第39話「旅の終わりと要らなかったもの」
ああ、やっぱり来ちゃったんだね。
サイレンと共に放送される声は、残りのタイムミリットを言って私を急かす。
目の前には心から会いたくて、そして会いたくなかった青い瞳の彼がこちらを真っ直ぐに見る。
それを見れば、さっきまでの決意が振れて全部全部投げ出したくなって仕方ない。
「……花菜。」
その声で名前を呼ばないで、その目で私を見ないで。
私は揺れる心を隠して笑って戯ける。
サイレンは依然として鳴り響き、刻一刻と時間は経っていく。
「瑠さん、それに莉さんと恋菜さん。早く出ないとみんな死んじゃいますよ?」
「私たちに黙ってどこに行く気なの花菜ちゃん?私たちは、友達じゃないの?」
ピクリと体が動いて私は腕で隠す。
騙せ、騙せ。もう悟られないように隠し通せ。誰にも、あの人にも。
「……どこって、帰るんですよ。あるべき私の居場所に。」
『私の居場所』そう言えば莉さんはグッと噛み締めてこらえるような顔になって睨むようにこちらを見る。
なんでそんな顔をするの?私の居場所はこの世界にもあるって、そう言いたいの?
そんなもの……
「この世界に、私の居場所なんて初めっから無いんですよ莉さん。」
私の視界からあの青が覗き見る。
それは私から目を逸らさずに、ただ真っ直ぐに見ていた。
それを私は逸らして皆に言う。
ねえ、みんなは知ってるかな?
世界は決まったとおりに動くもの、世界は一種のピース、大きなパズルなんだ。
だから世界には生き物がいて、それを生かすための資源があって初めて世界と言うピースが一式揃う。
そこからは運命という神の手で、一つ一つ嵌めていく、だからピースは世界にとって大事なもの。
だけどそのピースにも要らないものは全部捨てられてしまう、跡形もなく破壊されちゃう。
「そのいらないピースが、私たち『落ち人』の事。」
私の知る神は無情だ。
私たちを遊ぶだけ遊んで壊して捨てる。
落ち人はいつだってこの世界の犠牲者でいらない子達、ただの玩具。
この世界にいた人族も、この世界にとっていらなかった。だから滅んだ。
サイレンの音しか聞こえない部屋には、誰からの音も聞こえない。
静寂とは程遠いはずなのに、静かすぎて体が震えそうになる。
彼はいつまでもこちらを見ていた。
その彼の青い瞳は、私には少し綺麗すぎて今だけは嫌になりそうだ。
「だから、もう旅は終わりです。私は最後まで臆病で弱虫ですから、このまま玩具になって捨てられるのは嫌なんですよ。
だから、もう終わり、終わりなんですよ瑠さん。」
いつの間にか力無く俯いてしまう私の頭。
みんなから見たそんな私は一体どうんだろうか?多分きっと卑怯で汚くて、弱い存在に見えるんだろうな。
チラリと見えた彼と同じ色の首飾りが見え、弱い自分が嫌になった。
「……そんなもの、俺が今更気にするとでも?」
コツンッと足音が鳴る。
まるであの時のようだ、あの時のように彼は私に救いの手を差し出して、連れていってくれる、私の安心出来る遠くの場所に。
「……瑠、さん。」
「花菜、俺は世界なんぞと言うくだらん存在に振り回されるのはもうウンザリだ。だから俺はもう振り回されない。俺はもう関係ない。」
目の前に、青が確かにあって私の心を掴んで離さない。
いつの間に、こんなに近くにいたんだろう?
前まではあんなに遠くに、私の手じゃ届かないはずだった彼は、気づけばこんなに近くにいた。すぐに手が届くほどの距離に。
彼にすっと差し出された手を、私は凝視する。彼の目はいつもの様に優しく、誰よりも安心できる、そんな目が私は大好きだった。
「花菜が行くなら、俺も行こう。花菜のその居場所に俺も連れて行ってくれ。」
「――ッえ?」
「な、何言ってるのよ野獣!?」
「そうですわ!」
周りがザワつく。
当たり前だ、私だってこの人が何を言っているかなんて分からない。だって瑠さんの言ってるそれって自分の居場所を捨てるってことでしょう?
