休日の食事
七月十五日、アナタは休日を使って生活用品や食品の買い出しに出ていた。
七月前半のタキツのトレーニングも、本人の真面目さとルルの指導のお陰で順調だ。タキツは祈りによって、〔ウェイブ〕の魔法も覚えられた。
〔ウェイブ〕は人魚にとっては基本的な魔法で、身振りで起こした波を強く大きくするものだ。単純な性能ながら、併泳する人魚の大勢を崩したり、後ろの人魚を牽制したりと使い勝手の良さに定評がある。フィッシャーズレースでは、魚をゴールに追い込むのにも良く使われている魔法だ。
これでアナタがもっと仕事に時間を使えれば、万全の準備が出来るのだけど、タキツがサボタージュをちらつかせて脅してくるから、こうして大人しく休暇を取っている訳だ。
「昼は……たまにはそこらで買って食べるか」
外食するのも休日らしい過ごし方だろうと思い、アナタはタキツのご機嫌が取れるかなと期待も加味して、店を探すことにした。
ちょうど、広場のようになっている区画で、いくつか屋台もある。デッキチェアとテーブルも設置しているから、立ち食いも避けられそうだ。
走り回って足元の水を跳ねさせる子供達を避けて、後ろに付いていた保護者に頭を下げられながら、アナタは目に付いた屋台を目指した。
サンドイッチの絵が掲げられた屋台で、通りすがりでカップルが食べ歩きしてるのが気になったやつだ。
今も、人魚が一人、腕を伸ばしてサンドイッチを三つ受け取ろうとしている。
「……タキツ?」
「あら。……もしかして、ストーキングされました?」
アナタはタキツの冗談が笑えなかった。
タキツににこやかに商品を手渡していた若い男性店員から、鋭い視線を投げつけられるのだから。
「タキツ……」
「ちょっと言ってみただけじゃないですか。だいじょうぶです、この人、知り合いですから」
タキツは三つのサンドイッチを抱えて、デッキチェアまで這って行った。
微妙に居心地の悪い空気の中で、アナタはサーモンのマリネとマスカルポーネチーズのサンドイッチを注文する。野菜もサーモンもブレッドの割れ目から溢れていて、気を付けて持たないと零れそうだ。
アナタはサンドイッチを手に、タキツがサンドイッチを頬張っている席に足を向ける。
タキツがフライの挟まったブレッドにかぶり付いて、近寄るアナタに目線を向けた。
アナタの動きをじっと目で追いながら、もぐもぐとサンドイッチを咀嚼する。
タキツの喉がごくんと嚥下したのは、アナタが彼女の前のデッキチェアに腰を降ろしたタイミングだった。
「別に休みにまで一緒にいる必要ないと思いますけど」
「知り合いにあって一緒に食事するのは、普通だと思うけれど」
タキツも拒否をするつもりはないようで、平然と両手で抱えたサンドイッチにまた齧りついた。
「よく三つも食べれるね」
タキツが並べているのは、どれもロングのブレッドだった。人間の女子ならハーフでも躊躇うようなボリュームだし、人魚ならそのさらに半分で一週間分の食事にもなりそうだ。
しかも、今食べているフライの他も、タンドリーチキンが挟まったものと、鯨の唐揚げにタルタルソースがたっぷりと掛かっているもので、一つずつのカロリーが見るからにひどい。
「お腹が空いてるので」
タキツは素っ気ない返事だけ寄越して、いそいそと食事に没頭する。
アナタは、自分の酸味でさっぱりとした口当たりのサンドイッチを口に含んで、おや、と思った。
確か、学園の記録ではタキツは淡白な赤身肉や魚は好まなくて、鶏肉を自分から頼んだことはなかった。
アナタはサンドイッチの屋台に顔を向ける。大きく、ポークの脂身をカツレツにした断面図がメニューのおススメとして書かれている。
タキツはカツが好きだとマキナが言っていた。カツを出した日は、予定よりもお替わりをねだられたらしい。
「鶏肉はいい筋肉になりやすいんでしょう」
溜め息が半分混じったタキツの声がアナタの耳に触れた。
アナタは屋台の看板から目を引き剥がして、タキツに顔を向ける。
「三つも買ったんですから、一つくらいはアナタが食べてほしいんだろうなってものを選んだだけですよ」
アナタは虚を突かれて、随分と呆けた顔を見せていた。
確かに、タキツの食事メニューはアナタが作ってマキナに渡している。鶏肉を始め、トレーニングの後に筋肉の再生と増強に効果があるものも多く取り入れていた。
タキツが納得するように、どうしてそれを食べてほしいのか説明も事前にしてある。
それをタキツが私生活でも意識してくれているのが、なんだか少し気持ちが重なった証拠であるように思えて、アナタは心がくすぐったくて、嬉しかった。
「もしかして、お腹が空いたのって、自主トレーニングとかして――」
「違います」
最も、過剰な期待を口にしたら、ぴしゃりと言葉で弾かれたのだけれども。
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