テイル・フィン・カット

八月フィッシャーズのライバル達

　アナタは今、八月フィッシャーズの出場準備をする傍らで、エントリーしている他の人魚の情報を集めていた。

　今回のフィッシャーズにエントリーしているのは、タキツ含めて八名の人魚だ。これから駆け込みでエントリーはまずないと言っていいだろう。

　要注意の相手として、真っ先に上がるのは、運営が用意した妨害役であろうオリヴィエだ。

　彼女は既にアラウンド・オシェアンの七つのレースを制覇しており、そのライセンスの幾つかを素材とした槍を持つ。投げれば必殺、海威であっても貫き絶命させ、数多の人魚を肉塵に変えて来た恐ろしい武器だ。八月フィッシャーズでは、他の人魚を行動不能に追いやった場合、そしてイワシを著しく損耗させた場合は失格となるが、当て所を外すような人魚ではない。

　しかも厄介な事に、この最強の槍は投げた後にオリヴィエの手元に向かって跳んで戻って来ると知られている。帰って来る時の勢いでも、人魚を数人吹き飛ばす威力がある。

　それ以外のライセンス装備や魔術装備も数が多く、はっきり言って誰も全容を把握していない。実際にレースの中でどんな現象が起こるのか分からないので、対処法も決められない。

　レースに勝利する事はないだろう、と楽観視なんてとても出来ない相手だ。

　他のエントリーメンバーは、タキツを除けば全て学園に在籍している生徒だった。その中で既に頭角を現しているのは、二人。

　一人はニーシェ・レッタ。鮮烈な紅の尾鰭を持つベタの人魚であり、これまで幾つかのレースで三位入賞を果たしている。

　だが、実際に彼女の実力が見て取れるのは、入賞記録ではなく、出場したレースの内容にある。普段は斜に構えてやる気のない若者然とした態度で知られる彼女だが、レースになると途端に雰囲気が変わる。闘争心が強く、前を泳ぐ人魚を噛み付かんばかりに追い立て、時には突進して激突する。そうしてレースの優勝候補を撃墜したレースが幾つもある。

　その結果、自身も体力を使い果たして失速して後続に抜かされて順位を落とすが、今回は先着制ではなくポイント制のレースだ。人魚相手でも追い込みが激しい彼女が、イワシ相手に手をこまねくとは思えない。

　それに、彼女の攻撃の対象になった場合、身体能力が他の人魚に劣るタキツは不利だ。迎撃も振り切るのも難しい。

　次に、コトリ・エ・シームルグ。尾鰭が羽毛に覆われた翼となっている特徴的な人魚だ。彼女はミストレスとして名を馳せている。というのも、彼女が従えているのが、ある一種類の海鳥である。

　それは、ハルピュイアという鳥で、人魚とも古来深く関わりがある。この鳥は人魚を背に乗せて運ぶのだ。かつて人類との戦争が起こった時、人魚はハルピュイアによって陸地を上空から攻め立てたと伝えられている。

　コトリはこのハルピュイアを使役するのが巧みで、海上からハルピュイアを突撃させて他の人魚の泳ぎを妨害するのを得意としている。また過去に出場したフィッシャーズレースでは、他の人魚がゴール手前まで追い込んだ魚の目前にハルピュイアを突撃させ霧散させたという記録もある。

　海の上にいるハルピュイアに対処しようにも、人魚の本領は当然ながら海の中だ、有効打は与えにくい。それに海の上に注意を払えば海の中への意識が薄れて、結局はイワシを誘導するのに集中出来なくなる。

　コトリ自身の能力も決して低くはなく、ハルピュイア無しでも十分にレース上位に食い込む。

　フィッシャーズレースのゴールは円形に配置され、隣り合うのがどの人魚になるのかは当日の抽選で決まるが、この二人とは離れたゴールになるのをアナタは祈りたくなった。

　それから、注意が必要な訳ではないけれど、見知った名前も見付けた。

　タキツの引っ越しの際に出会ったシャルマも八月フィッシャーズにエントリーしていたのだ。彼女はオットセイの人魚であり、小回りの利く泳ぎをする。小さなイワシを追い回すのは得意そうだ。

　これらのライバルを出し抜き、タキツが勝利する作戦が必要だ。