八月フィッシャーズ・解決の糸口

 大会で設定されていないギミックを、運営が用意した人魚とは言え参加者が付け加えるとか傍若無人にも程がある。

『ニーシェが全力でぶつかって破れないとか、私達にどうしろと? こっちは揃って登龍門も突破してないルーキーばっかりなんですけど』

 タキツの失望に、アナタも今回ばかりは大いに同意した。

 タキツは泡に触れない位置で表面を巡り、まずは調査を始める。

 ニーシェもタキツ同様にまずは見に入り、シャルマが我武者羅にぶつかっていた。

 コトリもハルピュイアに間断なく突撃させている。

 それでも泡が傷ついたり消耗したりした様子はない。

 衝撃を与えた総量が一定を越えれば消えるのか、時間経過で解除されるのか、それとも抜け道があるのか、対処法を見つけ出さなくては手を出せない。

 まさか、オリヴィエから指輪を奪わないといけないとかはあって欲しくないが、どうだろうか。それくらいの常識は持ち合わせてくれてるだろうか。

 泡の半分を回った先で、人魚の一人が泡に捉われなかったイワシを追っている。しかし、途中でイワシが泡の中へと入ってしまい、人魚は為す術を失くした。

 イワシも人魚達が泡の中に入れないのを覚っているらしく、内側にいるものは外へと出ようとはしない。

 人魚達がイワシを懸命に追えば追う程、全員が手詰まりになっていく。

 タキツは軸を変えて三度周回した後、動きを止めて波に漂う侭になった。じっと黙ってオリヴィエの出した泡を見詰め、結ばれた唇の端から息がうたぐんで空へと還っていく。

 アナタはタキツがもう諦めてしまったのではないかと不安になる。

 アナタから何か解決の糸口をタキツに伝えられればと、頭を悩ませる。タキツから見える景色、観客席で見える巨大モニターの映像、事前に収集して今も手元にある資料、どれもがアナタの目の前にあり、脳へと押し寄せて来る。

 余りの情報に頭が沸騰してはち切れそうだ。

 タキツの目の前で、イワシが一匹、泡へと向かって泳いできた。そのイワシはするりと中へと入り、屈折した光で姿が歪んで映った。

 タキツが左手を泡に向けて伸ばし、表面張力で侵入を阻まれて触れるのに留められる。

 タキツが徐に視線を上空へと持ち上げた。

 コトリのハルピュイアが泡に向かって突っ込んできて、呆気なく弾き返される。

 空へと向かって浮かび上がるタキツの息が波に揺られて光を屈折させる。

 そして、タキツの瞳が見開かれた。

『ナヴィゲーター、リンケージを切って!』

『え、なにか気付いたのかい?』

『いいから! 他の人魚が気付く前に早く!』

 タキツに急かされて、アナタはリンケージをぷつりと切った。視界が自分のものだけになり、重荷が取れて思わず息を吐く。

 モニターを見ると、小さな人魚の影がオリヴィエの泡の中へと入り込んだ。

 実況が慌てふためき、カメラがその人魚を拡大する。

 タキツが、泡の内側を泳いでいた。

 それを見た他の人魚が自分も侵入を試みるが、さっきまでと同じ様に弾かれる。

 泡の状況が変わったのではない。

 タキツが解決策を見つけ出したのだ。

 泡に弾かれたもの。人魚、ハルピュイア、それから魔法も徹っていなかった。

 泡に弾かれなかったもの。イワシ、実は波も。タキツは泡の内側で揺れる光と体を揺らす波が連続していたのを確認していた。

 泡とは、ある物質が境界となり、内に別の物質を閉じ込め、外に別の物質を弾いたものだ。境界によって、内と外が定義されるもの。海の中ではその境界を作るのは空気であり、空で境界を作るので誰もが知るのはシャボン液だろう。

 では、オリヴィエの泡を作り上げる、境界そのものになったものは、何か。

 空気ではない。空気が海と海の間に挟まっているのであれば、イワシはその境界を越えるのに勢いが必要になる。空気の中ではイワシは呼吸が出来ず、留まれないのだから。

 けれど、イワシの中には境界として光を屈折させる合間の空間で漂うものもいた。そこに空気はない。海だ。境界もまた海だった。

 オリヴィエの泡が外に弾いていたのは、海ではなかった。弾いていたのは、オリヴィエ以外の人魚の――魔力だった。

 人魚は魔力の〔纏〕で常に身を包んで守っている。

 ハルピュイアはコトリと意思疎通するために魔力を飛ばし合っている。

 魔法なんて魔力が原動力だ。

 ならば、逆に魔力を切ってしまえば、どうだろうか。

 魔力を持たないイワシも波も海も、泡の境界に阻まれてはいない。

 その推察から弾き出された答えの証明が、今、オリヴィエの泡の内側で泳ぐタキツ自身だ。

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