第29話 「シリアスクラッシャー瑠」

ボヤける景色のなかで、私に見えたのは、瑠さんが私に見せないよう紅兎さんを隠している、その姿だけだ。


だが少しだけ見えた、鈍く光る銀色の瑠さんの刀が、紅兎さんの首元近くを正確にとらえて外さない。


地面に伏している紅兎は、瑠の足を掴もうとするが、その前に手を踏みつけられ押しつぶされる。


「グッ!」


「俺はそこまで気は長くない。もう一度聞く、お前の目的はなんだ?」


一切目線を外さない瑠に、最早紅兎に抵抗する術はなく諦めた様に笑って話し始めた。


「……花菜ちゃんを連れていくことが俺の依頼で、それを今実行しようとしたのさ。」


「……」


「もう、それ以外にないよ。」


ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえるが、それが私なのか別の人なのかが分からない。


しかしその沈黙を破ったのは瑠さんの一言だった。


「…………俺が聞いているのは目的だ。そっちの依頼内容なんてすぐに分かる。もう3度は聞かんお前の目的は、なんだ?」


言葉の節々から強い圧を感じる。

ここで言わなかったら斬られるのは明白で、紅兎の顔は真っ青になったが、長年自分を偽り続けてきた経験と直感で何とかうそぶく。


「おっちゃんの目的は自分が生きることに決まってんじゃんか!

その為なら俺は花菜ちゃんを売る事だって厭わないよ?……って言わなくたって分かるでしょ?」


その声を言葉を聞けば、私の涙は止まる。


紅兎さん……何かを、無理してるんじゃ?


私から聞いた紅兎さんの声は少し、無理して明るくしているようなものだった。

完全に演技切れていない大根役者の様に話す紅兎さんは、あまりに痛ましい。


しかし瑠さんの刀は一向として喉元を離すことなく捕らえ続けている。


そしてその話を聞いた私と瑠さんに、同じような疑問が湧いてくる。いや、湧いているのは私だけなのかもしれない。瑠さんはとっくのとうに分かりきっているんだろう。

紅兎さんの話は矛盾だらけのものだ、という事に。


「お前、さっきよりも嘘が下手クソになったか?」


「な、何言って……」


「お前の行動と話はチグハグだ。

そもそも、花菜を連れていくことが目的なら何故したんだ?」


その通り。

私を連れていくことが目的ならそれは手薄になった時、つまり瑠さんと琥珀さんが居なくなった今日の夜が狙い時だったはず。

それなのに今それを決行した紅兎さんの行動はまるでのように感じられる。


「…………」


完全に沈黙する紅兎さん。

そんな紅兎さんにさらに追い討ちをかける瑠さんの声は淡々としていた。


「言ってやろうか?それは、お前が失敗して死んだように見せかければ、そのトンボ玉を通して通じている相手を騙すことが出来る。そしてその後トンズラするつもりだったんだろう?」


