属性調整

 タキツはトレーニングの前には一応、事務所に顔を出してくれる。口では文句ばかりでも律儀な性格をしている。

「あ、タキツ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

 アナタはその日、トレーニングに向かおうと水に潜ろうとしたタキツを呼び止めた。

 肩まで水に沈めていたタキツは胡乱な瞳をアナタに向けて、ゆるゆると水から体を引き出した。

「なんですか、これから出かけようって時に」

「いや、属性調整って具体的にどんなトレーニングしてるのか聞いておきたくて」

 アナタが質問を投げかけると、タキツから泥のような眼差しを受ける。

「アナタ、自分が分かってないトレーニングを指示するとかどういう神経してるんですか?」

「いや、あの、申し訳ない」

 蛇に睨まれた蛙のようにしどろもどろになるアナタに、タキツは重苦しそうに溜め息を吐いた。

 それから尾鰭を水の下から持ち上げて、その時に跳ねた水をアナタの顔に器用にぶつけた。

「まぁ、前と違って覗き見するんじゃなく前以て訊いてきたところは褒めてあげます」

 タキツはそう言って事務所の水に埋もれた床に腰を落ち着けた。

「そんな基礎の基礎を訊いてくるナヴィゲーターさんはそもそも魔法を使えますか?」

「お察しの通り、マギア無しでは何も使えません」

 アナタが告白するまでもなく、タキツもそんな事は分かり切っていただろう。

 そんな嫌味も嫌がらずに真面目に答えるところが、アナタの美点と取るか欠点と取るかは、人によるだろうか。

「それでは魔法の属性はいくつあると言われているか答えられますか?」

「さすがにそれは。十六だね」

 タキツから問われたのは、このセイレネシアなら小学生でも知っている知識だ。

 四交クロスとも分類される聖、魔、光、闇。

 三領レルムとも分類される天、海、地。

 九円サークルとも分類される雷、風、火、癒、水、氷、晶、土、金。

 四と三と九を足して十六となる。

「よろしいです。では、属性調整の教科書的な意味を答えてください」

「属性調整は、自分の持つ魔力を指定の属性に変える訓練だ。生物は個体ごとに得意とする属性を持つけれど、それは振れ幅があり振動している。その振動を日頃から制御する事で目的とする属性に魔力を安定させて魔法の制御を効率良くするのが目的で行われる」

「いい子です。その通り」

 アナタの披露した知識は、タキツから及第点を頂いた。

「例えば魔術師の家系など魔法に長けた血筋の人間でも、幼少期は魔法に慣れていないので自分の体内。まぁ、正確に言えば魂の内側ですが。ともかく自己の範疇だけで魔力を扱うのは困難ですので、魔力の伝導性に優れた宝石を加工した魔道具を介して自分の外側に魔力を持ち出してそれの属性を維持することで訓練を積みます」

 なるほど、とアナタは内心で舌を巻く。

 一般家庭の、しかも両親や親戚にも魔法の領域に進んだ人物がいなかったアナタには初めて聞く知識だ。

 スポーツ科学と人魚の知識を探求してきたアナタにはかなりの分野違いだが、まだ話は飲み込めていた。

「ですが、私達人魚はその細胞一つ一つが一級の宝石と同等の魔導素材です。人魚の肉を食べれば魔力が百倍に増える、という諺も強ち例え話でもありません。なので、私が属性調整をする時は自分の体内で属性を維持します」

 魔力を体内で維持するというのがアナタには想像するしか出来ないが、それは爆発とかしないんだろうかと疑問を抱く。

 でもタキツがしているのだから、危険な事は全くないんだろうと思い直した。

「人魚もそれぞれに得意な属性がありますが、大部分が得意とする属性がわかりますか?」

「それは……水……いや、海かな」

「はい、そうです。ていうか、私達の生息域は主に海なんですから、なんで先に水が出ますか」

 アナタは言い直して正解したのに怒られるなんて、タキツはなかなか厳しい先生だ。

「海の属性はレルム領域の一つと数えられるように、水、癒、氷の属性を下位属性として内包します。意味は分かりますか?」

「海属性の人物は、水や氷や治癒の魔法にも素質がある」

「まぁ、それくらいの理解でいいでしょう」

 今度は叱られずに済んで、アナタは胸を撫で下ろす。

「海、水、氷、癒。人魚の属性調整の基本訓練はこれをぐるぐると回すことです。魔力を感知出来ない者が傍から見たら漂っているだけにしか見えないでしょうか」

「え、漂ってる? タキツ、どこでトレーニングしているの?」

「なんの器具も必要ないのに、学園に行って他の人魚の場所を取るのも申し訳ないでしょうが。海に出ていってそこらへんでやってますよ」

 アナタは何もない沖の方で浮かんだままになるタキツを想像して、なんだか不安になる光景だなと思った。

 そのまま波に浚われて流れていってしまいそうだ。

「人魚が波に流されて遭難する訳がないでしょうが、このおばか」

「え、口に出てた!?」

「口に出てなくても顔に書いてありました」

 アナタはタキツに指摘されて左手で顔を撫でる。そんなに顔に出るとか言われた事はないのだけれども。

「えと、それでタキツも得意属性は海ってこと?」

「さぁ?」

「え」

 タキツの属性を訊いたら首を傾げられてアナタは間抜けな未声みこえを上げる。

 タキツは肩を竦めて、その拍子に彼女の服の袖が揺れた。

「私、割とどんな属性でも使えるので、正直得意も不得意もないんですよね。訓練すればどの属性でも使えそうですけど」

 タキツははっきりと言わなかったが、訓練したくないんだろうなとアナタにはすぐに把握した。

 逆に言えば、これから属性を指定すればその属性に秀でる事もあるかもしれない。

 魔法の属性の特徴をきちんと勉強するのも意味がありそうだと、アナタは頭の片隅にメモを取っておいた。

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