そんなのダメだ。
もう私は、この人の迷惑になんか……
「俺がいつ迷惑だって言った?」
「それ、は……」
「俺は俺自身が、花菜と一緒に居たいと思った。だから俺がお前の迷惑になることはあるがお前が俺の迷惑になることなんて、あるわけが無い。たとえ誰かが神とか言うくだらない存在がお前を否定して捨てるって言うなら俺が拾う。
――――俺には、花菜が必要だ。」
私の目が開かれる。自分の耳を疑った。
この人から紡がれた言葉を私は何回も咀嚼し、考える。
あまりにも大きい言葉が、私に理解させるのを遅くさせた。
必要だなんて、本当に瑠さんは残酷だ。
手なんて取っちゃいけないのに、取りたくなるさっきよりも願いたくなる。
蓋は、とっくのとうに弾けて消えてそして溢れる、もう私じゃ止められなくなってしまった。
鼻声のなってしまった私の声が響く、私の口から出ているその言葉は、紛れもなく私の心からの声だ。
「……私もっ、一緒に居たいっ!私だって瑠さんが、必要なんですっ!」
「ああ、だから俺と一緒に行こう花菜。」
あの時、初めてあったあの時のようにまた手を取ってもいいですか?
差し出された手に、私の手を伸ばして。
――そして、掴む直前に差し出されたその手は銃声とともに消えた。
「……え、?」
「クッ!!」
倒れ込む瑠さんの右手は、その先からなくなり空に浮いた私に手には鮮血が色付く。
赤い赤い、あの人と真逆の赤。
もう見たくも無いはずの赤は私の手にあった。
「――い、いやあぁぁぁぁぁ!!!!」
絶叫が、絶望が、サイレンの鳴り響く部屋に強く叩きつけられる。
赤はいつまでも消えない。
****
「りゅ、瑠さん。どうしてっ……嫌だ、嫌だよ瑠さん。」
右手を抑えて蹲る瑠さん。体を揺らしても起き上がらない。
止血するように脇を縛り付けるも血の海は広がるばかりだ。
どうして?抑えてるのに血が止まらない、このままじゃ瑠さんが……
「野獣!!」
「な、なぜ誰が一体こんなことを!?」
莉さんと恋菜さんがこちらに向かって来る。
その時私には見えてしまった、後ろの扉に立つアイツを。
「――く、くく、あっはははははは!!!」
「お方、様何故……?」
恋菜さんの震える声が耳に届く。
狂ったような笑いが、私の恐怖を駆り立てる。なんでアイツが?どうしてここに?
お方様の右手には、小型の拳銃が握られてありその銃口からは白い煙が出ていた。
彼が撃ったのは間違いないようだ。
狂ったように笑った彼は、私を見て笑いを止めて嘲笑う。
憎しみを込めているその瞳で。
「はぁー、まさか……貴女だけが幸せになれるとでも?私の全てを破壊しようとしてるあなたが?そんなの……私が許すわけないじゃないですか!」
憎悪のこもった言葉、理不尽すぎる思い。
そんな、そんなことのために瑠さんを?
私のせいで私が幸せになろうとしたから、だから撃ったって言うの?
「なっ、だから野獣を!?」
「ええ、そうですよ。ようやくの悲願が叶うはずだった。私の長年の苦渋を舐めさせられた憎しみも努力も、全てが清算されるはずだった!あともう少しだったというのに!」
無茶苦茶だ。
この男の言うこと全てが無茶苦茶で理不尽なものでしかない。
なのに、その言葉が耳から消えない。
「わた、しのせいで?」
「そうですよっ!貴女が余計なことをしなければその男は無事でいられた!
貴女が望まなければ彼はそんな怪我などしなかった!
――全てはあなたのせいだ!!」
全て、私のせいで瑠さんの右手が失った。
私が手なんか取ろうとしなければ、彼との未来を望まなければ瑠さんはっ……
「花菜ちゃん、耳を貸しちゃダメよ!」
「あ、あぁぁ……わたしが、私のせいで瑠さんがっ。」
体が震える、もう視界なんて見えてないようなものだ。
罪悪感で、押しつぶされてしまいそうっ!
