獣人の商人と謎の男

第5話 「獣人の街と怪しい男」

夕方頃、私たちは最初の目的地である『獣人の街』に着いた。


ここ道中は特になんもなく、とても鮮やかな緑の草原が見えるばっかで、私はものの30分ぐらいで飽きてしまった。


しかも結構長い距離を歩いたため、今現在足が吊りそうなほど疲れています。くそ!こんなことなら日頃から鍛えればよかった!


悔やむ私はチラッと瑠さんを見るが、全然余裕そうである。体力凄いなー、流石傭兵さん。


「よく頑張ったな。初めての旅にしては中々歩けたと思うぞ。」


瑠さんは視線に気付いたのか褒めてくる。いや、別に褒めて欲しいとかじゃなくて。


だが、褒められて嬉しくない人間は居ない。まあ時と場合によるが、大抵の人間は嬉しいものだ。そして今私はとても嬉しい。


「えへへ、そうですか?」


「ああ、だが流石に疲れただろう?俺は通行証を貰いに行くから、花菜は休憩しててくれ。」


ついて行こうとは思ったが、さすがにヘトヘトだったので瑠さんの言葉に甘えた私は自分の荷物の近くで腰を下ろした。


座って休憩しているが、通行書は結構発行するのに時間がかかりやすくその間暇になりやすい。暇になった私は、通行書を発行するために並ぶ列を眺めていた。


ここは本当に商業に活発らしく、商人らしき人と荷馬車が多く並んでいた。商人は笠をつけているためあまり顔はわからなかったが、笠から動物の耳らしきものが見えて、ここは本当に獣人が居るんだなーと、眠くなった頭でぼんやりと考えていた。


だから私を観察してくる目線に、私は一切気づいていなかった。そうしてじっくりと観察していたものは、目を細めて妖しく哂ったのだった。




****


「花菜、おまたせ。」


「瑠さん......おかえりなさい。」


眠気で瞼が落ちかけていた私の頭の上から、瑠さんの声が聞こえた。


どうやら、通行書を発行し終えたらしい。私は疲労困憊ひろうこんぱいの体に鞭を打ち、何とか立ち上がった。


瑠さんは、そんな私の様子を見て「今日は早めに寝て、しばらくこの街に滞在しよう。」と提案をしてきたので、私は頷き返事をした。


私は荷物を持ち、瑠さんの後ろを着いていくため、何とか足を動かして街に入っていこうとした時、後ろから何者かが私の肩を叩いた。


「なーそこのお二人さん。ちょっとええのん?」


街の中に入り宿を探そうとした私たちに、私の世界で言うところの『大阪弁』で話す男が、目の前に現れた。男は笠を深く被っており、顔は見えないようになっていてそれがさらに怪しく見えた。


うっそ、この世界にも大阪弁ってあるんだね。なんかちょっと感動しちゃう。


「今は忙しい。後にしろ。」


私が大阪弁に感動してる間に瑠さんはピシャリと大阪弁男に告げた。


「そんな冷たく言わえへんで!ちょっとだけ、ちょっとだけやさかい !」


「五月蝿い。花菜行くぞ。」


瑠さんは頑なに大阪弁男を無視し、私の腕を掴んでスタスタと歩いていていく。


「うわっ、ちょっ瑠さん?」


後ろで大阪弁男が何か言っているようだけど、私は気恥しさと困惑でそれどころではなくなっていた。


なんだか様子がおかしい。瑠さんってこんな強引だったっけ?後微妙に腕痛い。


「あ、あの瑠さん。」


「......」


すごい速い速度で歩く瑠さんに、ついていくのが精一杯で息が上がってきた。


無言の瑠さんはどんどん先に進むし、段々と私の腕を掴む力が強くなっていくのを感じて、私は不安になり声を上げた。


「瑠さんっ!腕が痛いです!」


「っっ!!」


ようやっと腕を離し止まった瑠さんを横目に、私の肩は大きく上下しゼイゼイと息を吸う。


「すまない、花菜。大丈夫か?」


「だ、いじょうぶ、ですが。いきなり、どうしたん、ですか?」


いまだに息の上がっている私は、何故こんなことをしたのかを聞き質していた。


「そ、それは済まない。ちょっと、いや何でもない。」


ゴニョゴニョと煮え切らない返事をする瑠さんに、ムカッと来た私は「ちょっと、がなんです?」と1文字1文字を強調するように言った。そしたら瑠さんは覚悟を決めたような顔をしてに話し始めた。


「......だよ。」


「え?」


「す、少し。イラついた。」


「何故ですか?」


「花菜に触って、気安くしていた。」


ふむふむ。瑠さんがムカついた理由は、あの大阪弁男が私の肩に気安く触っていたから、イラついたと。なるほどなるほど。


「......へ?」


瑠さんの言った言葉の意味を理解した途端、なんだか急に恥ずかしくなった私の口からは、とても間抜けな声が出た。


瑠さんを見れば、ブスっとした顔で一見照れているよういえなかったが、耳を見ればすごく赤くなっていて私は照れて下を向いてしまった。


なんだかすごく微妙な雰囲気になってしまい。ちょっとだけ気まずくなってしまったが、第三者の介入によりそんな雰囲気は一瞬でかき消された。


「――ようやっと見つけたわ!さっさと行くなんて、ワレには人の心が無いんか!?」


そう、先程あった雰囲気が怪しい大阪弁男である。


とゆうかこの人まさか先回りしてたのか?


「チッ、いい加減にしろ。なんなんだお前?」


瑠さんは舌打ちしながら私の肩を掴んで大阪弁男に距離をとる。まるで熊と対峙しているかのような行動だ。


え、て言うか瑠さん今舌打ちした?マジか、初めて聞いたわ。じゃなくて、また機嫌悪くなってない?


「舌打ちなんて酷くない?わいはただ話を聞いてって言うとるだけやのに。」


大阪弁男はヤレヤレと首を振り肩を竦めた。どうしてかわからんが、なんかこの大阪弁男の言動がすごくイラッとするな。


「なら話だけは聞いてやるが、明日にしろ。連れは初旅で疲れているんだ。」


瑠さんは大阪弁男を睨みながら伝える。男は「おや?」という顔で私を見た。


「あらら、ホンマや。と言うかなーにその格好は?お兄さん、なんて言うかめっさその子をそk――」


大阪弁男の言葉は最後まで紡ぐまれることなく、どこからか飛んできたナイフで笠がゆっくりと落ちていった。


「――それ以上言ったらわかっているな?」


私の後ろから、低く唸るような声と伸ばされた腕を見て私は顔を青くした。


そして笠によって隠されていた大阪弁男の素顔は、とても整っていて、柔らかい印象のある顔立ちだった。


灰色に近い銀の髪は、もう夜になり始め次々と照らされていく灯篭により柔らかい色に見え、糸目であろう瞳は暖かいオレンジで、まるで夕日の色のようだった。


でも何よりも特徴的だったのは、その男の頭に銀の毛で、先が黒くなっている狐の耳があったことである。


「ま、まさか投げナイフとは。」


しかしその顔色は真っ青になっていて、とてもじゃ無いが持ち前の顔の柔らかさはなくなっており、耳の毛も逆立って見えていて、大阪弁男の後ろになにかしっぽのようなものが、大きく膨れて見えた。


瑠さんって、忍者か何かだっけ......?


夕日が沈む夜の街。疲れきった私はただ、ただ一つだけ願った。


もう、お布団でゆっくり寝たい......と。

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