第43話 「選択の時」

それから私たちは話した。

沢山たくさん話して泣いて笑って、そのまま夜が耽ける。


その間も、あの二人が帰ってくることは無かったし、泉さんも起きることは無かった。

きっと私たちに遠慮したのだろう。

おかげでもう話すことは無いと言えるぐらいの濃い時間をすごすことが出来た。


夜が明けた頃、私は会社のために1度家に帰ることにした。

瑠さんは心配だからと一緒に来てくれたし、私もいっぱい話したけどまだ別れたくなくて一緒に私の家まで向かう。

来た朝日が眩しくて、でも何処か気の上がるようなそんなものを私は久しぶりに感じる。


遠くも近くもない私の住むアパートは、2人で歩けば短く、近ずいて行くにつれ寂しさを増す。


「じゃあ、瑠さん。また後で。」


「ああ。」


あっという間にアパートに着き、私は瑠さんと別れるために声をかけた。

すっと手を軽く振って見送る瑠さんを見て、私はアパートに向かおうと歩く。


「花菜。」


数歩歩いた先で、瑠さんに呼び止められた私は、まだ何か話すことでもあったのかと後ろを振り返る。

離れたと思った瑠さんは、すぐ近くに居て私は酷く驚いた。


「瑠、さん?どうかしましたか?」


呼び止められた私は、黙る瑠さんに首を傾げれば、息を飲む暇もないうちに、強く、強く抱きしめられる。


「……これを言えば、きっとお前を困らすと思って言わないでおこうと思っていたんだ。でも、ダメだな……お前と離れるのがこんなに苦しくなるなんて、思ってもいなかった。」


「……」


あまりの事で驚き固まる私を他所に、瑠さんは独り言のようにぽつりぽつりと語り始めた。

それは喫茶店で話さなかった瑠さんの独白。

胸を締め付けられる様な、悲痛な叫びのように話す瑠さん。


思えばあの時、私ばかり話してたな。

そう思いながら、私は静かに聞き続ける。

強く抱きしめている瑠さんの体はかすかに震えていた。


それを優しく包むように、決して壊さないように抱きしめ返す。

強く抱きしめられて震えていれば抱きしめずらいけど、ここまで本音を吐露する瑠さんの行動全てが愛おしい。


温かく、瑠さんの匂いが強くなってその存在を再確認する。

決していままでのが夢でないと。

瑠さんにまた助けられたこと、莉さんや琥珀さんと話し合うこと。

それが私の夢ではなかったと。


寝るのが怖かった、そう瑠さんは掠れた声で言った。

でもそれはきっとお互い様なんだろう。

私も、もしこの温かさが夢であったなら、もう二度と醒めたくないとすら思える。

ここまで絶望するぐらいならきっと、私は永遠にその幸せな夢を見ていたい。

死んでも良いと、そう思う。


「ごめん、ごめん花菜。もう離してやれない。離したくなんかない。例え離れた方が良いとしても、あの時と同じようにまた絶望するなら、俺はもう死んでしまいたい。」


吐露した言葉はなんて重いのだろう。


ああ、瑠さんも同じだったんだ。

そこまで思ってくれた瑠さんに、あの時の選択は正しかったのだろうかと思う。

でも過去はもう巻き戻せない。

例え、瑠さんの世界の技術であろうとも、1度起こったことを戻すことなんて、そんな都合のいいものは存在しない。


「……瑠さん、私、貴方とならどこでも行けます。例えそこが私にとって地獄だろうとも。」


重いのはお互い様。

どこかで聞いた話では、会えない時間が愛を育てるとも言う。

その通りだと思う、私にとっては。


何度も枯れかけて、消して忘れようと気持ちを捨ててきたけど、結局、私はそれを手放すなんて出来なかった。


瑠さんの体温から離れて、わたしは顔を上げる。私の言葉に、目を揺らして見つめる瑠さんに、私は笑いかけた。


「だから、もう少しだけ、待っててくれませんか?」


「……花菜。」


5年前と違って長くなった瑠さんの髪を、優しく払い頬に自分の手を当てる。


毛穴ひとつない綺麗な肌は、私の手を静かに受け入れ、瑠さんが私の手に自分の手を重ねた。


「待ってるさ、もう見つけたから。俺は待ってられる。だから――」


瑠さんはそのまま私の手を引き、私の腰にてを回す。

明るかった目の前の光景は瑠さんしか見えず、朝日によって出来てた影は、静かに重なった。


****


「え、その話ってマジなのか?」


タバコの煙が立ちのぼる部屋には、二人の男の噂話が花を咲かせたいた。


「ああ、マジらしいよ。あの入ってきた木ノ原ちゃん、今月会社を辞めるって。」


男の噂話はコロコロと変わっていき、花菜の指導をしていた北村は話を右から左に流して生返事をしていたが、ひとつの話に声を上げる。


「なんでも寿退社って話。ほかの女の子たちが話していたわ。」


「……相手誰か分かるか?」


先程の態度とは一転して食いつく北村に、同僚は疑問に思うが、北村の言葉に同僚の男は首を傾げて考え、ひとつの話を思い出したのかポンっと手のひらを叩いた。


「知ってる知ってる!女の子たちが見たらしいけどとんでもない美丈夫って話。なんでも金髪に近い茶金に青い目が印象的だって。」


「まさか……そうか、おめでたいな。」


ポツリと顔を青くさせた北村は、少し黙るとお祝いの言葉を発する。


「いやー、でも残念だなー。木ノ原ちゃんめっちゃ可愛いけど冷たいから近寄りたがったから接点なかったけど、今すっごい幸せそうに笑って可愛いのなんのって。俺狙えばよかったわ〜。」


男は吸っていっタバコを弄ぶように口で上下に動かす。

それを見ていた北村は、タバコを受け皿に押し付けて部屋を出ていこうと扉を開けた。


「いや、狙わなくて心底良かったと思うぞ。少なくても、俺は無理だ。」


「は?どうした北村?おい!」


同僚の疑問の言葉に特に答えることなく部屋を出ていった北村を、同僚は頭をかいて首を傾げた。


部屋を出た北村はかいた手汗を乱暴に拭って、顔を上げる。

そして最近は見ることが習慣になった廊下の角を見つめ、そこに誰もいなかったことに安堵した。


そして相対的にさっきの話を思い出した北村は、あの時の夜を思い出す。


「……あんな獣がいるやつなんかと、付き合えるかっての。」


思い出しただけでも震える、あの男の冷たい青い視線を。

あの女を自分のテリトリーに引き寄せたあの男は間違いなく獣だ。手に負えない、凶暴すぎる獣はきっと、あの女にしか懐かない。


(まあ、お似合いだろ。)


お互い重いヤツ同士、仲良くすればいい。

俺はもう関係ない、二度とあの女に近づくもんか。


そう思って窓に反射した自分の顔は、どこか安堵してそして悲しげだったのが北村の心にとても印象に残った。


夏は、もう少しで終わる


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あと1話です(*^^*)

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