非常識な来訪者

 レースの運営に当ててタキツ出場の為の手続きを送り終えて、来週からのトレーニングメニューを考えていたアナタは、事務所に突然浮かんだ魔法陣から光を放って出現したルルに目を丸くした。驚きの余り言葉も出て来ない。

「ちょっと! 折角タキツの為に取って置きの戦艦引っ張り上げて来たのに、なんでサルベージに出ないのよ!」

 しかしと言うか、やはりと言うか、そんな停止したアナタの様子なんて何の意に介さずに、ルルは文句をぶつけて来た。

「あー、やっぱりタキツに参加させるのに持って来たんですね、あれ。しかも船一つ移動までさせて」

「そうよ。あの重たいの一人で運んだのに、その苦労を泡にさせるつもりなの?」

 腰に手を当てて如何にも怒ってますというルルだが、アナタは掌を相手に向けて宥める。

「いや、タキツも出ますってば。二回目に。先日、登録申請を送って検査待ちですって」

「初回に出なさいよ、初回に」

「無茶を言う」

 アナタは傍若無人な人魚を前にして、助けにタキツを呼ぼうかと思い過ぎるが、同時にタキツは主張を通しに来た勢いの強いルルの前に出るのを心底嫌がるだろうなとも予感がうたぐんだ。

 此処はどうにかアナタだけで話を付けないといけない。

「それについては、貴女が沈没船持って来るのが早過ぎるんですよ。こっちの対応が間に合いませんって」

「そんなん、わたしが口利いて出させてあげるわよ。ほらほらお願いして御覧なさい」

「常識って言葉知ってます?」

 関係者の強権を使って出場枠を捻じ込むとか平然と言っている非常識な人魚にアナタは頭痛がして頭を押さえた。

 だが目の前の最強の人魚は全く悪びれた様子も無くあっけからんとしている。

「常識とかつまんないもんは海に捨てたら波が持っていってくれるわよ。小さいことで頭悩ませてんじゃないのよ、もっとタキツの為になるなら使えるもんは何でも使いなさいよ。わたしのコネとか親友のマギア技士とか、魔道具も揃えないと現実トップレースに勝てやしないし、何ならファミリアを探すのだって意味はあるのよ。あんた、もっと出来ること幾らでもあんでしょ、やりなさいよ」

 ルルの怒涛の駄目出しにアナタは言葉を飲み込むしかなかった。

 確かに、レースにはタキツの実力と同時に装備も整えないといけないが、全く手が回ってない。

 ルルが言っているのは、自分だけで出来ないなら他人を頼れという事だ。アナタとタキツの二人で事務所をやっている状況なので、盲点と言えば盲点だった。

「んでもって、サルベージなんか初回でいいもんみんな持っていかれたら後のレースなんか出る価値ないって知ってるでしょ。それに初回の後は情報も出回る。言っとくけど、あれフェニックスの炎がそこそこ抱え込んでるから、どんどん強い人魚が目を付けてくるからね」

 ルルの口からさらりとフェニックスの炎の存在が確定された。人魚と並び立つ存在の力が、その一端とは言え手に入るとなれば参加者は押し寄せるだろう。

 それこそ、ルルレベルの人魚でも獲得する価値がある。

「だから、初回だけがタキツにとってのチャンスよ。今はまだ中身が未知数だから様子見する人魚も多いんだから」

「それは……確かに」

 ルルの口振りからすれば、フェニックスの炎は一回入るだけでも手に入る位置に存在しているのだろう。見つからない訳が無いという確信を感じる。

 複数の人魚がフェニックスの炎を持ち帰ってタイムスコアで勝敗が分かれるとしても、そもそもフェニックスの炎を取得する事が勝敗よりも価値がある。そこから作られる装備は間違いなく強大な力になるからだ。

 しかし強い人魚が参加して妨害、剰えレースを度外視して独占に走ったら……タキツがそれを手にする事は絶望的だ。

「ちなみに、それはルルだって欲しかったりはしないんですか。見つけたのはもっと以前みたいですけど」

「わたし? わたしは今更フェニックスの力を持ってもねぇ。今でも誰もわたしに勝てる人魚がいないんだからどうせ使わないし」

 圧倒的な強者は言う事が違った。全く欲が動いていない。

「で、どうすんの? 出る? ていうか、出ろ」

 最早提案ではなく脅しでしかないルルの態度に、アナタの口から乾いた笑いが零れる。

 前回と言い、今回と言い、選択肢が一つしかない。

「出ます。よろしくお願いします」

「うんうん、素直でよろしい」

 素直というのは、恫喝に屈するという意味だっただろうかとアナタは重くなった頭を手で支える。

 確かにルルの提案はアナタとしても助かるものではあるけれど。初回のサルベージレースを見送ったのは手続きが間に合いそうにないからという理由だけだったから。

 それにアナタの想像以上に、二回目以降が厳しいというのを教えてもらえたのもありがたいことである。

 ただルルの押しが強いからその分此方が仰け反っただけで。

「そうそう。タキツに伝えてくれる? どんなものでも心臓って美味しいよねって」

「焼肉かなにかの話ですか?」

 タキツはまだ分かるけど、ルルも食事に興味があるのだろうか。

 首を傾げるアナタに向けて、ルルは口元だけに笑みを浮かべ手を振ってから、現れた時と同じようにフッと消え去った。

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