八月フィッシャーズ研究

 ルルがタキツのトレーニングを任せて、アナタは溜まっていた仕事が順調に片付いていき、少し時間が出来た。

 半日の空き時間だが、何か有意義に使いたくもある。

「レース研究をして、対策を考えようか」

 アナタの役目は、事前に情報を集めてタキツにフィードバックすることだ。

 アナタは机の上に資料を取り出し、必要なものを整理していく。

 フィッシャーズレースは、浮遊海上国家メガフロートセイレネシアが設立された当初の、人魚による漁を起源としており、今も尚、この国の食糧自給率に貢献している。

 その勝敗はゴール順位ではなく、ポイント制で決定される。ポイントの対象となる魚種はレース毎に設定されており、毎年同じ魚種が選ばれる重賞レースと、臨時で開催されて魚種が開催前に選出される臨賞レースとがある。

 タキツが出場する予定の八月フィッシャーズはその名の通り、重賞であり、対象魚種は旬を迎えるイワシだ。

 フィッシャーズでは、出場人魚それぞれに一つの生け簀が割り当てられ、これがゴールとなる。その生け簀は海中に口が開いており、そこに魚を追い込み、捕獲する仕組みだ。

この生け簀に入った対象魚種がポイントととして計上される。

 さらにフィッシャーズでは、対象魚種の内、一個体だけ事前に魔法によるマーキングが行われる。このマーキングされた個体がそのレースでの目標となり、これを捕獲した時点でレースが終了となる。

 そのタイミングでのポイントによって勝敗が決定するが、当然ながら目標とそれ以外の対象魚種とではポイントに偏りがある。

 八月フィッシャーズでは、目標個体は五千ポイント、他のイワシは一ポイントになる。このポイントの開きは、各種フィッシャーズの中でも最大の部類にある。

 目標個体をゴールさせた人魚に対し、他の人魚が逆転するには五千匹の上乗せが必要になるという訳だ。

 ところで、八月フィッシャーズは、目標個体を確保しなかった人魚による勝率が四割を超えており、他の月のフィッシャーズよりも高い値が出ている。

 参考までに、八月フィッシャーズを開催するために事前に運営にあたる人魚が外海からレース海上に誘引するイワシの総数は平均で三百万匹、最大で一千万匹以上という記録が残されている。これらは試合終了後も、優勝した人魚がコンサートの準備をしている間に残りの人魚達によって全数が捕獲されて、いずれ食卓に上る。

 圧倒的な数を操作することが勝敗を分けるのが、八月フィッシャーズだということだ。

 八月フィッシャーズのセオリーは二パターンある。

 目標個体を狙って、レース時間を減少させて低ポイントの争いで勝利するパターン。こちらは、目標個体を狙わない人魚が五千匹以上捕獲する前に勝負を決しなければならない、スピード自慢の人魚が取る戦略だ。

 逆に目標個体を積極的に狙わず、とにかく数を捕獲して高得点を達成して勝利するパターンもある。こちらは最低でも五千、目標個体を確保する人魚が他の対象魚種を捕獲するのも考えれば、その倍は捕獲を目指さなければならない。

 参加人魚の全員が大量捕獲を狙ってその量がほぼ同じになり、結局、目標個体を確保した幸運な人魚が勝利した、なんていう結果も珍しくない。

「機を見出だせるかどうかが勝敗を分ける……うん、やっぱり、タキツの初戦はこのレースがいい」

 他の人魚の動きを見て、適切な勝機を見付け、実行する。

 逆に言えば、それが出来れば身体能力が低くても勝ち目がある。

 対象魚種の大量捕獲に動く人魚が多くても、その人魚が追い立てた人魚を自分のゴールに誘導してやればいい。ポイントの横取りは、フィッシャーズではむしろ見せ場の一つだ。

 目標個体を確保しようとする方が、タキツには難しいだろうか。目標個体には運営が紛れ込ませている妨害担当の人魚に守られているから、それを突破しなくてはならない。こちらも狙うなら抜け駆けが必要になるだろう。

 あとは他の出場人魚がどちらで動くか事前に予想出来れば、余裕をもって戦略を考えられる。もしくはレースの情報をさらに探って、運営が用意した妨害担当が誰になるのかを調べて対策を練ってもいい。

 八月フィッシャーズの開催まで、あと一ヶ月と少し。残り時間は限られているが、出来る限りの情報を手に入れれば、それだけタキツの勝率が上がる。

 アナタは首を鳴らして、もう一踏ん張りと気合を入れた。

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