「花菜様っ!違いますあなたは何も悪くなんてありませんわ!本当に悪いのはこれらを止められなかったこの国自身、引いてはこの世界のせいですわ!」
「ええ、その通りよ。だから花菜ちゃんは関係ない――」
「いいえ、彼女も関係はありますよ。」
「は?何を言って。」
彼は転移装置に着いている黒いボタンを指さして笑う。
ああ、そうだ私は無関係なんかじゃない。
私はあのボタンで彼の部屋を。
「彼女の持つそれが、ここにある全ての機密文書が入った部屋を開けて、私にその情報全てを寄越した。だからこのような自体が起きたのですよ。」
ここにある全ての兵器の資料や書類の入った彼の部屋を開けたのは、紛れもない私だ。
「なっ……!」
「そんなっ!」
「でもそれだけが褒められますね。お陰で、この国の一部でも破壊することが可能になったのですから!!」
ばっと出された黒い円柱のような形の赤いボタンはまるでなにかのスイッチのような。
それが国の一部を破壊する道具とは一体何なのかが私には見当もつかなかった。
「それは一体……?」
「貴女ならよく知るはずです。なぜなら貴女はそれを山で遭遇したのですから。」
遭遇した、森で……
スイッチに、あの部屋にある機密書類。
国の一部を破壊、古代の……
「まさかそれは!!!」
「ええ、これは古代で作られた人族の最大の武器『対識別式機械兵器』のこの施設にある全ての兵器の起動スイッチです。この施設にはあと十九体の兵器がありますから、この国の一部を破壊するぐらいなら訳ないでしょう。」
「そんな、そんなもの一体どこで!?」
「それは全てあの部屋にある資料に書いてありましたよ。時間ならありましたよ、だからこの3日で作れたのです。」
ヤバい、何とかしないと。
この施設が爆破する前にあのスイッチを取り返さなきゃ、外に避難した人も危険になる。
今ここで彼の残した全てを破壊しなくちゃ、私の罪全てを全て。
パンと頬を思いっきり叩く 。
ヒリヒリして痛いがお陰で少しは冷静になれた。周りを見て戦力を冷静に見る。
瑠さんは今負傷していて動けない。
恋菜さんでは彼には勝てないことは既に知っている。
ならばここは、彼女しかいない!
「莉さん。」
「ええ、わかっているわ。あれを破壊、それか手元から離れさせればいい。条件は簡単ね。」
莉さんは全てわかっているようだ。
頼もしく頷く彼女に思わず笑いがこぼれる。
私と莉さんは顔を見合わせて小さく頷き私が合図を送れば、ばっと動き出す莉さん。
一瞬で男の懐に近寄った。
「チッ速いっ!」
カヂンと鳴り響く金属音。
やはりあの男も相当なやり手らしい。
莉さんは国直属の軍『鍵』だ。だからそこいらの奴らに負けるほど弱くない。それなのに若干押され気味になっているだなんて。
私は2人の交戦中に回り込み隙を着くように2人を見る。
恋菜さんは瑠さんの怪我の手当で手は離せない。なら残った私が隙をつくしかない。
2人の戦いはヒートアップするが男の方は体力はそこまでらしく段々と莉さんが押してきた。
「ほらどうしたのよ!?押され気味みたいね!」
「ハッそちらこそ鍵ともあろうあなたがなんと情けないことか!」
「口がよく回るわね!」
バキンと大き音が鳴る。
男の体が大きく後ろにそれた瞬間、スイッチが飛び出して私の近く転がってきた。
「――!!」
私がスイッチに飛び込み取ろうとしたが、私にはわからなかった。それが罠だったことに。
「かかりましたね。」
「ガバッ!」
男は花菜の体を思いっきり蹴飛ばして喉元を踏みつける。
行き良いよく咳き込めば息が出来なくなって喉から血が出てきた。
い、いつの間に!
