エピローグ 「あの夏の――」
暑い夏がやってきた。
どこまでも暑く、そして思い出深い夏が。
でもその夏には、聞きなれたはずの虫の声は聞こえず、静寂の暑さを感じた。
夕暮れ時、私は夕飯の支度を終える。
同時に玄関から物音が聞こえて、私は頬を緩めて玄関に小走りで向かった。
「花菜、ただいま。」
「瑠、おかえりなさい。」
夕日に照らされて見える金色の髪。
私だけを映す青い瞳は、私の愛しい人の物。
「今日の夕飯はなんだ?」
「今日はそうめんですよ!楽しみですね?」
「……楽しみではあるが、昨日もそうだった気がするのは、俺の気のせいか?」
この人とこんな会話ができるなんて、きっと2年前までの私は思ってもいなかっただろう。
こんな会話も、夢の中でしか存在しないものだと、泣いて諦めていた私はもう居ない。
「気のせいよ、早く食べましょ?ご飯が冷めちゃう。」
「素麺は元から冷めてると思うが……手を洗ってくるから先に座っててくれ。」
「はーい。」
瑠はそのまま手洗い場に向かう。
私は言われた通りに座布団の上に座って、瑠が来るのを待っていた。
チリンッと暗く藍色の夜に、静かに風鈴がなる。これは瑠がひと目で気に入って買ったもので、金魚柄で下地が青い綺麗な風鈴で私も気に入っている。
「……綺麗ね。」
「花菜、おまたせ。食べようか?」
それを静かに眺めていれば、瑠が居間に入って座布団の上に座った。
「ええ、食べましょう。いただきます。」
「いただきます。」
手を合わせたら、私と瑠は橋を手に取って談笑しながら素麺をすする。
瑠を見れば昨日も食べたという割に、いきよいよくすすって食べる瑠に、私は微笑む。
「最近ようやっと仕事が落ち着てきたよ。」
「瑠忙しいそうでしたものね。お疲れ様。」
「いいや、花菜にも迷惑かけたから今度の休みに花菜の行きたい所があれば行くか?」
「私の、行きたいところ……」
いきなり言われたため特に重い浮かばずに、箸を置いて考える私を瑠は優しげな眼差しで見つめていた。
しばらく考えた私は、はたと思い出して瑠を見つめる。
「合ったわ、行きたいところ。当ててみて。」
「当ててみて、か。あー、前に言ってた茶屋か?それともあの呉服屋か?」
瑠は頬をつきながら話すが、その案のどれもに首を振った私に瑠は意外だったのか驚いたように首を傾げる。
「うーん。俺には思いつかないな、どこに行きたいんだ?」
お手上げのように困った表情をした瑠に、私はクスクスと笑って答えを言う。
「正解は、お医者さんの所よ。」
「医者……?どこか具合でも悪いのか?すまない気づかなかった。」
「ううん、そう言うお医者さんじゃなくてね……」
オロオロと慌てて、私の傍によって背中をさする瑠。
場所が違うなと思いながらも、私は瑠の手を取って自分のお腹に当てた。
「――こっちのお医者さん。来年から3人ね、お父さん。」
私が笑ってそういえば、瑠は固まって表情が消える。思ってた反応と違って無表情な瑠に、次は私が慌てた。
「瑠……?どうしたの?」
「……」
俯いて黙る瑠の顔を、私は覗き込む。
ポタリと暖かい液体が、瑠の腕を引いていた私の手の甲に滑り落ちた。
驚きで固まった私を他所に、瑠から涙が止まらない。頭を撫でれば瑠に腕を引かれて強く、でも優しく抱きしめられる。
「あ、りがとう、ありがとう花菜……嬉しい。ありがとう、頑張ってくれて。」
「うん、うん、私もまだ頑張るね。来年3人でまた夏をすごしましょう。」
肩が生暖かく、濡れた感触ごと瑠を強く抱きしめた。きっと、来年の夏もまた、私の思い出がが深くなる。
出会った季節も、別れた季節も、恋しくなった季節も、再会した季節も。
そして、新しい関係と命の誕生した季節も、全部全部この蒸し暑い季節だった。
私の中の夏には、新たな進展を望む子供だったの時の私が居て、きっと色褪せる頃は無い衝撃と道を違えたときの悲しみも、決してなくなることはないのだろう。
私は、たとえこの先が地獄の苦しみがあろうとももう離したりはしない。
それが私があなたに返せる、精一杯の愛情だから。
新しい家族の誕生に2人で泣いたこの夜、そよ風に煽られた風鈴が、チリンとなった。
****
拝啓、あの夏の貴方へ。
私は貴方を
――愛しています。
--------------------
これにて完結です!
当初のプロットから大幅にズレまくりながらも、ようやっと物語を完結する事が出来ました!
これもそれも、今まで作者の怠惰に諦めず応援してくださった読者の皆様のおかげです。
本当にありがとうございました!!
多分これからも番外編とか、物語の修正もしていきます。
そして現在始動中の別作品もよろしくお願いします!
それでは最後までのご愛読、ありがとうございました!!
あの夏の貴方へ 姉御なむなむ先生 @itigo15nyannko25
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます