タキツのお肉

 タキツから出掛ける用事があると言われてトレーニングを休みにした。

 アナタは仕事を進めてもよかったのだが、自分も休日にしてマキナの家を訪れている。

「引っ越して一週間経つけど、家でタキツの様子はどう?」

「そっち、今日休みなんじゃなかったんか」

 休日に親友を訪ねて来たというのに、タキツの様子を訊いてくるアナタに、マキナは表情と声の両方で呆れを示した。

「何言ってる。資料も何も持っていないのが見て分からないのか」

「社畜やべーな」

「失礼な」

 仕事に追われないからこそ、こうしてゆっくりタキツの状況を確認出来るというのに。

 アナタが少しも悪気を見せないのに、マキナが折れる。

「家だと、だいたい水の中かソファでくつろいでるよ。全力でなにもしないをしてる感じかな」

「リラックスしてる?」

「それはもう」

 マキナの力強い頷きに、アナタは安堵する。住む環境が変わってストレスを感じてないか心配だったのだ。

 案外、タキツは居場所に拘らないのかもしれない。

「それと、食事の量が思ってたより、多いな。一日一食だから他の人魚より一回の量は少ないのかもと思ってたけど、普通に人間と同じくらい食べてる」

「なんと」

 人魚の食事量と言えば、週に一回、人間が一度に食べる量の半分かもっと少なめ、というのが一般的だ。

 軽く計算しても、タキツは普通の十四倍食べていることになる。

「なんかこっそり運動とかしてる様子は――」

「ない」

 アナタの淡い期待は、マキナから食い気味に否定された。

「ついでに言えば、魔法の気配もない」

 マキナは人魚の心臓を持っているから、魔法の気配に敏感だ。その彼女がないというなら、タキツは魔法の特訓をしていることも有り得ないのだろう。

 タキツが食事で摂取した栄養を消費しているのが、運動でも魔法でもないのが、確定してしまった。

「まぁ、美味そうに食うから、作る身としてはありがたいけどな」

「もしかして単純に食べるのが好きとか?」

「好きかどうかは、太る太らないに関係しないだろうが、どあほ」

 アナタのおもきは、マキナにばっさりと切り捨てられた。

 アナタはバツが悪くて、出してもらっていたコーヒーに口を付ける。

 空気を濁すアナタに、マキナはふん、と鼻を鳴らすだけに抑えてくれた。

「ああ、でも、そっちが決めたメニューだけじゃ満足しないらしく、よく甘いもの食ってるな。相当の甘党だぞ、ありゃ」

「え、そんなに?」

「こないだ、菓子を切らしてたら、コンデンスミルクを直飲みしてた」

「うわ」

 舌に蘇った甘ったるさに、アナタは呻いた。アナタも甘いものは嫌いではないけれど、とても真似出来ない。

「こっちも同じ反応したら、なにが悪いんだって冷たい視線を寄越された」

「なんか、その、すまない」

「いや、そっちに謝られても」

 マキナはそう言うが、タキツの世話をお願いした立場ではある。どうしても申し訳なさが胸を圧迫して已まない。

 近い内に、マキナに何かお礼の品を持ってこようとアナタは決意する。

「ただいまです」

 そんな会話をしているところに、タキツが帰ってきた。

 水の張った一階から届いた声を聞いてすぐに、マキナがごく自然に席を立った。

 アナタはそれをぼんやりと見送り、そしてタキツを抱えてマキナが戻ってくる。

「あ、本当にいますね。まぁ、ちょうどいいと言えば、ちょうどいいですけど」

 タキツはアナタを見るなり、手にしたものをアナタに突き出した。

 中身に水が浸透しないようにビニールに包まれたそれを受け取り、アナタの手が濡れる。

「タキツ、これは?」

「一応、お世話になってますから、お裾分けです」

 タキツから物を貰うのは始めてだ。

 ビニール越しに手のひらに伝わる感触は柔らかく、しっかりとした重さがある。何が入っているのだろう。

「マキナにもありますよ」

 タキツはもう一つ同じものをマキナに掲げた。

 マキナはそれをじっと見つめて、やばて口元を引きつらせた。

「え、これ、まさか」

「マキナ、中身見ないでわかるのかい?」

 もしかしてマキナはタキツの今日の行き先について知っていたんだろうか。それなら自分にも教えてほしかったと、アナタは不満を抱く。

「こっちの見立てが間違いであってほしいけど、こっちがこの魔力を見間違えるわけがないんだ」

 マキナは強張った表情をアナタに向けて、なんだかよく分からない発言をした。

 どうにも、タキツが渡してきたものは、魔力を持ったものらしい。そうだとすると随分高価なものだけども。

「人魚のお肉です」

「へー、人魚の肉か、それはおいしそう……はぁあっ!?」

 タキツから中身を教えられて、アナタは驚愕に顔を引きつらせた。

 人魚の肉は、とても美味で、健康にいい食材であり、様々な病気を改善し、体力を速やかに回復させる。

 それ故に、常に市場に出回るものは資産家達の奪い合いにあり、金額が暴騰している。

「ちょっとまて、いくらなんでもそんな高価なものをはいそうですかって受け取れないよ!」

「別に有名な人魚のものでなくて、一把一絡げのお値打ち品ですよ」

「ブランドになってなくても普通の食肉の十倍の価格はついてるだろう!」

 タキツはさも何でもない物だと言うようにしれっと渡してきたが、アナタはそれを手にしているだけで動悸が激しくなる。

 手に伝わる重さからして、一キログラムは優にある。

 謂わば、金塊一つを持たされた感覚だ。

「早く冷蔵庫にしまった方がいいですよ。いくら人魚の肉とは言っても、切り取られたら本体以外は再生しないんですから」

「いやいやいやいや。そうだけど、そうじゃない!」

 タキツは一貫して、ちょっとお高めな食材扱いしているが、一般家庭でアナタが手にしている量を買おうものなら家計が簡単に傾く値段のものだ。

 一般人なんて年に一度口に出来るかどうかという高級食材を、前触れもなく渡して来ないでほしい。

 マキナは人魚の魔力を見慣れているから、タキツが説明する前にその正体を察知したのだろう。そんな彼女は、気絶しないのが精一杯の様子で、放心している。

「美味しいですよ」

「それは大事かもしれないけど、そうじゃない!」

 いつも態度が冷めている癖に、こんな重たい贈り物を持ってくるだなんて、タキツの考えがよく分からなくなったアナタだった。

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