第12話「凝りを残して」

「アイツら、とうとう下手な手を出したわね。」


莉さんは至って冷静そうに見えたが、雰囲気は舌打ちしそうなほど不機嫌になものだった。


「あの、瑠さんは?」


「先に出たわよ。本当は素人に手を出して欲しくはなかったけど仕方ないわ。」


じゃあ居なかったのはそういう理由だったのか。大丈夫かな、瑠さん。


「アレがやられるならくらいなら、神に祈った方が早いわ。あれが盗賊団に何したか……」


いや、ちょっと待って瑠さんをなんだと思ってんだこの人。そして瑠さんは一体盗賊の人達に何した。心配してたけど一気にその気持ちが失せたわ。


「私はどうすれば?」


「ここで待機ね、じゃないとあの野獣が何しでかすか。凄かったわよー、すっごい不本意そうな顔で助けに行ったの。ものすっごい舌打ちしてたしね。」


とうとう野獣扱いに。とゆうか仮にも誘拐事件があったとは思えないほど気楽だな。泉さんには危険がないのだろうか?これはマジで心配になる。


「大丈夫よ。全くあのハゲ、今更誘拐した所で結果はもっと酷くなるって言うのに。」


「誘拐した理由ってなんでしょうか?」


「推測でしか無いけど、多分全ての件を被せる気でしょうね。だってここで1番の儲けを出したところってどこ?」


「泉さんの、って、まさか。」


「そのまさか、長い間こんな大罪犯していたらそう簡単にしっぽは掴めない。だからここ一番劇的に変わったこの宿屋が、黒幕って事にしたてようとしたんでしょね。ホントお粗末。」


「うわぁ。」


ここまでやっといてめちゃくちゃ甘いな。そんなことしたってもう調べあげてるはずだ。だから今更泉さんを黒幕に仕立てても意味なんてない。領主は相当焦ってるってことかー。


「そんなことよりも、お腹すいたわねー。」


「いや、本当に楽観しすぎですよ!」


そんことを言いながらも、本当は私も楽観視していたと気付かないふりをしたのだ。そして胸騒ぎする自分も無視をしてしまった。


私たちは気付かない。その後ろにいる黒い影は、着々と迫っていることに。




****


「うん?あの人たち誰でしょうか?」


「え、どこどこ?」


私達は、朝ごはんから暫く経ったあと安全のために部屋で待機していた。でも依然として胸騒ぎがする。


私は気持ちを入れ替えようとし、外から見える庭を眺めていたら、いつの間にか人がいることに気がついた。


しかしずっと見ていたはずなのにいきなり現れた人を見て、少し不穏に感じた。


「ほらあそこの人。なんかいきなり現れた気がして。」


莉さんは私の指を指した方向をじっと見て、そして顔色を変えた。


「花菜ちゃんは私から離れないで。」


「え?」


「多分だけどアイツらの目的は――」


莉さんが言い切る前に、ふと影が重なる。おかしい、ここは2階で遮るものなんてないのに。窓の外に人影が見えて、私は上をむく。


「貴女よ!!!」


ガッシャーーーン!!!!


大きな音を立てて人が入ってくる。窓ガラスは割れ、部屋の中に飛び散り私の腕に破片が刺さる。


「いっ!」


「荒い登場ね!!」


莉さんは私を抱え後方に飛ぶと素早く銃を抜く、相手は5人。部屋がとても狭く感じるた。


「投降しなさい。そうすれば痛いようにはしないわよ?」


「戯け、今更そんなことをしたって意味などない。そこの少女を寄越せ、邪魔すれば殺す。」


ヒュっと喉から音がする。私はあまりの現実の無さに楽観視していた。今更気づいたって意味なんかないのに。


冷たく凍えるような視線を受けた。あれが俗に言う殺気というものだろう。やっぱり瑠さんは手加減していたことがよくわかった。


「あらそう、あなた傭兵ね。一体この子になんの用かしら?この子の知り合いでもなさそうだけど、あなたの飼い主は一体誰なの?しかもその殺気、まさか傭兵が軍人に勝てると本気で思ってるのかしら?」


