第38話「大事な黒と後悔」瑠side

完全に途切れてしまった手紙。

俺はそれでもいつものように手紙を出し続けた。どうせなにかやらかしただけだ、すぐにまた返してくれる。

そう信じたが、それでも団子から手紙が帰ってくることは無い。


俺は団子らしくないこの行動に、悲しみよりも不審感が強くなる。

手紙の最後を見れば書かれた場所は今いるこの街から遠く、まだ誰も入ったことの無い未開の森近くの田舎村と言っても過言でないところが最後だ。

かなり遠く、そこからは大昔の遺物である人族の作った兵器がまだ残って活動している危険区域だった。


俺が軍にいた頃も、それに会って戦った。

大隊規模の討伐であったにも関わらず、一機相手に神族構成部隊が大損害となった程に強く、大昔のヤツらはこれと戦わされたと考えればゾッとしたほどだ。

そんなところに、団子は何しに行ったのだろうか?いや考える必要なんかないな、元の世界に帰る為の手がかりを見つけたのだろう。


もしかしたらそれのせいで手紙が送れないのかもしれない。団子は案外忙しいやつだからな、無職だけど。

そう納得しようとも、不安が無くなることがなく日が経てば経つほどその不安は大きくなっていった。


手紙が来なくなり、3ヶ月。

俺は団子の送られた最後の手紙に書かれた場所に行くことにした。

これ以上待っても意味が無く、俺は今いる街を出た。

団子は何かしらの大事に巻き込まれた、でなければあんなに悪運の強い団子がここまでの長期間、俺に何んの手紙も寄越さないはずがない。


俺が目指すのは北北東にある未開の森。

多分何かしらに巻き込まれた団子を、俺は助けに行く。これは俺があいつに貰った言葉への恩返しだ。

別に何も無ければ、心配させた礼として1発殴るだけの事。


俺は馬に乗ったその街から翔ける。

暑い日照りで体が火照る中、風は涼やしく吹いていた。


****


「まさか、馬を盗まれるとはな……」


俺はある街に寄って商店街の街道で旅に必要なものを買っていた時、駒繋で預かっていた馬を盗まれてしまった。

まあ、これ自体は向こうの責任があるためお金は馬代含めの返上となったが、ここから先の旅で馬なしは少し時間がかかると思うと少しげんなりする。


しかし馬を買おうにも、この街はこの国の通過点の街で馬は高級品だ。

こんなところで金使うんだったら普通に歩いて行った方がいい。


夏の真っ只中の青い空に、遠くから白い入道雲が通ろうとしその青さを強調する。

まったく面倒な事ばかりだ、旅ってものは。


「仕方ない、今日はここで宿を取るしかないな。」


どの道今日出たところで次の街に着く頃は夜中だ。それにここまで来るのに相当体力を使ったからそろそろ休みたい。

宿を決め荷物を置いて、時間を潰すように俺は街を散策する。

暫くして俺の上から、入道雲が通り過ぎようとしたそんな何気ない光景と共に、奇妙な風が通り過ぎた。

まるでその風が何かをこじ開けたかのようなあまりに奇妙な感覚と、その先から薄らとしたがする。


俺は急いで振り返り1本の小道に足を運び、その風の吹いた先に行く。

入れば入るほどその気配は強くなり、あとひとつの曲がり角で俺は音を忍ばせた。


「こ、ここはどこ?私は誰?」


ボソボソと声が聞こえる。

聞こえた声からしてまだ歳若い少女って所だろう。なんだか混乱してるようだ。

恐る恐る曲がり角から顔をのぞかせ見たその時、俺の目がそれを鮮やかに映し出す。


「黒い、髪……」


黒い髪が光を反射するかのように輝き、見たことも無い服の少女は間違いなく団子と同じ『落ち人』だった。


俺は無意識に引き寄せられるように少女に近づく。

俺に気づいた少女は驚いたかのように顔を上げ、その吸い込まれるような黒い瞳で俺を真っ直ぐに見た。


「お前、人族か?」


「……へ?」


そしてまた、俺は黒に会う。


****


赤い光と僅かな小さい白い光が場を満たす。

目の前にいる少女は酷く辛そうに笑った。

花菜の目を、俺はまっすぐ見て酷く後悔する。

団子、俺は何も守れず大事なものまで失いそうだ。


――花菜。

俺はあの時、あの道でお前に逢えて、お前を助けてよかった。

それと……ごめんな。


あの時の俺は本当にお前を返すつもりだった。それは本当だ。

けれども花菜は思ったよりも俺の世界の内側に居たらしい。


その声が俺を呼べば、胸の内が跳ねる。

俺の色をつけた花菜を見る度に俺の醜い内が喜んでしまう。

俺の憧れた黒が風に靡き揺れる度に、優しい黒が濡れて輝く度に、俺の全てを奪った。


花菜、本当にごめん。

元の世界に返すって約束したのに、お前を返すなんてもう無理だ。

返したいけど返せない、返したくない。


それを閉じ込めて、永遠に離さないようにしたくなる。

誰の目にも入らないようにして俺だけが見ていたくなってしまう。


醜い汚い、おぞましい気持ち。

俺の嫌ったアイツらが頭を過って俺を笑う。


『お前も同じ、醜く汚い人間』だと。


違うと叫んでも、その声は空ぶって消える。

俺はアイツらと同列だ。


俺は返すつもりなんかなかったんだ。

遠回りしてまで花菜をこの世界に繋ごうとした。


だから彼女が何も言わずに去ろうとしたのは、俺のせいで、文句なんて、言える筋合いはない。


アイツらと同じように汚くなってそして繋ごうとして渡したお守り石。

それは今でも彼女が持っている。

それを知って、こんな状況まで追い込んだのは自分だと言うのに俺の醜いところが喜び震えた。


そんな俺に、団子が死んだと聞いた時俺は頭が冷えて自分が何をしようとしてたのかを知った。

ここに来る途中、あの男が笑って言った。


『貴方のもうひとつの目的である落ち人は、もう死にました。』


憧れだったの人は、もう手の届かない遠くに行って消えた。

怒りに染った俺は、屋敷を燃やし尽くすほど暴れて、壊したそんな時。

あの男の部屋に団子の文字と似た手紙が燃やされることなく静かに置いてあった。

たった一文しかない薄い内容を読めばそれは俺の頭を思いっきり殴るようで、優しく撫でられて俺に力をくれる。


手紙が懐で存在を強く主張して、俺は笑う。


『弱いお前に俺は救われた、今までありがとう。』


「相変わらず、団子は馬鹿だ。今そんなこと言われても、返事なんてできやしないだろうが。」


嫌になる、そんな事にして何も守れない、何も救えやしない。

大事なものが、気づいた時には消えてしまう。そんな当たり前なことを教えてもらったって言うのに、俺はいつの間にか忘れてたらしい。

結局俺は何も出来なかった、あの女に殴られていた時と同じ弱い自分のままだ。


でも、今度こそ俺は守る。君を守って見せる。

だからまだ居なくならないでくれ、そんな苦しそうな顔で笑うな。

お前が一番似合うのは、心から笑った笑顔以外にある訳ないだろう?

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