レース準備・8月フィッシャーズ

 タキツのドリルトレーニングをルルが見てくれている間に、アナタはレース出場の準備をする。

 タキツやルルからトレーニングの経過を聞いているが、着実にフォームが改善されているらしい。実際に自分の目で確認するが、アナタは楽しみだった。

 その楽しみを早く実現させるためにも、自分の仕事を果たさなければならない。

 マーメイドレースの出場申請は、人魚名鑑で人魚ごとに振られた識別番号を用いることで、簡略化が為されている。

 勿論、ランクの高いレースに出場するには、多くのレースで実績を求められるし、逆に同じレースで何度も勝利すると出場禁止期間が発生したりするが、フィッシャーズはどんな人魚でも参加可能なオープン大会だ。

 通例で言えば、フィッシャーズは年間ランキングに計上されるポイントが低いので、上位の人魚はまず参加しない。

 フィッシャーズの出泳名簿に上がるのは、ほぼ登龍門突破前の人魚であり、つまりは学園に入って数年の人魚になっている。

 それに、他の国から移籍してきた人魚が稀に参加する。

 それからこれは確実に参加するのだが、フィッシャーズには妨害役の人魚が参加してくる。

 目標となる魚、たった一匹を捕まえて、ゴールに運べばそれで終了するフィッシャーズレース。それは、運のいい、もしくは目端の利く人魚が参加すれば、数秒で勝負が決まってしまう危惧が付き纏う。

 それを防ぐために、大会運営がレベルの高い人魚を紛れ込ませているのだ。

 これによって、フィッシャーズのもう一つのルール、目標と同種の魚を捕獲してゴールまで運んだ際にポイントが加算されるというものが生きてくる。

 正解の魚を逸早く捕獲して、他の人魚が加点する前にレースを終了させるには、高レベルの人魚を出し抜かなければならない。

 正解の魚を敢えて追わず、同種の魚でポイントを溜めていく勝ち筋もあるが、当然、その加点は正解の魚の方が高い。

 どれだけ早くレースを終わらせて、どれだけ多くのポイントを得るか。その駆け引きを観客は楽しみ、参加する人魚達は神経を擦り減らす。

 ちなみに、大会運営が出場依頼した人魚は、勝利を目指さない。完全なボランティアだ。

 何故、そんな回りくどいことをしているのかというと、フィッシャーズが元々、この国の食糧供給を担っていたという歴史が関係している。余りに早くレースが終わってしまうと、食料となる魚の捕獲数が、国民の食生活を賄う量に満たなくなるので、最初期にこのルールが設定された。

 もっとも、現在では勝利者がコンサートの準備をしている間に、他の参加人魚が漁を継続するので、ほぼ有名無実となってしまっている。

 アナタはエントリーに必要な書類を作成し、大会事務局へと送信した。

 この後、事務局から参加資格の査定が入る。事務局から追加で資料を求められることもあるが……タキツは長年レースに出場していなかった以上、確実に追加審査があるだろう。

 現状の遊泳能力を今からまとめておいた方がいい。

「あと、レースの情報やエントリーした人魚のことを調べて、対策も練った方がいいよな」

 アナタは自分に対してぼやく。

 ずっと後回しにしてきたが、ここに来ていよいよ時間が差し迫ってきた。

 タキツにとって情報は大切な武器であり、勝敗を大きく分ける。

 それは分かっていたのだが、タキツ本人の背景を調べるのを優先してきたから、レースへの取り組みが全く進んでいなかった。

 あと一月半で、レース出場準備と並行してどこまで情報を探れるか、アナタは大いに頭を悩ませた。

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