走査

 エアスティアは瑠璃鯨の骨の陰に、タキツは船倉の中央にある構造物の陰に隠れてラヴァナの小型マギアをやり過ごすが、出口からは遠ざかってしまった。

 この瑠璃鯨の捉えられたケージから逃れようと姿を出せば、ラヴァナの狙撃に遭うのは目に見えている。

『エティなら出口まで行けるんじゃないですか』

『囮にさせられるとかごめんなんですけど』

 タキツはエアスティアが口車に乗ってくれなくて、小さく舌打ちをした。

 タキツがちらりとエアスティアに目配せをすると、エアスティアが怪訝そうに見返して来る。

 タキツは何かを諦めたように溜め息を吐いて肺の空気をうたぐませた。

 そして目の前の壁に手を掛けて、隠し扉を開ける。

『え、なにそれ』

 様子を伺っていたエアスティアが聲を上げるのを、タキツは人差し指を口に当てて制する。

 不用意な発言で抜け道を見つけたのがラヴァナにバレれば、またマギアのフィンに追いかけ回らされる事になる。

 エアスティアは両手で自分の口を塞いで、ラヴァナの方に視線を向けて様子を伺う。

 どうやら今の聲はラヴァナまで届いてなかったらしい。水が揺れる様子はない。

 エアスティアはそろそろと瑠璃鯨の骨に身を隠しながらタキツの方へ泳いでくる。

 タキツはそれを待たないで扉を潜った。

 その中にあったのは、三体目の瑠璃鯨の骨だった。その周囲には壁から伸びたケーブルが漂っている。

 瑠璃鯨の肉体に繋がっていたのが風化によって外れたのかもしれない。

 タキツはそのケーブルの一つを手に取り、魔力を流した。

 仄かな光がケーブルを伝っていく。

 そこにちょうどエアスティアが入って来て、目を見開いた。

 エアスティアはタキツの体に絡みつくと背後から額をタキツの後頭部にぶつけた。

『タキツさん、ここにある一番お宝が何か知ってたの?』

 体を接触させた聲は、触れ合った相手にしか通じない。

 アナタがエアスティアの聲を聞き取れるのは、タキツの感覚がそのままリンケージを通して伝えられているからだ。

『何かは知りませんが、ルルが心臓が美味しいとナヴィゲーターに伝言してきたので。後は魔力を吸い取る装甲やどこにも見当たらないフェニックスの残り火、それと瑠璃鯨の存在から予測します』

