第19話 「馬鹿力」
「花菜!!起きろ!!!」
「――ッ!りゅ、瑠さん……?」
「酷く唸っていたぞ、何があった?」
目を開ければ瑠さんが心配そうに覗き込んでいる。周りを見渡せば空は暁色に染まり、朝を告げる陽の光が照らしていた。
「いえ、変な夢を見ちゃって。もう大丈夫です……」
そうは言うが、背中はびっしょりと冷汗をかき頭から小さな痛みが走っている。
しかし瑠さんをこれ以上心配させないように笑ってやり過ごすことにした。
「そうか、なら顔を洗ってこい。いつも以上に酷い顔だぞ。」
「そうですねって、少し余計ですよ!」
軽口を叩きながら、私は近くの小川に行こうと立ち上ろうとした時、カサっと手に何かがあるのがわかった。
「え。」
見ればそれは紙に包んである不思議な黒いボタンで、レンズの様なモノもついてある。
包んでいた紙には筆ではない、もっと細い、ボールペンの字で『後悔のないように』と書かれていた。
まさか、あの時は夢の中だったはず。なんでこんなものを……
私はバッと機械の方向を見る。しかし昨日と同じ体勢のままそこにあった。
動いてあったなら瑠さんが気付くはず、ならあの夢は全部ホントってことなのかな?
「――?花菜。どうした?」
「!!いえ、なんでもありません、顔洗ってきます!」
私は瑠さんから逃げるように、ボタンを持ちながら小川に走っていった。
****
私は顔を洗う時間を短縮させて、ボタンを見た。
「一体これは?」
ボタンは卵のような形で、赤いボタンとレンズ以外のものがついていないとてもシンプルなものだった。
しかしこう黙ったままボタンを見ても仕方ない。押してみるしかないみたいだしね。
ポチッと赤いボタンを押せば、レンズからタブレットの画面にようなものが出てきて何かを示しているようだった。
「これ、もしかして地図なんじゃ……?」
私からは地図の様に見え、2つの赤い点が光っていた。ひとつはものすごく遠いところにあり、もうひとつは私が向く方向と同じように動いた。どうやらこの動くもうひとつの点は私の現在位置みたい。
「この地図、まさか元の世界に帰る手がかりなんじゃ?」
『どっちを選ぶか、それは君次第だよ?
でも後悔のないように。それは君の運命なんだからね。』
ふと、あの言葉蘇る。そしてこの言葉でわかった。あの人はきっと元に世界に帰るための研究もしていたんだろうと。
そしてここからは私の予想になるけど、きっと元の世界に帰るまでの研究はかなり進んでいたと思う。それも確実に元の世界に帰れるほどには。
でもなんで元の世界に帰らなかったんだろう?そこまで進んだはずなのに帰らなかった理由って、……何か帰れるための条件があったってことなのかな?
それとも……
そこまで考えて私は頭を振る。バチンっと頬を叩き瑠さんが待っているところに戻る。
ここで予想しても仕方がない。それにたかだが予想だ、合っているとも限らない。
「――お待たせしました。」
だからこの事を瑠さんには隠すように、ボタンを懐にしまった。
****
そうして歩きに歩くこと2日がたった。
「花菜、着いたぞ。」
「ここが…鬼人の街……!」
そこは大きな湖が小さな島を囲むようにできた美しい街だった。
「ここは、観光地として有名で避暑地としても有名だ。そして薬師の街でもある。」
「確かに、ここはすごく綺麗ですね。」
街壁は湖と緑溢れる森に合わせたかのような白い壁で、家一つ一つの壁も白くまるでどこかの国を連想させた。
そして何よりも目立ったのは島の頂上に立つ大きな城が、威風堂々たる姿でそこに存在していた。
街の関門を抜け、街に入れば多くの人で賑わっていた。
忘れてたけど、今一応夏だもんね。セミいないけど。ここは確か避暑地だから、暑いこの時期にはピッタリか。
ただ本当に多くて、先を行ってる瑠さんとはぐれそう。
「わ、ちょっ。」
人に揉みくちゃになり段々と離れてしまいそうなった時、パッと手を誰かに掴まれた。
「花菜、人が多い。はぐれては行けないから捕まれ。」
そう言って私の手を引く瑠さんに、私は思わず照れてしまった。
「あ、ありがと良ございます。」
「ん。」
いや気をしっかり持て、あの瑠さんだぞ!
なんか前にも同じことがあった気がするけど気にしない。
「――う!」
道を歩く私達の前に何やら騒音が聞こえる。
なんだ揉めている感じの声で、少し瑠さんの手に力が入った。
「何かあったのでしょうか?」
「わからんが花菜は首を突っ込むなよ。お前は何かしらの事件巻き込まれやすいからな。」
思わず手を振り離した私は悪くない。
いや、確かに巻き込まれたけどそれは1回しかないじゃん!
「それに、笠が外れたらまずいだろ?」
「そうですねー。」
瑠さんはふっと笑うと私を隠すように歩く。その間もなにやら言い合っている声が聞こえていた。
「だーかーらー!あたしを認めてください師匠!!」
「ダメです。君はまだ子供です。そんな人が軍医にいたところで邪魔になるだけです。それと僕は君の師匠じゃありません。」
「あたしだって師匠の役に立てます!だからお願いします!薬学を教えてください!」
「だからダメですし、君は戦場にいるべきではありません。あと師匠じゃないです。」
店の前で騒ぐのは身綺麗な女性と、角が特徴的な歳をとった男の人だった。
「瑠さん、あれって鬼人ですか?」
「ああ、花菜は近付くなよ。鬼人は気の遠くなるほどの馬鹿力も特徴だ。花菜ならデコピンでも危ない。」
私は虫かなにかか?さすがにそこまでは……
と思っていたら、私の目の前に何かが猛スピードでやってくる。驚いて尻もちを着いてしまった。幸い瑠さんが止めたおかげでぶつからずに済んだが、投げ込まれたものを見ると、それは大きな石だった。
「ひょぇ。」
「ご、ごめんね!大丈夫!?」
そして目の前には先程揉めていた女の人が、大慌てでこちらに駆け寄ってきた。その額にはツノがある。どうやらこちらも鬼人のようだ。
ま、まさかこの石を投げたのってこの人なの……?
鬼人の力の一端を確認できた出来事だった。そして結局自動的に巻き込まれた。
「おい、大丈夫なわけないだろう。もう少しで当たるところだったぞ。」
瑠さんが低い声で女の人に向かって言う。めちゃくちゃ睨んでいる。普通に怖い。
「え、あ。」
「申し訳ございません!!お嬢さん、お怪我は!」
「あ、ありません。」
青い顔でそれまた言い合っていた男の人も来た。近ずけばなにやら薬のような匂いがした。
「で、どうするつもりだったんだ?こんな道の往来で騒いだ挙句怪我しそうになったんだぞ。」
そう言い、瑠さんは私に手を差し出す。私も流石にずっと地面に座っては仕方ない、立ち上がろうとしたが、何故か力が入らなかった。
「あ、あれ?」
「ああ、腰が抜けたのか。少しいいな?」
「え、何がって――きゃっ」
瑠さんは素早く私を持ち上げた。でもこの体制ってお姫様抱っこじゃ!?
「おい、連れが腰を抜かした。休ませたい。」
「こちらにどうぞ。お前には後でお話があります。」
「ふぇぇ、ズミバゼン!!」
いや、ちょっと待ってこのまま行くの!?
色んな人に見られてるんですが!ねえ、瑠さん!!
私はそのまま薬の匂いがする男に連れられて店の中に入っていった。
――瑠さんにお姫様抱っこされながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます