第9話 「己の弱さに」
「――この街の領主が絡んでいるかもしれん。」
「な、なんやと?」
どうやら確かに、とんでもない面倒事のようだ。
領主。この世界のことが分からない私でもわかる。多分めっちゃお偉いさん。
しかし、なぜこの街を守るはずの領主がそんなことを?
疑問に思う私だが、泉さんには心当たりがあるのか少し顔を青くした。
「い、いや確かに有り得るかもしれへん。この街の領主で悪い噂は耳にしたことがある。もしかしたら自分の利益のために襲わせとるかもしれん。」
「ああ、それにもし街になにか損害が出れば『国防補償金』が出るからな。」
「国防補償金とは何ですか?」
「そうか、花菜は知らなかったな。国が出す簡単に言えば慰謝料と同じようなものだ。特にここは国でも有名な商業の盛んな街。何かあったら国的には不味いんだ。」
「となるとこの街の軍は?」
「全部とは行かないが、1部は抱き込まれていると考えてもいい。」
うーん。確かに、軍の諜報機関の一部でも抱き抱えれば報告されずに隠蔽されてしまうかも。
これ、本当にまずくない?ヤバい。瑠さんの話を聞かずに聞いてしまった。これ絶対怒られるんじゃ。
チラッと瑠さんを見るが、特に不機嫌そうな顔はしてない。しかし私の視線に気づいたのか頭を撫でてくる。
どうやら私が不安になったのに気づいたのかもしれない。証拠としてとても優しく撫でてくる。いつものワシャワシャした感じではない。とても優しい撫で方だ。
瑠さんって結構頭撫でるけど好きなのかね?いや、別に構わんが。
「困ったなぁ。」
私が頭を撫でられている間、泉さんがうーんと唸る。しっぽは完全に下に垂れていた。
「そもそもお前は俺達に何をして欲しかったんだ?」
そうだ。泉さんは瑠さんを捕まえて欲しかったんだろう?
「え?ああ。それはな。ぼちぼちわいの所の馬車もこっちに来る。それの警護をして欲しかったんや。馬車には大量の食料が積んであるん。実を言うと、ここの宿屋はわいのやねん。その為の食料で奪われる訳には行かへん。」
え、ここ泉さんの宿だったの?薄々勘づいてたけど。結構すごい人だった。
「道理でこんな悪趣味に。」
「うっさいわ。このアンポンタン。」
しかし、ただの警護だったら。確か傭兵の組合所があるんだよね?そこに行けばよかったのでは?
「多分だが、傭兵もグルなんじゃないかと疑ったんだろう?」
「そうや。それに単純に信用ならん。ここの連中は結構ええ加減や奴が多いんや。」
「でもなんで瑠さんを?」
「花菜がいたからだろう?それに外から来たやつの方がここより信用できると考えたんだろうな。」
え、私が居たから?なぜ?
「まあ、そうや。傭兵みたいなやつと二人旅してる女の子やろう?まだここよりかは信用できると思うたんや。それに、花菜ちゃんはめっさそいつを信用してるみたいやしぃ?めっちゃ仲良いしぃ?」
べ、べべべっべ別にそんな事はっ!
「いや、見てればわかるわ。照れてる花菜ちゃん可愛いなぁ?」
泉さんはニヤニヤとこっちを見てくる。ゆらゆらとしっぽが上がっていた。くっそ下がってしまえ!
「じゃ、じゃあ!普通に昨日いえばよかったんじゃないですか!そうすればあんなこと起きなかったのに!」
「それは無理な相談や、俺はこいつが嫌いやからな。」
「俺もお前なんか嫌いだ。」
あーはいはい。恒例恒例。
しかし、盗賊団ってことは結構な人数がいると思うけど、瑠さん一人で大丈夫なのかな?
「確かに、噂では30人相当やて聞ぃてんけど、多分こいつなら平気やろ。そう簡単にくたばるとは思わん。」
泉さんのあまりに無責任な言葉に、私は思わず立ち上がった。泉さんの顔色はあまり変わっていないが、代わりにしっぽがピーンとたったのを見た。しかしそんなことはどうでもいい。
「そんな勝手なことを!もし瑠さんに何かあったら......」
私の脳裏に瑠さんが殺されてしまう映像がよぎる。ゾワッとした嫌な虚無感と恐怖に、私は身をすくました。
「花菜。」
顔を青くして震える私に、瑠さんは静かに言う。
「花菜、俺は大丈夫だ。だからそんな顔を青くするな。心配しなくとも30人程度でどうこうなる俺ではない。だから花菜はここで待ってはくれないか?」
それは力強く、そして何よりも安心出来る言葉。
瑠さんに促され、私は大人しく座った。そんな私の頭を、優しく撫でる。
うん、でもやっぱり心配だ。だけど瑠さんについて行かない方がいいんだろうな。足でまといにはなりたくないし、何より私を守って怪我なんかさせる訳には行かない。
それにこんな事になったのは私が不用心に話を聞いちゃったせいだ。自分だけが被害者ヅラしちゃいけない。
私は改めて自分の無知と無力さを知り、悔やむように手を握りしめる。
「はい、怪我だけはしないで下さいね?」
しかしだからこそ私は、なるべく瑠さんが心配しないように笑って送るのだ。
だが私はいつも気づかない。そんな私の笑みを見て、瑠さんは顔を暗くしたことに。私はいつまでも気づかないのであった。
****
そうして長い朝ごはんの時間が終わった。なかなかにハードすぎて、なんだか頭が痛くなる。
私は2人に部屋で休む旨を伝えて食堂を離れる。廊下の窓からは晴れ晴れとした天気だったが、自分の心は曇天だ。
あーあ、なんでこんなちゃったのかなー。私が余計な事を言わなかったら今頃は......
私はそんなことが頭に浮かび、ハッとして考えを振り払う。やめだやめ!今更後悔しても遅い。
「はぁー、仕方がない!私は私で出来ることをしよう!」
気合いの一言と共に一つ強めの一撃を頬に入れる。ジンジンと痛み頬に、先程までの気持ちは吹き飛んだ気がした。
「でも何しようかな?」
今私に出来ることなんてないし、そもそも瑠さんが許してくれるかな?この間は働くのをやんわり断っていたし。
「うーん。」
私は廊下にもたれかかって考え込む。しかし妙案などは出て来ず、頭を抱えるばかりだ。でも、何もしないなど論外。なにかできるものは無いだろうか?
考え込む私の頬をふと、そよ風が撫でていく。窓の外を見れば大きな庭があり、少し考え後、私は廊下を後にした。
****
「おおー綺麗。」
私は宿屋にある庭を散歩していた。庭自体はそこまで広いわけでもなく、校舎の方が大きいの学校の校庭という感じだ。
季節の花が咲き乱れ、落ち着く色合いの松はこの晴れた空によく似合っていた。
奥まで進めば誰か先客がいるらしく、1人の女の人が池の近くにある椅子で休んでいる。私はそーっと離れようとしたが、どうやら向こうにも見つかったらしく手招きをされた。
「こんにちわ。」
「あ、こんにちわ。」
女の人はとても綺麗な人で、燃えるような赤髪と翡翠の瞳が良くお似合いのこれまたナイスバディなお姉さんだった。
「あなた此処に泊まった子?」
「え?そうですけど。お姉さんは違うんすか?」
「ええ、ここにはちょっと散歩に来たの。」
へぇー、ここって一般開放とかされてんのね。まあ、でも確かにここは綺麗だから散歩したくなるか。
「......ねぇ。」
私が考え込んでいる間に、お姉さんは静かに聞いてきた。
「はい?」
「あなた食堂でも見かけたけど、さっきの男の人とは知り合いなの?」
「うーん。どっちの男の人ですか?」
「茶金のほうね。」
「ああ、瑠さんですか。知り合いですよ。」
そこまで答えて私はハッとする。ヤバい普通に話し込んじゃった。この人危ない人かもしれなかったのに!