「じゃあ、あんなこと言ったのは……」


「騙すための演技。まあ、敵を騙すなら先ずは味方からと言うしな。」


そうだったのか、私はてっきり……

アレ?でもそれここで言ったらダメなんじゃ、だってそこにまだ……


「トンボ玉、あるんですけど……どうするんですか瑠さん?」


「……」


さっきまで出てた涙は思わず引っ込んだが今すぐ返して欲しい。

どうすんだこれ?このままじゃ紅兎さんは裏切り者になっちゃんじゃ……


そう考えた瞬間、ハッと私の脳裏にとても嫌な考えが浮かんできた。

それはぶっちゃけクズと言われても仕方の無いような考えで、恐る恐る瑠さんの顔を見れば、とてもいい顔でこう言った。


「こんなこと仕出かしといて、俺がタダで協力するとでも?どうせ裏切るなら、残った道具も使った方が良い。」


その非道な言葉に思わず青い顔をしたのは私だけではなく、それは本人である紅兎さんも同じで、泣きそうな顔でこっちを見る。


「ねえ、花菜ちゃん……おっちゃんマジで戦う相手、間違えちゃった。」


「……ドンマイ。」


私に言えることは、ただそれだけだった。



****


「――さて、この玉は破壊した。これから話すのが本当の作戦だ。」


「はい瑠さん。琥珀さんは居なくていいんですか?」


「アイツはあのままで良い、脳筋にはわからん。」


なんて事だ、勝手に外される琥珀さんが哀れ、いや寝てる方が悪いか。

それにしても私が聞いたところで意味無くないかな?あと私も寝たい。


そんな事を悟らせぬよう顔だけはキリッとしている花菜。

因みに笠は外した。顔はどうせ見られたのでもういいじゃないかと思ったので。


「……いや、それよりもツッコもうぜ?」


「何をだ?」


「この状況をだけど!?」


紅兎さんの悲痛の声が室内に響く。

紅兎さんは全身を炎の縄でグルグル巻にされて座らせられている。

先程、瑠先生による早業で瞬く間にこうなった紅兎さん。私が止める前だったのでもう放置である。


この炎、よく服を燃やさないな。一体物理法則は何処に行ったのやら。家出かな?


「いや、花菜ちゃんもツッこもうよ、おっちゃん今日ずっと哀れなんだけど?」


「瑠さんを敵に回したが最後です。自分の運命を呪いましょう。」


そう、私はこの世界で沢山のことを学んできた。多くの葛藤や夢へ向かう姿勢。そして矛盾した思い。

それら全てを通して思ったのが、瑠さんって実はかなり理不尽な人なんじゃないかという事だった。


「いや!そんな経験通して思ったのがそれって本当にいいのか!?」


「諦めも肝心とは、よく言ったものですよね。」


「そろそろ話を続けるぞ。」


長い茶番に飽きてきたのか瑠さんの機嫌が下がる。ついでに短気もあったな。


文句を言おうとした紅兎さんは残念ながら口元にも炎がまとわりついていたので何も言えない。


「ウググっ。」


「まず初めに言っておくが、既に今回の件の証拠は軍に提出済みだ。」


「はへ……?」


え、何言ってんのこの人?

イヤだってさっきの作戦では証拠と人質の確保を優先したものだったじゃん。


「ああ、それは敵を騙すための嘘だ。俺がそこまでゆっくりな訳ないだろう。」


「は、はぁぁああああ!?」


いくら何でも速すぎでしょ!だって瑠さんが出た時間なんてせいぜい5時間よ!?

ほら見て、紅兎さんも目が点になってるよ!ポカーンってしちゃってるよ!


「ま、マジですか。」


「だから言ってるだろう。まあ、コレであの鬼は軍に保護されるだろうな。花菜、この懐中時計は返すぞ。」


「え、はい。」


ポトっと手に置かれる軽いが冷たい感触は、確かにあの懐中時計で私は瑠さんの余りの仕事の速さに目を剥いた。


「え、ではもう解決したのでは?他に何を?」


「ココ最近ウロチョロしているネズミを狩るのが目的だ。良いか?1度しか言わないからよく聞いていろ。」


そこからは掻い摘んで話そう。


まず一つに、敵側のお方様は紅兎さんが裏切ったのを知っている。それを餌にしておびき寄せる。


次に二つ目、そこにぶつかるのは瑠さんで、その間に私と紅兎さんは軍に向かい増援の手配をする。

これの理由は、今回使われたトンボ玉は瑠さんの目から見てもやばいものだったらしく、瑠さんの予想ではお方様は――


「敵国の間者である可能性が高い。あそこはいつでもこの国を狙っているから、何時こうなってもおかしくは無かった。それにあそこは武力による過激的なまつりごとをする君主がいる所で、昔から人族の遺物の研究に熱心だから、こんなものがあるのも考えられる 。」


そう言って少し端がボロボロになっている地図を指さす。

しかし、その位置に私はどこか見覚えのありよな気がしてならなかったが、今はそれ所じゃないかと思い直して記憶の片隅に置いた。


そうして話し合う内に、日が暮れ始める。

寝ずにいた私は、起きてきた元気いっぱいな琥珀さんになんだか理不尽さを感じて頬を引っ張った。


その後、全てを聞いた琥珀さんは咽び泣いて協力を申し出て、琥珀さんも私と紅兎さんの班に入ることになった。


因みにその間、紅兎は一言も喋ることなく足が痺れて言ったというが、無視した。


「誰かおっちゃんに優しくして……」



決戦の夜はもう、黄昏た空によって始まろうとしている。


そしてその後のこの作戦が、私の運命を大きく変えたのを、まだ誰も気づかない。

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