第41話「青と約束」
時計が18時を回ろうとし、そろそろ終業時間になろうとしていた。
その間も先輩からの視線が強く、昼休みにも声をかけられそうになったが救いにもほかの同僚に誘われたので、何とか回避することが出来た。
しかし、帰り道では1人で帰るしかない。
「……一体なんのようです、先輩?」
後ろからひしひしと気配を感じる。
原因は朝のアレだろうな。余計なことしなければ良かったとつくづく思う。
後ろを向けば、先輩は気まずそうな顔してこちらを見ていた。
「あ、いやさぁー、今朝のことで話があるからちょっとそこら辺の店にでも寄らない?」
「いえ、ここで聞きます明日も早いので。」
ピシャリと放って取り付く島もない花菜に、北村は少しだけ強引な手が出てしまう。
腕を強く引き花菜の体を引き寄せた。
「いやいや、そんな言い方無くない?俺はただちょーっと話を聞いて欲しかっただけなんだけど?」
「……では、そこの店に入りましょう。」
先輩に言われて、私も少し思うところある。
いけない、夏の間は私の機嫌は少し悪くなってしまう。気をつけなくちゃ。
私は小さく首を振って北村先輩の掴んでいる手を軽く外す。さっさと終わらせて欲しくて私はそこら辺にある店を指した。
一件の小さな喫茶店は、お客さんもあまり居なくてとても居心地のいい空間だ。
こんなことがなければずっと居たいと思ってしまう。
……適当に入ったは良いけど、こんな所に喫茶店なんて合ったっけ?
私は住宅街のところにある喫茶店に違和感を感じる。駅も遠い立地の悪そうな所に有るなんてとても不思議だが、それよりもこんなところまで着いていくこの男は不信すぎる。
1人の店員さんにテーブル席を案内されて、コーヒーを2杯頼んだ。
「――で、あの話聞いちゃったんだよね?」
「そうですね。別に言いふらす気はありませんよ、誰が何を思うと勝手ですので。」
「うーん、まあそれもあるんだけどさ、他にも聞いてたよね?」
「……狙ってるって話ですか?」
「やっぱり聞いちゃってたの?じゃあもう隠す必よーなんかないよね?」
ニコリと笑った北村に顔は、花菜にはどこか見た事のあるようで嫌な予感がする。
俺と付き合わない?クラシックの流れる店内で男はそう言った。
「…………何を言っているのかが、分かりません。」
しばらくの沈黙の末にようやっとでてきた言葉は肯定でも否定でもないものだ。
しかし先輩の目には冗談なんて可愛らしい色をしておらずギラっとした欲望が詰まっていた。
「だからさぁ、俺とお試しでいいから付き合ってみようよ?案外、相性いいかもよ俺ら。」
「……お断りします。私には、もう心に決めてる人がいるので。」
コーヒーを一気飲みして代金を置く。
先輩の声が聞こえたがそれを全て無視して店内を早足で出る。だが道に出れば後ろから腕を掴まれた。
「お高くとまってんじゃねーぞ、調子乗んな。」
「調子に乗っているのは先輩の方では?」
ギリっと掴まれた腕を見て嫌気がさす。
男の目にはなんだかやけっぱちの様な感情が見え隠れする。多分だけど女性に振られたことがないのだろう。
確かに先輩は顔が整っているし仕事はしっかりとして将来有望だ。だから女性に振られる所か、自分からあまり言い寄ったこともないんだろうな。
花菜は北村を睨んで乱暴に腕を離そうとする。だが男と女の力の差は大きくさっきと違って簡単に離せなかった。
「どーせお前のその態度じゃ好きな男にも逃げられるだろうな。見てくれは良くてもすぐに捨てられるのなら別に俺にしちまってもいいんじゃねーか。」
「あら、それはお生憎様。私はあの人以外と親密になるつもりはありません。どうぞ先輩は見てくれの良い人と遊びのお付き合いをしていればいいですよ。」
ハッと鼻で笑い見下すように首を傾げる。
まあ、それ程度しか見て貰えない男だけど。
というのを馬鹿にしたように言えば掴む腕の力がさらに強くなる。
「……クソアマ、本気でその口を塞いでやろうか。」
