次のレースは

 九月に入った。暦は秋に踏み込んだだけでまだまだ残暑が厳しい。

 そもそもとして亜熱帯から温帯 にギリギリ差し掛かる位置にあるセイレネシアは最北端のテイル・フィン州でも気温が氷点下に至らない。

 だからこれから四ヶ月過ぎて冬になってもトレーニングには支障をきたさない。

 アナタは今日もタキツにトレーニングメニューを伝える。内容はブレインのレーススタイルで必須となる知性を伸ばすことを重点にして、レースの振り返り、探索、祈りだ。

「普通、遠泳よりも前に探索のトレーニングを先にやらせますよね、負担を上げていく的な意味で」

「いや、その、タキツなら出来るかなって思って」

「会ったばかりのあの頃に私の何がわかったっていうんですか、このおばか」

 アナタ自身もあの頃は無茶したなとは思う。まだ三ヶ月しか経っていないのだけれど。

「それと次のレースも決めたよ。十月前半、第二回のサルベージに出よう」

 アナタがレースの出場を宣言すると、タキツは澄まし顔で鼻を持ち上げた。

 文句はない様子だ。文句を出されても困るけれど。

「サルベージ目標の登録番号も決定されてるよ。M20990811AS16ZZbw17XXSOBlTwBだ」

「あの人、八月フィッシャーズ当日に発見報告上げてるとか絶対狙ってますよね」

「それ」

 沈没船の登録は国際基準で番号が振られるが、その中には発見者が報告をした年月日も記載される。ルルが今回のレースに使用される沈没船の発見を報告した日にち八月十一日、まさにタキツがフィッシャーズに出場したその日だ。

「しかも発見場所がバレルタワー近海ですか」

「推定年代が十七世紀末から十八世紀初頭なのに、船舶名が船体のどこにもなくて真っ黒な外観とか、もうまともな船とは思えないよね。甲板に大きな穴も開いているみたいだし」

「フェニックスでも密猟しようとして返り討ちにあったんですかね」

 バレルタワー。太静洋の沖に海底から成層圏までを貫いて聳え立つ特徴的な塔だ。一体何時建てられた物なのか、そもそも人工建造物なのかもはっきりとしていないミステリースポットでもある。そしてその塔の天辺には不死鳥が住んでいることでも知られる。

 バレルタワーは人魚とも関係が深い。というのも、マーメイドレースでグランドスラムと称される五大大会の一つ、ウィッカ杯は魔法だけでバレルタワーの天辺を目指し不死鳥の羽を獲得してゴールを目指すものであるからだ。

 本来、海で生きる人魚に天空を突破させるという無茶苦茶なレースである。しかも迂闊に不死鳥の燃える体に触れれば人魚と言っても再生が間に合わない事もある。

 逆に言えば不死鳥の力を手に入れれば人魚にも対抗できる、だなんて愚かな考えを起こした人間は歴史上で皆無ではなかった。尤もそれを実現出来た人間の存在をアナタは寡聞にして知らない。

「どうしてルルといいオリヴィエといい、百年くらい前に人魚になった連中は碌でもない事ばっかりしでかしてくれるんですかね。この沈没船も間違いなく厄ネタじゃないですか」

「……タキツもその頃に人魚になった一人では」

「あんな非常識の権化達と一緒にしないでください。私は人魚切っての落ち零れですよ」

 落ち零れっていうのは自慢げに言う事ではないと思ったけれど、口にしようものならタキツの罵倒がさらに重ねられると考えてアナタは口を噤んだ。

「何か言いたい事がありそうな顔をしてますね」

「黙秘権を行使します」

「ま、いいでしょう」

 タキツはふん、と鼻を鳴らしてアナタの態度を不問にしてくれた。

「四、五百年前の戦艦だとすると攻撃装備や装甲強度は現行の物よりも強力な可能性もありますね。違法改造もされていそうですし」

「不死鳥が対象かどうかはまだ分からないけど、バレルタワー近海まで寄ったってことは、その対策用の物品もありそうだね」

「まぁ、炎の魔法を人魚は少ないですから、そちらはあっても使い道は限られそうですが」

 アナタとタキツは現状で予想されるサルベージ対象について推察する。事前に狙いを付けられれば速やかに獲得に動いてゴールまでのタイムを稼げる。

 そうは言っても実際にどんな物品が眠っているかはこれからの調査内容にアンテナを張って探っていく必要がある。

「あと本当にフェニックスにやられたならその炎が残ってるかもはしれませんね」

「なるほど」

 不死鳥はその体自体が永遠に燃える炎である。敵に向けて炎を吐く事も多いが、その炎も厳密には不死鳥の肉体の一部だ。海に沈んでは規模こそ小さくなっているだろうが、消えずに残っている可能性も高く、そしてその炎は羽毛等と同じように加工が出来る。価値としてもありきたりな魔道具では太刀打ち出来ないレベルだ。

 その辺りも調査から明らかになってくるだろう。

「それと探索の技術も上げて行かないとね」

「そろそろ〔センスウェブ〕は身につきそうです。少しはマシになるかもしれませんね」

 タキツのトレーニングも、彼女の実感として着実に出て来ている。

 しっかりと準備を重ねれば好成績を狙って獲得出来そうだ。アナタの心にも一段と強くやる気が灯った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る