「あ、あの。私はこれで。」
これ以上なにか喋る前に退散しようとして、お姉さんに声を掛け離れようと背を向けた。
すると私の手を思いっきり引っ張てきてお姉さんは耳元で静かに言った。
「余計なことはしないでね?今ようやっと大詰めなのに、素人に場を乱されるにはゴメンなの。」
「え、それはどうゆうことで。」
「そう言うこと、あなたの旅のお連れさんにも言いなさいな。この件は『鍵』がいるから手出しご無用とね。あ、でも盗賊の方は構わないわよ?好きにしてちょうだい。」
「お姉さんは一体......?」
「秘密よ。でも、全て知ってると言っていいわ。そうそう内緒話はあまり人の来るところでしない方がお利口よ?誰に聞かれているかも分からないから。」
そう言うとお姉さんはどこかへと消えていった。そっちは宿屋の間取り的に扉などの、どこかへ通ずる所はないはずなのに、お姉さんはどこにもいなくなっていた。
なんだか変な人だったけど、何故か悪い感じはしなかった。私は笠を深く被り、瑠さんの元に急いで行くことにした。
****
「何?鍵が居るのか?」
「うん。庭であったお姉さんに言われた。」
私はあの後急いで瑠さんの元に行き、先程のことを話した。
「なんや花菜ちゃん、不用心やな〜。怪我は無いんか?」
泉さんはどうやら『鍵』の存在を知らないのか興味無さそうだったが、瑠さんは知っているらしく驚いた様子だった。
「大丈夫ですよ。あ、それと盗賊の方は好きにしていいそうです。」
「そうなんや。でもそっちも何とかして欲しぃわ〜。」
うーん。それにしても『鍵』ってなんだろう?悪い感じはしなかったけど。
「『鍵』は国の軍部だ。1部の軍人でしかなれず、所属は完全に国の直轄だ。」
「え、じゃあ軍が動いているって事ですか?」
「ああ。鍵が居るってことは、あの話に真実味が帯びてくる。取り敢えず領主のことはそっちに任せてよう。下手に場を動かすのはやめた方がいいな。」
「そうですね。あのお姉さんも言ってましたし。」
「ふーん。そないなことがなぁ、それにしてもオノレ詳しいな?何、オノレ軍人とかやったんか?」
そういえば結構詳しい。なんでだろう?
「......そんなことよりも、まず俺らの方を何とかするぞ。おい狐。馬車はいつここまで来る?」
「多分やけど、道的には明日の夕方頃やな。山道も結構多いから、それに左右されやすいが。」
呼び方それでいいんだ。とゆうか瑠さんはぐらかさなかった?聞かれたくないのかな?
「明日とは、結構早いんですね。」
「そうやな。だからもうそろ出発しなきゃアカンな。」
「ああ、先に盗賊を始末した方が早い。」
「え、もう出るんですか?」
「花菜はここで待っていろ。いいか?絶対に部屋から出ないようにしろよ?誰が来ても部屋に入れるな。それとお腹がすいたら荷物にあるお菓子を食べていい。食べ終わったら必ず手を洗えよ?それから――」
「わ、わかりました!ちゃんと守りますから!もうそれ以上は覚えきれません!」
なんかいきなり過保護なお母さんと化した瑠さんを何とかかわす。
「そうか。」
「全く、オノレはおとんちゅうよりおかんやな〜。そないな事すると鬱陶しがられるで。」
「狐。お前の方から始末して欲しいようだな?」
瑠さんは立ち上がって泉さんの胸ぐらをつかもうとする。急いで私は瑠さんを止めることになった。
「もう!2人ともやめなさい!」
全くこのふたりは!と思いながらも、いつもどうりのやり取りにどこかホッとした自分がいた。
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