第37話 「あの頃を」瑠side

チカチカと点滅している電灯を追いかけ続ければ、隠されたかのような黒い扉の前に着く

扉に付いているプレートは擦れて文字が読みずらい。鍵の女も覗き見るが首を降って俺を見る。


「文字が読めないわね。」


「ここはなんだ?」


『ここはにあるのは転送装置だよ。彼女はここにいる。』


転送装置、それだけで全てがわかってしまった瑠は手を握りしめる。

どうやら鍵の女も分かったらしく、無言で扉を睨みつけた。


なあ花菜、お前は何も言わずに行くのか。

自分の友にも、俺にも。


「……お前は一体誰なんだ?」


『僕はここの幽霊みたいな物だよ。そうだ、彼女に伝えてくれるかい?後悔しない方を選んでねって。』


その意味自体はよく分からない、しかしコイツはまるで花菜と既に会っているかのような口ぶりに疑問を抱いた。


「わかった。」


しかし俺にはもう時間が無く、ここで道草を食ってられるほど、もう余裕はない。

声の主は最後にありがとうと言葉を残してプツンッと音と共に消えた。

電灯はその後を追うように完全に消えて、声も聞こえなくなり、サイレンの音以外が聞こえなくなった。

焦る気持ちを抑えながら瑠は扉を開け、その後ろから莉も恋夏も入る。


開けた先に暗い部屋に、彼女はいた。

泣きそうな顔で俺を見つめて笑っている。

花菜の笠はなくその黒を露わにして、僅かな白い光を反射させた。


その黒はいつだって俺の目を焼き付かせる。


****


あの黒が目に入る度に、俺の心の全てを奪った。いつも思い出す、花菜とあったあの時の衝撃をそしてあの落ち人の事を。

そして嫌になる、俺の持つこの色が。

いつだって弱いこの俺に。


――よくある話。俺は、どっかの偉い神族の妾の子だった。娼婦の母は既に他界し、身寄りのない俺を今まで関わってこなかった父が連れて帰ったのが、全ての始まり。

この国はほかの国と比べて神族が多く、血筋が最も重視される古臭い国で、娼婦の子だった俺は周囲から忌み嫌われてた目で見られ続けた。俺はそんなに国にも家のしきたりにもうんざりして、成人したらこの家を出ようと考え日々を過ごしてきた。


このまま息を潜むように日常を過ごしていけば俺は巻き込まれることなくこの家から出られるだろう。


それが甘い考えだとも知らずに。


「ねえ、瑠様って素敵よね。」


「ええ、本当にお美しい方ですわ。見てくださいましあの髪と肌を、まるで髪は黄金の絹のように風にないでおられて、肌は新雪のように汚れなき真っ白な肌。」


「それにあの瞳、あの涼やかな空より深いあの青き瞳はどの宝石の輝きにも勝りますわ。」


そんなことを周囲から言われ始めたのは、俺が九つになった頃だ。

俺の顔立ちと色は娼婦だった母とそっくりで、父を堕としたその色香までも受け継いでしまった。

結果同い年の女に群がられ、その娘の母親たちにも欲望の眼差しを向けられてしまう。

そしてそれは、次期当主の婚約者までもが俺に夢中になってしまう程に。


そしてその日は訪れた。

次期当主の婚約者がある日突然俺の部屋に入り、襲ってきたのだ。

噎せ返るような香水の匂いと、目を焼く女の化粧と欲望に染った醜い顔。

幼かった俺はそれに恐怖し、その婚約者を蹴飛ばして逃げだした。関わりたくなくて。


が、しかしその事に怒ったあの婚約者は次期当主に、俺に襲われたと嘘を着ついて俺を貶めた。


「この恥さらしがっ!今までの恩を忘れたのかこの売女の子倅が!!」


「ち、違いますっ。俺はそんなことしていませんっ!」


「では、こいつが嘘を付いているというのか!」


怒りに染った男は俺を殴り付ける。

鈍い音が何処からか聞こえ、体に痛みが走る。腹を蹴られれば胃の中の物が畳の上にぶちまかれた。


その間も俺は考えた、何が悪かったのかを。

どうしてこんなことに?俺は何もしてない。それに俺はあの事も言わないようにしようって思っていたって言うのに!


