タキツの性格分析

 今週のタキツには、祈りとキックのトレーニングをこなしつつ、体を休めるように指示してある。

 遠泳で負担が掛かった体に休息を与えることで、筋肉が泳ぐのに適したものへと育っていく。勿論、損傷した筋肉を復活させるには栄養が必要になるけれども、それは学園の料理長に配慮をお願いしてある。

 料理長のおじさんは、毎日食堂を利用するタキツをよく覚えており、いつも美味しい料理をありがとうと声をかけてくれる彼女のためなら、いくらでも協力すると言ってくれた。

 キックトレーニングは学園の施設で行えるし、祈りは海の中ならどこでも出来るというので、街の海下でやってもらっているから、アナタも今週は不安なく仕事が出来た。

 アナタは引き続き、タキツのプロフィールを確認している。

 今は、特に彼女の行動記録から性格や嗜好を読み取るのを目的にしている。彼女の考えに沿ったトレーニングやレース運びを支持することが出来れば、タキツの能力を十全に引き出せる。

 タキツは、頑固だ。

 自身で納得しないと動かない。思慮深く、判断するための情報は事細かに聞いてくるが、そうやって納得に行き着くまで思考している間は、イエスともノーとも答えない。

 彼女はアナタと共にレースを目指すことに納得しているからこそ、だらけたい気持ちを押し退けて、長年拒否していたトレーニングに取り組んでいる。自分がそうすると決めたことには、自分の感情だろうが他人の意見だろうが聞かずに突き進む頑固者だ。

 その姿は、真面目とも言える。頑固な分、やること決めたことは、こつこつ熟していく。遠泳も、それ自体には不平も不満も言わず、他の人魚よりも苦労して時間をかけながらも達成してみせた。

 その頑固さは、タキツに向けられる様々な言葉を弾くだろう。それはタキツにとって思考を乱さないという意味で大きな利点となる。

 タキツにはこれからも自分の意志を貫いて、長所を伸ばしてほしいものだ。

 トレーニングやレースでも、タキツが自分から意見を出したら、それを後押ししようとアナタは決意する。

 五十年近く、周囲からの視線を物ともせずにレース出場をしてこなかった鋼の心を、今度からはどんな風評を受けようとも気にせずにレースに向かう強さとして活かしてもらおう。

 アナタはそんな思考をしながら、資料を手繰り、タキツの経歴を目で追った。

 共歴一九九九年、学園に入学。共歴二〇〇八年、初レース出場、七位でゴール。それから三年程は年間で四、五回レースに出場するも、どれも最下位から数えた方が早い結果に終わる。年を経る程にレース出場数が減少。当然のことだが、登龍門は数回の出場記録があるが全てリタイア。

 落ち零れというしかない散々な結果だ。そして共歴二〇五三年よりレース出場記録は途絶える。

「……遅いな」

 アナタがそう呟いた理由は、着順ではなかった。

「入学から初レースまでに、なんで九年もかかってるんだ?」

 アナタが気になったのは、初レース参加までの期間だった。

 まず、人間が人魚になった場合、体の構造が完全に組み代わるのに一年から三年がかかる。人魚は全て、主にレースに参加する手続きやルールを学ぶために学園に入学するが、そのタイミングは人魚になった直後から体が完成した後と人魚によってまちまちではある。

 まちまちではあるが、体が完成してから一年を待たずにレースに参加するのが普通だ。

 加えて、人間が人魚になるには、最低でも十二歳以上であることが国際法で規定されており、これを破ることはどの国でも重犯罪となる。どんなに遅くても、実年齢で十五歳である人魚がレースに年に一度も出場しないというのは、不自然だ。

 仮にタキツが十二歳の最低年齢で入学したとして、二十一歳までレースに出場しないなんて、何か理由があるとしか思えない。

 ここも、タキツの体重と同じく、計算が合わない。

 二つの理屈に合わない数字は、マキナがいうところの同じ項を理由にするのか、それともそれぞれ別の項を理由にしているのか、まだアナタには分からない。

「タキツ、君は何を隠しているんだ……?」

 おもくばかりのアナタの疑問に、この場にいないタキツは答えてくれない。

 いや、アナタの呟きを聞いたとしても、頑固な彼女が応えてくれるかは、分からない。

 なんとなく、アナタの脳裏には、タキツが軽く肩を竦めて押し黙る姿が思い描かれた。

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