第13話 「君の傍に」

そうして、あの事件から2日はたった。


この街の領主は逮捕されたが、どうやら2日前の強襲で黒幕が別にいることがわかり、あの後すぐに莉さんと別れてしまった。別れる際に莉さんからある懐中時計を渡された。


「その懐中時計を各街の軍部に出せば、私に繋がるわ。何かあったら必ずすっ飛んでいくから、無くしちゃダメよ?」


「はい!ありがとうございます莉さん。」


そうして莉さんは行ってしまった。……傭兵とあの黒服の男二人を引きずって。


こうして事件は解決。私は束の間といえ安息を手に入れた。


「もう明日には出るねんなぁ?」


「そうですね。長いような長くなかったような、そんな気分です。腕の傷もほぼ完治しましたし。」


私はその2日間で、腕の傷を治しながら休息を取っていが、何やら特殊な薬を塗ってもうだいぶ良くなり始めたので、明日に朝にはこの街を出ることになった。


「……ちょっと歩こうか、花菜ちゃん。」


「?はい。」


私と泉さんは庭に出た。静かな月明かりが私たちを照らし、庭は朝の景色とは違うものがあってとても綺麗だ。


その日の前日、私は泉さんに一人で来て欲しいと呼び出された。少し不思議に思いながらも言われた通りに私は瑠さんを置いて来た。


「今回は難儀なことに巻き込んですまへんかったな。」


「いえ大丈夫ですよ?私は特に役立った訳ではありませんから。お礼なら莉さんと瑠さんに言ってください。」


「大丈夫や。アイツにはちゃんとお礼として金を投げつけたからな。姐さんは仕事だからって受けっとって貰へんかったけど。」


「いや何してるんですか?」


呆れた、絶対にまた喧嘩したなコイツら。この二人が喧嘩しなかったことなんて有ったっけ?


私はジトっとした目で泉さんを見る。笠で顔は見えないはずだったが、どうやら目線は伝わったらしく泉さんは笑った。


「これでもしゃんとした方やで?」


「え、どこをどう見てそう思ったんです?」


「ハハ、辛辣やなぁ。」


なんだか少しだけ泉さんの様子がおかしい。ちょっと硬いって言うか、緊張しているのか。耳がピンッとたっていて、しっぽは少しだけぎこちなく動いていた。


「……それに花菜ちゃんが役に立ってないことなんてあらへんよ。」


泉さんの静かな声が、空気を満たす。何処かいつもの泉さんらしくなく、硬い声が聞こえた。


「え?」


「花菜ちゃんのおかげで、ワイはアイツに話しかけられたんや。……それにわいは君の言葉にめっちゃ救われた。半人前なわいの弱音ごと救って、親父を越えようとする勇気をくれたんや。」


「そんなこと。」


「そないなことあんで。……なぁ、花菜ちゃん。わいじゃダメか?わいは花菜ちゃんともっと一緒におったい。君となら頑張れると思うたんだ。」


「泉さん……?」


「――花菜ちゃんのこと好きやで、もの凄く好きや。……せやから君の傍に居場所を作ってもええか?次を旅するんじゃなく、ここにいて欲しいんや。」


私は驚きに目を大きく開けた。月明かりに照らせれた泉さんはふざけた様子もなく、真剣な顔だった。


まさかこの世界でこんなこと言われるなんて。私だって、泉さんが好きだ。でもそれはきっとそういう『好き』では無いんだろう。心の内側で、そう誰かが言っていた。


それに私は、元の世界に帰るのが目的で旅をしている。それでもし、泉さんの気持ちに答えてしまうのは、泉さんにもそして旅についてくれている瑠さんにも失礼だ。


「……泉さん、ごめんなさい。私はあなたの気持ちを受け取ることができません。私が旅をしているのは、家に帰るためなんです。」


だから私は笠を外して言う。泉さんは答えを聞いて少しだけ悲しそうに、しかし微笑んでいた。


「私も貴方が好きです。でもきっとこの好きとあなたの好きは違う。それに――」


それに私は、先程から頭にチラつくあのがどうしても無視することができない。


「……そうかぁ、そうやな。君は落ち人やもんなぁ。それにアイツもいるしなぁ。」


泉さんは微笑んで言う。きっと伝わってしまったんだろう。2人の頭には同じ顔が浮かんでいるはずだ。


「これでもお買い得やったんやけどな?手に職あるし、若いし、顔だって悪くないんやけどな。きっと花菜ちゃんの帰る家になるかもしれんのに。って、これはわいのワガママなんやけどな。」


「……」


「――でも君が帰りたいところは、きっとこの世界にはないんだろうな。」


「……はい。」


「そっかそっかー。じゃあ、未練がましいけど一つだけええかな?」


「なんでしょう?」


「これで縁切りとかわいは嫌や。いつかは元の世界に戻ってしまうが、それまでは友達になってくれへん?君がいいなら嬉しんやけど。この気持ちは、受け取ってくれまへんか?」


泉さんは笑っていた。いつも道理な屈託のない陽気な笑みで、だから私も笑う。


「はい。もちろんです!」


「あー、良かったわぁ。」


「泉さん、私は既にあなたの事を友達だと思っていましたが、私の片思いでしたかね?」


「ええ!?そないなことは無いねん!」


私はここで、この世界で、何かを残しちゃいけなかったのに結局残してしまった。そんな思いが心を強く締め付けた。でも、私もここでお別れなんて嫌だった。結局私も泉さんと同じで、ワガママなんだ。


私たちはぷっと笑い合う。その笑い声は庭を小さく満たした。


「さて泉さん、戻りましょうか?」


「あ、いやぁ、すまへんけど先戻っててくれんか?」


「…・わかりました。先に戻っていますね。」


「おう、すまへんなぁ。」


泉さんは手をヒラヒラと私に送る。だから私も、手を振って行く。


私は決して後ろを振り返ることなく、宿に戻った。


そうして1人になった男は月を仰ぎ、その頬に一雫の銀を流す。


「……あー、夜が嫌いになりそうだわぁ。」


その小さな呟きは声は誰も拾うことなく、暗い藍色あいいろの夜に溶けていく。


そんな藍色の夜を銀に輝く月明かりが、何にも阻まれることなく輝きを放っていた。


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