俺が女を見れば、殴られている俺を楽しそうに顔を歪ます女。


それで気づいた、ああコイツらは性根全てが腐っているんだと。

俺を欲望だらけの目で見る女達も、この家の人間も、俺を産み落とした母も全てが腐っている。


同時に酷い嫌悪感を抱いた。こんなヤツらと同じ種族、血が繋がっている事実。

そしてその色を受け継いだこの俺にも。


そこから先の生活はさながら生き地獄というものだった。

アレからも婚約者の女は俺を踏み倒し、罵倒を繰り返して俺の尊厳をへし折ろうとしてくる毎日。

俺が助けを求めようとも次期当主も使用人たちも、俺の実の父も俺を疎み助けようとせずに、ただ見ていただけだった。

それは俺が軍に入っても変わらないまま、俺は年齢を重ねる。


そんな日も俺が17になった頃、あの人とあって一変する。

黒い髪を靡かせ飄々とした落ち人に俺の人生の全てを変えられてしまった。


****


初夏のある日。

軍の学び舎に入って暫くした時、俺は久しぶりの自由な時間も特にやることがなく、茶屋でただ街を眺めて過ごした。

そんな俺に、1人の旅人がやってきて荷物を下ろした。


「おい坊主、俺も隣いいかい?」


荒い話し方の男に、俺は素っ気なく返答して、そちらを見なかった。俺の顔を見られたくないからだ。

だが俺の耳はその旅人の音を拾う。ドカりと男は縁台に腰をかけ、店の者が出した茶を一気に飲み干しているように聞こえた。

俺は顔を見られたくなくて其方を見ずに街を見るが、なんだか周囲が騒がしい。

こちらをチラチラ見ているが俺の方向というよりその隣を見ているような、そんな感じ。

ともかくその視線が気になり、俺はようやっとその隣を見て酷く驚く。

目に映し出される旅人の真っ黒い髪が風に靡き、団子を頬張るその平坦な顔に俺はまさかと身を震わした。

それは決して恐怖とかではなく、伝説上の生き物にあったかのようなそんなワクワクした感動からの震え。


黒髪自体はそこまで言う程珍しくはない、だがその男は多分この世界で2人と無い存在。

世界から落ちた落ち人だった。


昔に読んでもらった絵本にある落ち人。

その落ち人のお話は、とても新鮮で好きだった。子供の頃は何度もまだ味方だった自分の乳母に寝る前に読み聞かせてもらう程に。


落ち人は体も力も弱く、神族と同じような見た目をしているが神通力が使える訳では無い。だが落ち人は、大昔の人族と同じで好奇心旺盛で探究心の強いものが多く、そんな落ち人は物語にもよく出てきた。


その落ち人が、今俺のすぐ隣で茶を啜っているこの現実に俺は頭が回らなくなる。


「おい坊主、そんなに熱い視線向けられちゃぁ照れちまうよ。」


「な、誰がそんな視線を向けるか!」


「え、してないの?もしかして俺の勘違い?やだ恥ずかしいっ。」


頬に手を挟みイヤンと体をくねらせる男。

なんなんだコイツ、これが落ち人なのか?

