第22話 「そんなことはしない!」

瑠の呟きなど露知らず、声の元に走る花菜。


持っている笠を素早くつけ麻を顔の前に垂らし、キツく紐を締めた。


「おい、アレなんだよ。」


「ヒデェ、ボロボロじゃねーか。」


下の階に降りればザワザワと宿の外が騒がしく人集りができている。


そんな様子を少し離れたところから見れば、少し聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。


「違う、師匠がそんなことはしない!みんなもわかってるでしょ?師匠がそんなことするわけないって!」


あれは……琥珀さん?


ものすごく嫌な予感がする。しかも隣に立っているのはお師匠さんだ。


「すみません。少し通してください。」


野次馬となってる人垣をかき分け、皆が集まっている中心に行く。

ふっと鉄の臭いがした。


「この臭い……まさか。」


近くに行けば行くほど鉄の生臭い臭いとねっとりとした風が通る。

そして見えたのは、所々が紫に爛れて倒れている男女がのたうち回りながら絶叫していたあまりに惨い光景だった。


「ガァァアァッッッ!!」


「ウギィギ……!」


ヒュっと喉から音が聞こえ、手がブルりと震える。喉の奥から胃のものが全て出てきそうで口元を抑えた。


白い麻では目の前を隠すには物足りなく、全てが見えてしまい不快感と吐き気が凄まじくなる。


見たくないのに目が閉じられなくて頭の中がグチャグチャしそうになったそんな時……

――目の前が暗くなった。


「花菜、もう見なくていい。」


「……瑠さんすみません。」


どうやら瑠さんが麻の隙間に手を入れて目を塞いでくれたらしい。さっきまでの不快感は無くなって何時もの落ち着きと安心感を取り戻す。


「花菜は此処で待っていろ。」


「瑠さん、私はもう大丈夫。それよりも琥珀さんが心配なんです行かせてください。」


お願いっと目を塞ぐ手を優しくとる。瑠さんはその手を強く握りしめて「仕方ない。」と言葉を漏らす。


「だが絶対に俺から離れるなよ?」


「もちろんです。約束します。」


その為に私の方からギュッと手を強く握りしめる。

瑠さんは、手を引っ張りズンズンと真っ直ぐに琥珀さんとお師匠さんのところに進む。

そんな様子に周りがさらに騒がしくなった。


凄いな、全然動じてないんだけど。この人実は心臓に毛が生えているんじゃないかな?


「おい、何があった。」


「え、アンタはそれに花菜まで。」


「琥珀さん何があったのです?」


そう聞けば凄く泣きそうな顔をして私の手を取る。瑠さんの手を剥がして。


「ね、ねえ花菜ちゃんどうしようっ。このままじゃ、このままじゃ師匠が!」


お師匠さんが?さっき確かになにか言っていたけど、分からない。この惨状とお師匠さんに一体なんの関係が?


「おい、そこの者ども!物見遊山なら散れ!今からそこにいるもの達の保護をするから邪魔だ!」


「花菜少し退くぞ、この街の警備隊だ。お前もだ、さっさと行くぞ。」


「あ、あたしは師匠のそばに!」


「琥珀さん。」


「なんだよ花菜ちゃん!アンタも離れろって言うのかよ!」


「いまは退きましょう。でなければお師匠さんが困ってしまいますよ。」


もう既に、お師匠さんの姿が見えない。多分だけど警備隊の人に連れていかれたんだろう。


このままここに居ても仕方がないし、それにお師匠さんは無事だ、まだ。


「お願いします。一緒に来てください琥珀さん。」


琥珀さんの目を見れば、その名の通りの甘い琥珀色の瞳が濡れて見える。

だが焦燥感に駆られた色はだんだんと瞳からは消え、深い悲しみが宿るのがわかった。


「……うんわかった。」


「取り敢えず宿に戻るぞ。ここじゃ話せん。」


「はい。」


私達はそれから一言も話さずに宿に戻って行った。



****


「――それで、何があったのか話せますか?」


私たち3人は私の部屋で話すことにした。

瑠さんのところは散らかっているし、色々と危ないからね。


先程までずっと泣いていた琥珀さんは、落ち着きを取り戻し始めたタイミングで聞いてみる。


琥珀さんは少し俯けば、ぽつりぽつりと話し始めた。


「あれが起きたのは、あんた達が宿に向かって直後のことよ。あの時あたしと師匠は夕飯の買い物をするためにここの近くにある商店街に来たわ。そしたら、前を歩いていた恋人がいきなり倒れて、あんなこと、にっ。」


苦しそうな声出して前に屈む琥珀さんの背中を優しくさする。


「あの人達っ、師匠の店の薬を持ってたって、でもっあんな薬師匠は売ってなんかないっ!だってあの薬の材料、あたし知ってるわ!」


ガバっと顔を上げて掴みかかる琥珀さんをさっきまでは珍しく聞き役に徹する瑠さんが聞いた。


その材料は、国が指定する違法薬物の材料では無いのかと。


「――!ええ、そうよ。あたしは昔師匠に教えてもらったのよ。その植物を使う薬は医療にはとても優秀で、万能薬の様な効能を持つけど、使い方次第ではとても危険な猛毒になるって。さっきの人達みたいに紫に爛れて体全体に強い痛みが走るみたい。」


それってなんだがとんでもないのでは?でもそんな万能薬みたいなものって一介の薬剤師が手に入れれるものなのかな?


「いや、国に指定された植物を扱うには高度な技術と、国の試験に合格する必要がある。資格がないのに扱うのは重罪だ。」


「でも、師匠はとても優秀だから多分だけどもっているはず。それもここらでは群を抜いているほどね。」


「なんかそれって――」


泉さんの時と似てる気がしている。


街一番の高級宿屋と群を抜くほどの優秀な薬屋。

そして――


「瑠さん……」


「ああ、嫌な予感がする。取り敢えず今日は2人とも休め。そして花菜はこの部屋からあまり出るな、いいな?」


「はい、琥珀さん。今日は私の部屋で一緒に寝ましょう?」


「え、うん。それはいいけど、一体何がどうなって……」


そして違法と言われている物の売買。

この街でも長い夜が始まる、そんな予感がする。


私の脳裏にはあの男がチラついて、無意識に静かに震えた。

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