第1回M20990811AS16ZZbw17XXSOBlTwBサルベージレース

海竜の人魚

 サルベージレース当日がやって来た。

 スタートとゴールになるのは、テイル・フィン州を人魚の尾鰭に見立てた時にその真ん中の切れ込みに当たる位置にあるピヴォット競泳場だ。

 その床下通路でアナタはスタートゲートに向かうタキツに付き添って泳ぐ。

 ちなみに、言うまでもないが何の相談もなく出場予定を繰り上げられたタキツは頗る不機嫌である。

『全く、〔センスウェブ〕が物になる前にレースに出されるとか、ただでさえ他の人魚に比べて出来が悪いっていうのに、仕上がりも待って貰えないとか私をなんだと思ってるんでしょうね、この人は』

『いや、ごめんて。でも早く出た方がいいっていうルルの意見もその通りだと思ったんだよ』

『そうやって、私の意見は聞かないのに他の人魚の意見は鵜呑みにするんですね』

『そんなことないよ。それにタキツならレースの間でも技術を身に付けられるかなーって……あの、その……ごめんなさい』

 あれこれと言い訳していたら、タキツの冷たくて鋭い視線がアナタを射貫いて来たので言葉を続けられず、ただただ頭を下げるだけになる。

 そんなアナタ達を後ろからやって来た一人の人魚が追い越して行った。

 レースの出場者だろう。彼女の尾鰭は硬質な爬虫類の鱗で覆われて、しなやかな鋼鉄のようだった。海竜種メイアヴルムの人魚だ。

 その人魚はアナタ達を追い越してすぐ、くるりと顔を振り返らせてこちらを覗いてきた。

『あ! やっぱりタキツさんじゃん!』

 人懐っこそうな笑顔を花開かせてメイアヴルムの人魚は体を反転させてタキツに向かって来た。

『タキツ、知り合い?』

『学園の人魚とは顔見知りだって何回言わせるんですか』

『うん、ボクだって学園の人魚を全員把握している訳じゃないから。紹介してほしいんだけど』

 アナタは当たり前にそう言ったつもりなのだけど、タキツからは本気で言ってるのかと疑わしそうな眼差しを返される。

『アナタ、エアスティアを知らないんですか?』

『あれー? そっちはやっぱりニンゲンじゃん。なんでタキツがニンゲンと一緒にいるの?』

 エアスティアという名前をアナタが頭の中で検索する間も与えられず、彼女はタキツに聲を掛けていた。

『エティは私が学園の寮を追い出されたのを聞いてないんですか?』

『え! タキツさん、ついに追い出されたの!? うわ、え、フツーに路頭に迷いそう……あれ? そういえばニーシェがなんか言ってたな?』

 大袈裟に驚いたり腕を組んで聞いた話を思い出そうとしたり、エアスティアという人魚は随分と動作が子供っぽい。

『あーーーー! そうだ! なんかニンゲンのお世話になってるって聞いた! じゃあ、コレがそのニンゲン?』

 エアスティアが大きな聲を響かせた。

 それは直接頭に伝わるから殴らせたような痛みが走ってアナタは顔を顰める。

 そんな風にアナタを威圧しておきながら、エアスティアは興味津々と体のあちこちを覗かれる。

『ふーん……なんか、パッとしない……ぼくのお母様の方が断然すごいね!』

『はいはい、そうですね』

 アナタをまじまじと見分した後に、パッと自慢に顔を輝かせてタキツを見たエアスティアだったが、タキツに等閑なおざりな生返事にぷくっと頬を膨らませた。

 アナタがタキツに目を向けると、タキツは肩を竦めた。

『マザコンです』

『なるほど』

 母親を大事にするのは良い事だとアナタは納得する事にした。

『あ、そうだ。ニーシェから聞いたけど、タキツさん、次の登龍門を狙ってるんだって?』

『まぁ、そうらしいですね』

 なんだか前もこんな話をしたなとアナタは記憶を揺らめかせる。

『止めた方がいいですよ。だって、次の登龍門には満を辞してこのぼくが出るんだからね。そこから四年間、三賞もロイヤルもぼくがもらっちゃうから、出るなら五年後にしなよ』

 アナタは目を見開く。

エアスティアはとんでもない大口を叩いた。

 三賞もロイヤルも、登龍門を突破した直後の人魚達が人生で一度だけ出場出来る特別なレースであり、それを勝ち取る事は大きな栄光となる。

 三賞はその名の通り三つのレースの総称だ。海萌賞、英游賞、太静賞である。一年毎に開催されるレースが巡り、三年で一周する。

 ロイヤルは四年に一度開催されるレースシリーズで、レディ・ドレス、プリンセス・ティアラ、クイーン・スローンの三つのレースが一年の内で行われる。

 だが、どちらも三冠を達成した人魚は長いマーメイドレースの歴史の中でも少ない。

 ましてやどちらも総なめにするというのは、歴史的な快挙だ。

 なのにエアスティアはそれをやって当たり前だと宣う。

『そう言えば、次のクールは海萌賞から始まって四年後にロイヤルが来る年巡りでしたね』

『そうだよ。だからぼくは一年登龍門を見送ったんだから!』

 腰に手を当てて胸を張るエアスティアに、タキツはさらりと流し目を送る。

 そしてタキツはそのままアナタに視線を移して来た。

『だそうですけど、どうします?』

 タキツに釣られてエアスティアもアナタに顔を向けて来た。

 二人がアナタの決断に注目している。

 それでもアナタの判断はタキツに会った時から変わっていない。

『誰が相手になっても、タキツは次の登龍門を突破してレースを勝っていってもらうよ』

 アナタがそう告げるとエアスティアは目を丸々とさせた後に不敵に笑った。

『へー、随分と自信あるんだね』

 エアスティアは楽しそうに体を振ってスタートゲートに向かって泳ぎ出した。

『今日のレースも期待しちゃうからね。ぼくをがっかりさせないでよ、タキツさん!』

 颯爽と泳ぎ去るエアスティアの後ろ姿を見送ってタキツは溜め息を吐いた。

『全く好き勝手言ってくれちゃって……どうしてアナタが言ったのに私が目を付けられなきゃいけないんですか』

 タキツは口を尖らせて拗ねるけども、アナタはエアスティアと同じく今日のレースを楽しみに思えてならなかった。

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