そう思うが嫌な気がしなくて、俺はその後もその落ち人と話していく。

話をしていても悠々に行動する男がなんだか掴みずらく不思議な奴で、俺はその日からその落ち人に会うのが楽しみになっていった。


「――俺は元の世界に帰る方法を探してここに来たんだ。」


「それではその方法を見つけられたのか?」


「いいや全く。」


いつも食べている三色団子を頬張ってやれれやれと首を振って肩を落とす落ち人。

この男は奇妙なことに俺が名前を聞いても自分の名前を言わない。

だから俺はこの落ち人を『団子』と呼んだ。

だけどどうして団子はそんなに帰りたがるんだ?家なんて、いいものでもないだろう。

ちらりと思い出させられるあの家に俺は顔を顰める。

この質問じゃない質問に団子は俺の頭を乱暴に撫でて笑った。


「瑠、あれだ。お前旅に出ろ、旅に出て色んなところ見に行け。」


「はぁ!?何言ってんだよ、つかやめろ!」


「そしたらお前の今の質問も、きっと見つかる。お前は自由でまだ若けぇ。」


「…………」


団子は俺より少し年上かと思うほど童顔だ(本人はここのみんなが大人すぎる、趣味なのか?と言っていた)。

だけど実年齢は俺の2倍で、子供すぎる俺よりも大人だった。


「お前はちょっと人を知らなさすぎる。人って言うのはなぁ、お前の言うやつらもいればお前を支えて守ってくれるやつもいるんだ。まあ、そういうのはあとから気づくようなものだがな。だけど今そこにお前を守ってくれるやつがいないって言うなら、旅して探せばいいと言うのが俺の意見だな!」


「……んだよそれ。」


ガハハと笑って俺の背中を叩く団子は、その後どうして元の世界に帰る方法を探しているのかを教えてくれた。


「俺が帰るためじゃねぇ、俺の後に来たやつがすぐに帰れるようにする為だ。」


「団子に関係ないだろ、なのにどうしてそんなことをするんだ?」


「人は人が支えてやらなくちゃあ生きてなんか行けない。それにこの人のいないこの世界で、もし俺よりも年若いやつが来たらって思うとな俺はどうしてもほっといておけねぇんだ。」


お人好しすぎる、そんなやつはこの世界で生きてなんか行けない。

そう言う奴は、そんなことも分からない非道なヤツらの食いもんになる。それでもそんなことを言う団子は優しく、覚悟の決まっている強いものを持つ漢の顔だった。

本当に見た目と性格の合わないチグハグの奴だ。

俺はその時から団子に憧れた。

今まで関わって来たヤツらと違う心の強さと優しさに俺は別の目標が出てくる。

この軍を抜けたら、俺は旅をして他の落ち人にも会って話しをしてみたい。

それかそうだな、もし許されるのなら俺は団子と一緒に……


だけど、その願いが叶うことはなかった。


「……え、もう街を出たって?」


「え、ええ。この置き手紙を渡してくれと頼んで行ってしまいました。」


いつもの茶屋に行けば、そこに団子の姿はなく代わりに置き手紙を残してこの街を出たらしい。

俺はその手紙をひったくるように軍の寮に帰った。

手紙には、まず黙って街を出たことへの謝罪と次の街の行き先が書いてあり、月に1度手紙を送ることも書いてあった。最後まで読み進めた俺は最後の行に目を引いた。


『瑠、俺は今お前のそばに居ない。けど安心しろ、俺はいつだってお前の味方だ。』


俺の味方、そんなこと言った変わりモンなんてきっと団子だけだ。

家族にも言って貰えなかった、ましてや友達なんて居なかったそんな俺に向けられた『味方』と言う言葉が、本当は何よりも欲しい言葉だったのを、俺はようやっと気づく。


「本当にお前の言った通りだ、団子。今更大事なものだったんだなんて気づくのは本当に遅いものだ。」


手紙を綺麗に折りたたみ鍵付きの引き出しに丁寧にしまう。

団子と会った時間はとても短い、しかしそれはどの記憶よりも大切なものになった。

窓が空いたところから、夏らしい生ぬるい風を受けて俺は笑ってもうひとつの夢を絶対に叶えると誓った。


それから3年後。

俺は軍を辞めて、傭兵になった。

アレから俺は旅のために自分を鍛えて、鍛えまくった結果、総合評価で首席を取るほどの優秀な軍人候補生になった。

だからだろうか、国の中でもトップの軍部、鍵への推薦もあったのだが全て断って旅に出る旨を伝えれば周りに止められめんどくさかったのは言うまでもないだろう。

しかも家にも知られ散々言われたが、全て無視して俺は軍を抜けた。


懐にあの時の手紙を入れ俺は街を出て色んなところを旅する。

本当に団子の言った通りこの世界にはいろんな奴がいて、良いやつも悪いやつも会ってきた。

あの日から、団子の手紙は月初めに届いていてそれは今でも変わらず届いている。

しかし3年を経ったある日を境に団子の手紙が届く感覚が長くなっていく。

俺は月初めに手紙を送るが、段々とその手紙の内容も最初の雑談から固いものになっている。


そしてついに俺が24になった頃、手紙は完全に途切れてしまった。


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