男の居たと思われる場所で莉さんが倒れている。まさかさっきまでのは演技だったていうの!?
「もう遊びはおしまいです。あなたには一応いろいろあった仲ですから見逃そうと思っていましたが、こうなってはもう死んで頂くしかありませんね。」
男は私のこめかみに銃口を突きつけて、目を細める。
冷静な口調が私の恐怖を大きくさせた。
「さようなら。」
引き金に男の指を徐々に引き寄せて行く。
私は目を瞑って覚悟する。
でも目を瞑ればそこにいるのは青い彼で頬に一雫の水を流した。
瑠、さんこんなことに巻き込ませて本当にごめんなさい。
それと、手を差し伸べてくれてありがとう。
「――させませんわ。」
意識が飛びそうになる前、恋菜さんの声が聞こえたと共に肉に何かが突き刺さる生々しい音が上から聞こえて、温かい液体が雨のように降った。
「……な、何故貴女が……何故っ!?」
あの男の驚愕とともにその重みが消える。
すぐ隣から音が聞こえ、私はようやっと息ができるようになった。
隣を見れば背中に短刀の刺さった男と、手が真っ赤になっている恋菜さんがいて、私は驚いたが自分のやるべきことを思い出す。
立ち上がってスイッチを拾い上げ、装置近くにいる瑠さんの元に向かう。
その間も二人の会話が途切れることがない。
「……ごめんなさい、貴方様をお守りすることが出来なくて。ですがもう、私の友人が傷つくのは嫌なのです。だから私の手で全てを終わらせ、その罪は全て私が背負います。」
「まだ、わた……僕は……」
「……ずっと大好きでしたわ。」
全部は聞こえなかった。
聞こえなかったのに、何故か最後の一文だけがハッキリと聞こえた。
私は瑠さんの近くに膝まつきここの地図とスイッチを懐に入れて、回復し始めた莉さんの元に向かう。
「莉さん、大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫よ。ちょっとだけしくじっちゃったけどね。」
さすがは鍵、回復も速いらしい。
その様子に安心した私は莉さんに頼むことにした。私の最後の伝言だ。
「――お願いします。」
「……本気で行くの?あいつには何も言わずに?」
「…………伝言は頼みました。それと莉さん、本当にありがとうございました。」
「ッ何があっても知らないわよ。本当は私も花菜ちゃんを置いて行きたくないけど、アイツらを運ばなくちゃ行けないわ。」
「はい、ここでお別れです。」
私は泣きそうになってしまう、それは莉さんも同じだ。2人とも涙をいっぱいにして見合ったが、もう時間があと五分しかない。
莉さんはその後瑠さんを背中で抱えて、2人に近寄った。
しかし恋菜さんはここに残ると言って莉さんの言うことを聞かない。
私も恋菜さんと話をするために近寄った。
「……恋菜さん。」
「花菜様、このような事にご迷惑おかけして申し訳ございません。」
「もういいのです。ですから貴女も早く……」
「いいえ、私はここでこの方と共に参ります。」
「……」
「……その男は、まだ生きているわよ。今救出すれば助かるかもしれないわ。」
「ええ、そうですわ。しかしもう……」
「埒が明かないわ、無理矢理でも連れていくわね!この男も重要人物なんだから!」
どこからそんな力があるのか、男を小脇に抱えて扉に向かって莉さんが走る。
恋菜さんもついて行くが、何度もこっちを見てきた。
「……さようなら。」
私は手を振って見送る。
最後まで私の目に映るのは青い瞳の彼で、酷く苦しくなった。私は結局彼を捨てたのだ。
「……瑠さん、ありがとうございました。」
貴方と過ごしたあの夏は一生の宝物です。
さようなら。
花菜は転送装置までゆっくりと歩く。
アナウンスは残り1分でここが無くなることを放送する。
最後にここを見渡せば、まだ居残りたくなる心を何とか押しとどめて花菜は、ボタンを押した。
旅は終わり、少女はこの世界から消えた。
第3章『敵国の参謀と近代の武器 [完]』
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今回長いのはちょっと配分をミスりました。
とゆう事で、次の章でラストです!
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