『え……あ、うそ、フェニックスもそうなってんの?』

『推測ですから、実際見るまでは分かりません』

 アナタにはさっぱりだが、タキツもエアスティアも同じ物をサルベージしようと狙っているらしい。

『タキツさん、場所は分かった?』

『遠くて目視では無理でした。エティ、〔センスウェブ〕使えます?』

『ざんねん、ぼく魔力を体の外に出すの無理だから』

『天才が聞いて呆れます』

『なにをー』

 エアスティアが静かに叫びながらタキツの背中にぐりぐりと頭を擦り付ける。

 地味に痛かったのか、タキツの拳骨がエアスティアの頭に振り下ろされた。

 エアスティアが両手で自分の旋毛を押さえるために、タキツから離れる。

『全く……準備が足りなくて習得に間に合わないし、習得した後だとどうせエティが今回で取ってしまってまるで意味がないし、ナヴィゲーターはよくよく反省してください』

『なんかそこはかとなく八つ当たりな気がするんだけど』

 いきなり謂れもなく罵倒されればアナタだって言い返したくもなる。

 それでもタキツはフンと鼻を鳴らしてアナタの言い分を蹴飛ばした。

『これから無理するんですから、ちっとはアナタも魔溢まこぼすべきですよ』

 タキツはむんずとケーブルを掴む。

 そしてタキツとエアスティアが揃って入り口に振り返った。

『今の、ユイトかな』

『でしょうね。今更外の二人のどちらかが電子ロックを開錠出来たとも装甲を破壊出来たとも思えません』

 二人が感じ取ったのは僅かな水圧の変化だ。

 誰かが家の玄関を開けた時に微かな空気の流れが生じるのと同じ程度の、水の動きだ。

 そしてそれは二人にとって致命的なタイムリミットを告げる合図でもあった。

 タキツがケーブルを握る手に力を込めた。ぎちりと爪が掌に食い込む。

 タキツの手からケーブルへと魔力が流れ込んでいく。

 流れていく魔力が自分から切り離されないようにタキツはずっと魔力を徹していく。

 細く、長く、ケーブルの奥へ奥へと自分の神経を伸ばすように。

 ケーブルの分岐点があればそのどちらにも魔力を注ぎ込む。

 気を抜けば意識が飛びそうになる。魔力が欠乏していく。体も荷猫にねこが乗ったように気怠い。

 それでもタキツはなけなしの魔力を繰って〔スキャン〕を達成させる。

 タキツの目の奥にその場所が鮮明に煌めいた瞬間に。

 ほんの一瞬だけ気絶してタキツの体が水の中に漂った。

『おっと』

 タキツの体が壁にぶつかる前にエアスティアが抱き止めた。

 アナタは息を飲み、悲鳴を上げそうになって。

 その聲が溢れる直前にタキツがぱちりと瞼を開いた。

『お疲れ様、タキツさん。どう、見つかった?』

『道は分かりましたけど、なんで付いてくる気満々なんですか』

『えー、ぼくを置いていくのー?』

『どうせ私の速度で貴女を振り払える訳ないでしょうが』

 はん、と鼻を鳴らしてからタキツは身を揺らがせてエアスティアの腕から擦り抜けた。

『一度向こうに出ますよ。ラヴァナの目晦ましくらいはやってくださいね』

『あいあい、お任せあれだよ、おねーさま』

 タキツはエアスティアに冷たい流し目を送ってから船倉の外へと身を翻した。

 エアスティアも間髪入れずに外へと飛び出した。

『お』

 外の光景にエアスティアが未声みこえを上げた。

 ラヴァナに対して海蛇が二匹、ちょっかいを掛けている。

 ラヴァナが攻撃の構えを取れば即座に逃げ出し、構えを解けば噛み付き締め付けようとする。見るからに足止めの動きだ。

 人魚本人は他の場所の捜索に向かったのだろうか。

『ちゃーんす』

 楽しそうに笑うエアスティアがラヴァナに向かって一気に加速した。

『なっ!?』

 意識の外から向かってきたエアスティアにラヴァナは驚くのが関の山で突っ込んできた体当たりをもろに受けた。

『もう一発、おまけだよ!』

 エアスティアがぐるりと水中で前転してごつごつと硬い尾鰭をラヴァナに叩き付けた。

 ラヴァナはマギアでその一撃を防ぐが姿勢を乱されて大きく降下する。

 タキツはちゃっかりしっかり、その攻防の隙を縫って通路へと躍り出た。

 エアスティアも一息の間も置かずにタキツの後ろに付いた。

 タキツは暗い通路でも卒なく進んで行く。

 そして直ぐに目的の場所へ続く扉に至る。

 タキツは扉に触れて、それが開かないと見ると体を避けた。

『エティ』

『あいよ!』

 エアスティアがぐんと加速して水圧が乱れる。

 体を捻り、前進と加速の運動エネルギーを全て乗せた尾鰭の一撃が、呆気なく頑丈な扉を吹き飛ばした。

『なんか外のに比べて中は脆くない?』

『人魚が侵入して暴れるなんて想定していないんでしょう。本来は海上運用されてるはずなので、この辺りは空気中ですよ』

『あ、水の中じゃないなら全力でぶつかれないや。りかい』

 外に比べて強度が低いと言っても決して体当たりで壊れるようなものではないと思うのだが、水の中の人魚に人間の常識は元から通用しない。

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