「言う必要のないことだ。お前こそ、この人数を相手に勝てるとでも?」


「アハハ、それ舐めるなんて、あなたさては3流ね?相手の力量も見切られないなんて。」


「――殺す。」


「やってみなさい?遊んであげるわ。」


戦いの火蓋は切られた。先にしかけたのは傭兵の方で、こちらに向かってナイフを投げる。私は素早く莉さん側の部屋の隅に移動した。


莉さんはナイフを余裕に避け、銃を発砲し、弾は男の肩を貫き、呻く男を思いっきり蹴る。


そしてそのままもう1人の方の頭に銃の角を叩き込み、急所を思いっきし膝蹴りした。後ろから3人目が短刀を莉さんに突き立てようとしたがその前に銃を発砲、短刀は窓の外に飛んで行った。


回し蹴りをしたあと、顎を思いっきり殴り脳震盪のうしんとうを起こさせよろめく相手の顔を踏み付ける。


4人目は莉さんを無視し私の方に走ってきたが銃で両足を撃ち抜く。呻く相手の肩を撃ち放置。最後の男は慌てて窓から飛び出そうとするがその前に、莉さんが投げたナイフが男の服を裂いて壁に突き刺さり動きを止め腹に一撃をいれ気絶さした。


この間わずか5分である。なにこれなんて言うアクション映画?莉さんめっちゃ強くない?


「フン、口ほどにもない。達者なんのはお口だけだったみたいね?」


「莉お姉様強すぎじゃありません?」


「これぐらい普通よ。……花菜ちゃん今すぐにこっちに来て。まだ終わってないわ。」


「まさか ……」


私は言われた通りにすぐに避難をする。すると数秒もしないうちに障子は吹き飛んだ。


「――チッ。使えんヤツばかりだなこの街は。もう潮時か、『鍵』なんぞに見つかったあの男など、もう用済みだ。さっさとを済ませてしまおう。」


障子の向こうには、素人目に見てもやばいとわかるほどの手練の黒服を着た男3人と、ここには場違いな裕福そうな服を着た美しい男が立っていた。


「あら、どちら様かしら?ここにお客さんを呼んだ覚えはないのだけれど。行くところが違うのではなくて?」


「黙れ、お前なんぞには用などない。私が興味あるのはそこの少女だけだ。」


男はじっとりとした目で私を見つめる。その舐めるような目線が気持ち悪くて、私はブルりと震えた。莉さんはそんな私を後ろに隠すように立ちはだかる。


「全くこの子は人気者ね?それで、あなたがここのワンちゃんの飼い主?ダメよぉ、ペットの躾を怠っちゃ。噛みつかれても知らないわよ?」


「口の回る五月蝿い女だな。おい、さっさと始末しろ。こんなボロ屋なんぞに長い時間居たくもない。」


な、こいつ!泉さんが守ってきている宿になんて事を。大体ボロボロにしたのはアンタだろうが!


「やってみなさい?あなたの言うボロ屋以上にボロボロになってもいいのならね。」


「ほう?それは楽しみだ。――お前のボロクズになった姿がな。」


そう言えば、裕福そうな美しい男の周りに黒い人は動きだした。さっきよりも素早い動きは、明らかに先程の傭兵達とは違った。


「くっ!」


莉さんも先程よりも苦戦しているようだ。多分私が近くにいるから、私を庇って。


3人の連携はとても完璧だった。さすがの莉さんも手も足も出せない状況で、どんどん生傷が増えていく。


何とかしなくちゃっ!私が弱いのはよくわかってる!でも!!


「莉さん!!!!」


結局足でまといになっている私は、本当に役立たずだ。しかもこんな変な奴らに付けられてたなんて、厄災以外の何物でもない。しかし莉さんは不敵に笑い私を安心させるように話す。


「大丈夫よ花菜ちゃん。もうこいつらは。」


「……え?」


「なんだと?」


「あら、聞こえなかった?貴方、調べ損なったわね?この子についているを。」


「何を言「もう、思ったよりも遅かったわね?早くしなさい。疲れたわ。」っっ!?」


ふたつの影が重なる。莉さんは疲れた顔をして私に駆け寄り、黒い服を着た男は私の後ろの方を見て驚いた雰囲気を出していた。


「――花菜が世話になったな。覚悟はいいか?」


「手加減しときぃ、本気で殺しちゃアカンで?」


後ろで誰よりも頼りになる声と、あの陽気な声が聞こえる。そうして目に入ってくるのは優しい茶金の髪と、そして何よりも吸い込まれる怒りに満ちた、あのが月を背負って映った。


