海底の探索
その日、タキツは初めての探索に出る。
アナタはサルベージレースの準備をする傍らでリンケージを接続した。
とぷりと意識がタキツの感覚を通して海に潜る。
『ところで、探索するのはいいんですけれど、何処を探して何を見付ければいいんです?』
『え』
意識を繫いだ途端、タキツの方から今更な疑問の聲が放り投げられた。
アナタとしてはタキツが自由に任せるつもりだったのだが、どうもそんな甘えは通用し無さそうだ。
アナタは必死に思考を巡らせて、トレーニングになりそうなくらいには見付け難く、そして獲得した時に意味がある物を選び出す。
『そうだな、サルベージは沈没している船体に侵入しないといけないから、海底の貝殻を探して潜水に慣れるといいんじゃないかな』
『了解しました』
ぐん、とタキツが体を撓めてから海底へと押し出した。タキツの口からは強いて
タキツの体内の感覚まではリンケージに伝わらないのでアナタには実感が無いが、彼女の内側にある空気はどんどん捨てられるか血中に溶けて行って体積を減らしている。
気体を体内に多く含む程、生物は浮かんでしまう。だから生物が沈む為には気体を失くさないと行けない。
人魚の肺は人間の物とそう変わらないので、沈む時には潰して収縮させるしかない。だが人魚は出口の失った消化器官に外水を満たす事で水中に溶けた酸素を吸収して細胞呼吸を賄える。しかも消化器官内部も外気から外水に置き換わるので、潜水能も上がる。
『ナヴィゲーター、今回のサルベージ目標の深度はどの位ですか?』
『ちょっと待って』
タキツに質問を寄越されて、アナタはパソコンを操作して集めていたレースの基本情報をモニタに呼び出した。
『M20990811の現在値はテイル・フィン州の直下で深度一二〇程度に着底しているね』
『国床下で一二〇って、透光層もギリギリじゃないですか。ほんっとに余計なところにばっかり気を遣うんですね、あの人魚は』
透光層とは植物プランクトンが光合成が出来ないが視覚が感じる程度の光が浸透している深度だ。薄明という事である。
外洋の澄んだ海域では有光層は深度二〇〇にもなるが、
昼間でも暗いというのは単純に探索が難しくなる。ルルはレースの難易度を上げようとしてそんな深い地形に船を移動させたのは容易に想像が出来た。
『それからいっそ一五〇くらい潜って暗さに目を慣らしましょうか。そうするとこっちですね』
タキツは深みに向かいながら進路を傾けた。真っ直ぐに降りるのではなく、沈みながら北東に移動する形だ。
光の満ちて緑が浮遊する層を置き去りにして、硝子の中みたいに光が濁って薄く透ける位置まで至り、さらに深く闇へと沈んで行く。
アナタはタキツの視界を通してももう何も見えなくなった。
『タキツ、これ、何か見えるの?』
『見えにくいけど、輪郭くらいは分かりますよ』
『ボクには何も見えない。タキツの視力で見てるはずなのに』
『視神経と脳の分解能の差じゃないですかね』
物が見えるというのは、カメラである目の性能と、そのカメラに写った情報を伝達する神経の性能と、伝達された情報を映像化して分析する脳の性能とに段階が分かれる。
人魚の目を通して視たからと言って、それだけで人魚と同じ景色を得られる訳では無いらしいとアナタは嘆息した。
レース当日の天気によってはアナタがリンケージを通して確認出来る視野は無いかもしれない。タキツが気付かない物をアナタが見付ける機会がなくなってしまう。
『なんですか。サルベージ目標の深度に慣れろっていったのはアナタでしょうに』
『ああ、うん。そうなんだけど、無力感に苛まれるというか、ね?』
『アナタが割と役に立ってないのはいつもの事です。こんなところで落胆してないで、もっと自分がちゃんとするべきところでポカしてるところに反省してください』
『ぐうの音も出ない』
アナタはそれきり黙って、時折何かがちらりと視界に映るのを見ながら、レース登録の作業を進めた。
流石にこの深度だと生物自体が少ないらしく、タキツも注意深くゆっくりと海底を眺めがら彷徨うように揺れて向きを巡らしながら泳いでいる。
『この深度なら大きいタカラガイでもいませんかね……おっと』
『どうしたの?』
『いえ、蛸が出て来て……もう、邪魔ですよ』
タキツが〔ウェイブ〕を使ったらしく、ぐあん、と水がうねる音がした。
一回だけで音は止んだので危なげなく追い払えたらしい。
『今日だけじゃ見つからないかもですね』
『まぁ、一週間取ってあるトレーニングだし、焦らずに。一つでも取れたらいいよ』
『あ、これって見つからなかったって言ってサボれるやつじゃありません?』
『見てない時もちゃんとトレーニングしてくれよ!?』
タキツの軽口に過剰に反応してしまったアナタだが、目を離せないでいたらこちらの仕事が滞るので勘弁して欲しいところだ。
タキツから言わせれば自分の仕事放置して監視なんかするなという感じではあるけれども。
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