否定するようなこと言うなよ……」
十二月フィッシャーズ、対象魚はサケであるのは会話の通りだが、タキツはサケを相手にするのが頗る嫌なようだ。
腕を組んで肩を怒らせて威嚇してくる姿はかなり珍しい。
アナタとしてはフィッシャーズはタキツの勝率が高いレース形式なのでかなり勧めたい。このレースに出るとアナタが言えばタキツだって最後には折れると思うがどうだろうか。
いや、でも、タキツは頑固なのでここまではっきりと拒否しているレースはやはり望み薄だろうか。
「そこまで嫌がるって昔何かあったのか」
「あれは私がまだ小さい頃の話なんですが」
「あるの!?」
そんな事はないだろうと問いかけたらタキツが神妙な顔をして語り出すからアナタは驚いてしまった。
タキツは黙って聞きなさいとばかりに鼻を鳴らす。
「海で泳ぐ練習をしろと放り出されて呆気なく波に揉まれて運悪く流木にぶつかって半身抉れたんですけど」
「まって。その時点で普通死ぬから」
「人魚は不死身だっていう常識を忘れたんですか」
「いつの話してるの?」
タキツは一体何歳で人魚になったのかと疑問に思う。
けれど、その疑問も話を聞けと苛立たしそうにタキツが尾鰭で水を叩く音と飛沫によってアナタの頭の隅に追いやられる。
「飛び散った私の肉片やら血やらに引き寄せられてサケの大群が襲ってきました」
「サケに襲われる」
当事者にしてはトラウマものの恐怖だろうけど、字面だけ聞いてるアナタからしたらシュールな印象しか受けない。
「生きてるのにお腹を中身ごと齧り取られる恐怖がわかりますか! 逃げようと身を捩っても顔が向いた先に別の鮭が目の前にいたんですよ! あのまま死ぬかと思いました! むしろ死ねないで丸一日群らがれて絶望しました!」
想像力働かせればその状況は怖い……と思えるかもしれない。でも人間であるアナタは魚に自分が食われるなんて言われてもやはりピンとこない。
「それは大変だったね……」
「あ、それはよくわかってませんね。いいですよ、どうせ私なんか鮭に襲われて命の危機に陥る弱者ですよ。人魚にあるまじき個体ですよ。わかってますよ」
完全に拗ねてしまったタキツはパシャンと水に上半身まで投げ出して床を転がっている。
今日はこれ以上の話し合いは到底出来そうになかった。
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