マキナ・マギア
外れたマキナの右腕を握って、タキツは硬直したままだ。
「どうもタキツ嬢。あっちから名前と簡単な事情は聞いているよ。ご覧の通り、こっちはマギアを腕にしている。ああ、右腕だけじゃない、左腕も、両足も、生まれつき欠損していてね。幼少期からマギアの義肢を着けて生活しているから、ご承知おきを頼むよ」
けらけらと笑いながら、マキアはタキツに向けて自己紹介をした。
ギギギ、と、タキツは人形になってしまったかのように、固い首を無理に動かしてマキナに顔を合わせた。
「小さい頃からマギアの義肢を着けているって、やっぱりあなたはマギア・コーポレーションの……?」
「ああ、うん、人魚なら知っているか。そう、マギア・コーポレーションの会長の孫にあたるよ、一応ね」
マギア・コーポレーションとは、その名の通り、この海珠でマギアの生産企業の最大手であり、最初のマギアを開発した人物が設立した会社だ。設立から七百年経過する今でも成長を続けており、複数の企業を併合した巨大な財閥グループとして有名である。
そんなところのご令嬢が目の前にいると知って、タキツはか細く息を引いた。
「おっと。こっちは機械弄りだけしか出来なくて、会社の経営だの継承だのとは無関係だから、そんなに片肘張らなくていい。たまに開発したマギアの生産権利を会社に売っているが、それはつまり外部の取引先と同じ立場だからね。経営は優秀な従兄弟達が受け継ぐから、こっちにはなんのおこぼれもないし、来ても熨斗つけて返すつもりだから、どうか普通の技術者程度に見てほしい。なにかマギアが必要なら、作ってあげるよ」
マキナから長々と自分の立場と考えを説明してくるが、生まれがマギア一族だという時点で、タキツには雲の上の人間としか思えなかった。
「そろそろその右腕を付け直してもらっていいかな?」
マキナはタキツが手に持ったままの腕を返してほしいとおどけた。
そんなに畏まらなくていいと言いたいのだろうけれど、タキツからしたら自分から外した癖に、と思わなくもない。
そんな心情はおくびにも出さず、丁重に肩と繋がる腕の根元に手を添えて慎重に丁寧に嵌めてくれるのが、タキツなのだけれども。
マキナの腕をかちりと肩に押し込むと、腕が自分からぐるりと回り、指を折り畳んだ。
マキナは腕の接続と動作に問題がないのを確認して、タキツに微笑みかける。
「ありがとう」
「肝が冷えました」
マキナの寄越したお礼に、タキツは素っ気なく、つんとそっぽを向く。
「ふふ。マギア一族は人魚に敬意と感謝を抱いているのさ。マギアは人魚が使う魔法の技術と仕組みを教わり、模倣して作られたものだからね」
アナタは、マキナ本人から話に聞いたのだが、マギアという機械は人魚と人間の間に個人的な友好があったから実現したと言われる。
マギア一族の始まりとされる人物に対して個人的な好意を抱いた人魚が、その魔法を見せ、質問に事細かに答え、さらには試作品のテストまでやってくれたと伝承が残っているらしい。
その人魚からの厚意がなければ、マギアはまだこの世になく、マギア一族も
「それと、こっちは個人的にも人魚に感謝することがあってね」
マギア一族としてではなく、マキナ個人としてと言われて、タキツは唇に中指をそっと当てた。
「それは、あなたの四肢がマギアであるから?」
「それもそうなんだが、こっちは幼少期からマギアの義肢で生活していると言ったろ? 人間の子供がマギアを四つも稼働させたら、魔力切れを起こしてそれで過労死するのさ」
タキツはマキナの言葉に目を見開いた。言っていることは確かに常識なのだけれども、しかしその常識と違ってマキナは現にマギアを装着してごく自然に扱っている。
つまりそれは、マキナは自分のものではない魔力を与えられているということだ。それも恒常的に。
それを可能にしてくれたものを、マキナはタンクトップの襟刳りを指で抜いて、タキツに見せた。
「人魚の、心臓……」
タキツがか細く息を呑んだ。
マキナの胸の谷間に、もう一つの盛り上がりを見せる器官は肌に露出して赤黒い姿を見せている。どくどくと鼓動し、その臓器から繋がる血管は周囲に広がり、そしてマキナの肌の下へと潜り込んでいた。
「そう、こっちの話を聞いた人魚がね、これで命が助かるならと心臓を与えて癒着してくれたんだ。この心臓は、今、マギアを使う人魚でトップを誇るミシェル・ホワイエヴァーのものだ。彼女は、自分はマギアによってトップマーメイドになったのだから、恩返しだと言ってくれているけど、こっちからしたらミシェルを始め、人魚に生かしてもらっているんだ、恩はいくらでもある」
マキナは自分の二つ目の心臓を見下ろして、穏やかに睫毛の影を落とす。
タキツが言葉を失っている前で、マキナはタンクトップにかけた指を離した。
「だから、人魚のキミのお世話も喜んでやらせてもらうよ。恩返しだからね」
「わ、わたしは、ミシェル・ホワイエヴァーとは、なんの関係もないですから……」
タキツは困ったように左右に視線を振って、その途中でアナタを見つけると縋るように眼差しを向けた。
いさよさしい瞳を受けて、アナタは力強く頷く。
「マキナはいい奴だ。ぼくの友人で一番人魚を大切に思っている奴だ。だから、タキツを住んでもらうなら、マキナのとこが一番いいと思った」
「いや、そりゃそうでしょうけど、重い! 納得しか出来ない理由が重すぎるって話ですから!」
「いやー、重いからこそ、最初に言っとくべきじゃね? 一緒に暮らしてこっちがあれこれ甲斐甲斐しく世話するのに、気味悪がられても困るしさ」
マキナ・マギアとはこういう人間だと割り切っている本人と友人であるアナタに挟まれて、感情の逃げ場がないタキツは居心地がとても悪そうだ。
「タキツ、マキナのとこじゃ、だめかなぁ?」
アナタは戸惑うタキツに、申し訳なさと不安から、柔い声で問いかけた。
ふにゃりと顔を曇らせるアナタを見て、タキツはぐっと声を喉に詰まらせた。
「ああもう! わたしはアナタの言うこと聞くって言いましたし、環境もいいに決まってるところなので! いいですよ! これでいいですか!」
感情の行き場をなくして投げやりになったタキツの了承を得て、後日、マキナの家へ引っ越しをすることが決まったのだった。
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