「りゅ、うさん、私っ。」


「済まない花菜、すぐに終わらす。」


瑠さんは静かに私の肩に手を置き前に出る。あの黒い服の男が瑠さんに飛びかかるが、紅く輝くそれに阻まれた。


「炎の、玉……?」


「花菜ちゃん、姐さん、大丈夫か?」


「せん、さん?怪我は?」


「ワイは大丈夫や、それより姐さんの方は?」


「かすり傷よ、全く嫌になるほど強いわね。あの野獣。」


「ほんとやで。わいの宿燃やしたら絶対許さん。」


泉さんの目線の方向を見れば、あんなに強かった黒い服を着た男たちが紅い炎に阻まれて次々に倒されている。確かに燃やしそうだ。


「ガッ!!」


「ゲヘッ!!」


「どうした?そんなもんか?」


瑠さんは倒した黒服の男を足蹴にし、刀を向ける。瑠さんの強さに驚いたのか動揺が男たちを襲った。


「なんだあの男は、報告にはなかったぞ!」


「お方様!もう無理です。撤退しましょう!」


「チィッ!次こそは!」


そういうと、床が緑色に光だし男たちの姿が掻き消える。瑠さんは素早く移動したが、緑色の光は粒子となって消えていく。


「クソッ、神通力の転移か。もう追えないな。」


あの男、いや『お方様』とそして黒い服を着た男は、転移とやらで瑠さんから逃げ切れたようだ。今度こそ、ようやっと戦いは終わったらしい。


「瑠さん……」


「花菜、無事か?怪我は?」


瑠さんはさっきと打って変わって心配した顔でこちらにくる。


「あ、腕に擦り傷が。」


「あの男殺す。」


「もう無理でしょ。諦めなさいな。」


「いやー、姐さんと花菜ちゃんはさっさと怪我の治療せなアカンな。」


あ、莉さんの怪我!1番この中で怪我をしたのは莉さんだけだ、私のせいで……


「花菜ちゃんのせいじゃないわ。」


「そうだな。花菜のせいじゃない。大体神通力を使えば済む話だったんだ。」


「黙ってなさいよ、私はあんたと違って能力が広範囲に対する攻撃型なの。使ってたらこの宿屋ごと花菜ちゃんも吹っ飛ばしてたわよ。」


え、怖い。と言うか瑠さんって神通力使えるんだね?そう言えば人とあまり姿が変わらない、いつも笠被ってたからわからなかった。


「すまない花菜、言えなくて。」


「別にいいですよ。……助けに来てくれてありがとうございます。莉さんも守ってくれてありがとうございます。」


「いいのよ。」


「本当に遅れてすまなかった。そこにいる狐が騒がしくてな。」


「当たり前やろ。いきなり飛ぶって言われたらそりゃあ、反対だってしたくなるわ。つーか前、あないに早かった理由てのはこれか。全く器用なやつや。」


「え、空を飛んだんですか?」


「そうや、もうびっくりするほど早かったわぁ。しかもこいつ、わいを助ける時に壁ぶち破るわ相手投げ飛ばすわでもーう荒いのなんのって。」


「狐は確か毛が高かったよな?」


「やってみぃ?狐に化かされてもいいのならな。」


「面白い。1人で抜け出せなかったやつがよく言う。」


「あん?」


「ハッ。ガキが身の程を知れ。」


「いや、なんでまた喧嘩しそうになってんですか。やめなさい。」


「もう、ホーンと男って馬鹿ばっかね。」


こうして凝りは残ったものの、事件は解決した。私の心に大きな影を落としていきながら。



この件で、私と瑠さんに大きな試練が降りかかることはきっともっとあとのお話。





因みにその後、私は極度の疲労とストレスで倒れてしまい、泉さんが殺意溢れる瑠さんを止めるのにボロボロになったのは、また別のお話で。

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