「……本当にゲスですね。」
最低すぎる物言いに思わず言葉が出た。
その瞬間、頬に強い衝撃と痛みが走り私は思わず尻もちを着く。
つぅと口から鉄の味と頬に熱が帯びる。
叩かれた、そう気づいた時には怒りでどうにかなりそうになった。
「…………ちっ、来い。」
先輩はしばらく手を出したことで放心したがさっさと気持ちを切り替えて私をどこかに連れていこうとする。
冷や汗が出て、必死に抵抗するがそれでも腕が解かれない。
「やめてくださいっ!これ以上は犯罪ですよっ!」
「……うるせぇ黙ってろ。」
乱暴な口調と掴む腕の強さでこの後何をされるのかが本能的にわかって体震える。
「……瑠さ、ん……助けて…………」
居ないはずの人に助けを求めてしまう。
相も変らない、私は結局成長なんかできこなかったんだ。
調子に乗ってこの人とあまり関わるんじゃなかった。無謀すぎたんだ。
腕の痛みがまして目を瞑って耐える。
あの青いお守り石が服から出たいるのを感覚的に覚った。
漏れ出た言葉は北村先輩にも入ることなく消えようとしていく。
そう、なるはずだった。
「――そいつを離せ。」
痛みは消えて温かさが宿る。
その声はあまりにも懐かしく、記憶よりも少し低くどこまでも耳に入るものだった。
藍色の空にグラデーションかのような茜色の夕焼けに青が目に入る。
「瑠、さん……?」
その青はどこまでも澄んだ美しく私の大好きな色だ。
****
「瑠、さん……?」
目の前にいる人が誰なのかが分からない。
花菜はいるはずのない人物に困惑する。
そんなはずは無い、だってあの人がここに来る方法なんてまずないはずなのに。
これは、夢?
しかしその夢はいつまでも続く。
記憶よりもその人の姿はずっと歳上で肩よりも長い髪を1つ結びにしている。
そして服装も和服ではなく、洋服でこの時代に合ったものだった。
あまりにもリアルで、あまりにも温かい夢だ。醒めたくない夢で花菜の目が潤む。
だがそれも一人の声ですべてが覚めた。
「――な、なんだよお前!どこから湧いてでやがった!?」
「そんなことはどうでもいい。お前は彼女に何をしようとしていた?」
「お前には関係ないだろうが!」
先輩は瑠さんの胸ぐらを掴もうとして――地面に転がった。一瞬の出来事すぎて何も見えず反応ができない。
「……これ以上彼女近づくな。全てわかっているからな?」
「くっそ!!」
出されたボイスレコーダーはあの会話を繰り返す。それを見た先輩は力にも勝てずかなり自分が不利になってるのに気づき逃げ出した。先輩がいなくなったあとには静寂が場を満たす。
私は何を言っていいかわからなくて口をパクパクしてしまった。
どうしてここにいるの?とか。
どうやってここに来たの?とか。
助けてくれてありがとうとか。
ずっと会いたくてたまらなかったとか。
あの時はごめんなさいとか。
グワングワンと頭が回って考えがまとまらないくて、頭の中がぐちゃぐちゃになって気づいた時には瑠さんに抱きついていた。
「――瑠さんっ、瑠さんっ!」
「……っ花菜。」
ぎゅっと抱きしめられて、苦しくなるけどそれすらも嬉しい。
会いたかったっ、会いたかったんだよずっとずっと!
いつまでも忘れられない忘れたくない、あなたの温度だけは忘れたことなんてなかった。
その掌の温度も、その涙の温かさも、その笑顔の温かさも、あなたの愛の温かさも。
全部全部全部全部、忘れなんかしない。
「遅くなってっ、すまなかった。」
「いいえ、いいえ、迎えに来てくれてありがとうございます。」
震えているのが最早どちらのものなのか分からない。それでももう寒くない。
瑠さん、貴方は私の伝言のお願いをを聞いてくれた。だから本当にありがとう。
「……愛してます、ずっと。」
「ああ、俺もだ愛してる。」
『――愛してます。だから、迎えに来てね?ずっと待ってるから。』
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