第27話 「どうして?」
「それで瑠さん、一体今まで何処に行ってたんですか?」
もうこの際盗聴の件は後回しにしよう、今は変態のことよりもお師匠さんと姪さんが先決だ。
「……そんなことよりもそこに居る奴は敵だろう?」
「今は利害の一致した仲間です。」
瑠さんの冷たい吹雪にようなものは弱まることなく紅兎さんに降りそそがれている。
「ま、そんな警戒なさんな。実際アンタが聞いてた通り、俺はこのお嬢さん方にボコボコにされただけなんだぜ?」
心外な、あなたならいつでも逃げれたでしょうに。
まるで私たちを蛮族みたいな言い方、やめていただきたい。
「いや、いきなり人の頸動脈に刃物当てて脅すやつを蛮族と呼ばないでなんて言うの?」
知らんなそんなこと、そんな遠い昔のことなど忘れた。
ふっと笑いながら窓の外を見る。あ、雀の夫婦みっけ。
「ほんの一時間前の出来事だからね?何カッコつけてんだよ?」
「と言うかさっきの盗聴について触れなくていいの?」
「それでもう一度聞きますが瑠さん、一体どこに行っていたのです?」
「え、無視?」
琥珀さんが騒いでいる気がするが今は後回しだ。
そもそもこんな遅い帰りだなんてなにかあるに決まってる、しっぽを掴んでやるぞ瑠さん。
そう意気込む私を見て頭をポンと叩く男が1人、紅兎さんだ。
「そう野暮なこと聞かねーほうがいいぜ花菜ちゃん?男には女に黙って行きたい場所ってとこがあんのさ。」
そう言った紅兎さんの顔はどこか達観していて、反対に琥珀さんの頭からはハテナが飛んでいた。
因みに私はそこまで純粋では無いので、今ので瑠さんがどこに行ったかが分かり少しイラッとした。
「変な言いがかりはやめてくれ、少しここの薬師組合に行ってただけだ。」
そっか薬師組合に行ってたのかー、変な誤解しちゃった。本当にごめんなさい瑠さん。
……ん、今瑠さん何処いったって言った?
「だから、薬師組合だ。」
「は、はぁあああ!?」
え、ずっとどこに行ってたかと思えば敵の総本山に行ってたってどういうことだ!?
瑠さんの自由さに慣れてきた2人も、これにはさすがに驚いたのか瑠さんに詰め寄る。
「おーい旦那、もし何かあったらどうしたんだ?」
「無謀過ぎじゃないの!?アンタさてはアタシよりバカでしょ!」
温度に差があるとはいえどちらも心配しているのが少し和から外れたところで見てもわかった。
しかしそこは瑠さん。そんな気持ちなど一刀両断してピシャリと言う。
「五月蝿い、俺も無防備でいちいちそんなところに行くか。だがお前たちのようになんの証拠もなしに軍に駆け込んだところで門前払いに決まっている。」
「そうなったら実力行使あるのみよ!」
「このじゃじゃ馬娘!そう直ぐにそっちに走るのやめろ!」
ふむあの二人は放置として、瑠さんの言う通りこのまま軍に行ったところで追い返されるか、あのお方様とやらに手の回されているものに襲われて始末されるかだ。
「それで証拠でも見つかりましたか?」
「それらしいものはあったが、調べる前にそこの奴が来たせいで調べ損なった。」
「ウッグ!」
ジトーとした瑠さんの目線をくらって目を必死にそらす紅兎さん。
ある意味瑠さんの行動を妨害することに成功しているが、本人は嬉しくなさそう。
「あー、それらしいものとは何かありましたか?」
「ああ、まあ証拠は少しでいい。あとは軍部の連中に叩きだすか、鍵どもに言えばあとは終わりだ。花菜、少しあの懐中時計を貸してくれるか?」
「は、はいココに。」
私は懐から手を入れ、鈍い金色に塗装された懐中時計を取り出す。
これは莉さんから貰った軍部に繋がるためのものであり、お守りとしてもっていたものだ。
それを瑠さんに手渡して、気なっていたことを聞く。
「鍵はまだこの件を知らないんですかね?」
「多分だが他のところでもやってるんだろうな、その数が多すぎて対処しきれないんだろう。鍵は数が少ないからな。」
なるほど、じゃあここが知られるのも時間の問題ってわけか。
でもそんな悠長にしてられない。紅兎さんの姪さんのこともあるし、お師匠さんの無事も確認できない今絶対に安全とは言いきれない。
「じゃあこう言うのは?チームを作ってそのチームで別行動すれば早く終わるわよね!」
「そうですね。人選にもよりますが、瑠さんと紅兎さんはどう思います?」
琥珀さんが珍しくいい案を出したのに少し驚きながらも、私も同じことを考えていたので反対はしない。
「構わないが、花菜は行かせられない。そこの男と俺が行ってくるからお前たち2人は居残りだ。」
「おっちゃんもそう思うが、旦那が証拠集めして俺が人質を奪還するにしても場所がわからんぞ?それにせめて鬼っ子は連れていきたい。」
どうやら二人はこの案自体には賛成だが私は居残りの方針になっているらしい。
琥珀さんは姪さんに投与されている薬の解毒剤を探すために連れて行くことになりそうだ。
まあ、私は戦闘力なんてないから足でまといになるし仕方ないから残るしかなさそうだね。仕方ないから!
ムッとしている私を他所に男二人の会話は続く。
「人質の場所ならわかっている。既に調べた。」
「なに!それは本当か!?」
「耳元で叫ぶな鬱陶しい。……本当だが警備の人数が多い。あそこで騒ぎを起こすわけも行かないから場所だけ把握したら直ぐに離れた。」
「そ、そうか、それで場所は?」
「場所組合所の最下部にある『投薬実験室』のところだ。その場所なら解毒剤も近くにあるのは間違いないだろう。」
ヤバい、瑠さんが有能だ。
さっきまで盗聴してたとは思えない有能っぷりに私と琥珀さんは舌を巻いた。
と言うかこの短期間にそこまで調べあげるなんて。
「瑠さんって、本当は残念イケメンではなくできるイケメンだったんですね。」
「いきなり何を言ってるかわからんが、今まで馬鹿にされていたことだけはわかった。」
近ずいて来た瑠さんにぎゅむっと頬を引っ張られる。
瑠さんの方がもっと失礼なこと何時も言ってたくせにー!
「アンタらイチャつかないでよ。こっちが熱くなるわ。」
「まあまあ、いいじゃないか若い子たちで。」
いや、見てないで助けろ!
****
「行動は夜。それまでに準備は済ませておけ。」
その後、この宿屋の女将さんがここに乗り込みたっぷりと叱られて別の部屋に移動した。
そこで作戦をもう一度練り直し、決まったのでその時間まで休憩と準備をすることにした。
私は居残りである。
「花菜、少し良いか?」
「どうしました?」
私は紅兎さんの襲撃と尋問のお陰で眠れずじまいだったので、時間までに寝ることに決めた所で瑠さんに呼び止められてしまった。
琥珀さんは既に寝てしまったが、部屋の主って一応私だよね?
「ここで話してもいいが、とりあえず俺の部屋に行こう。」
そう言われて瑠さんに手を取られる。
部屋自体はすぐ近くだがなんだが瑠さんの手の熱が伝わってきて背中がムズムズしてきて、部屋が遠く感じた。
「――それで話とはなんですか?」
「ああ、その前にだ……」
「え、わっ!!」
ドサッと思いっきり腕をいきなり瑠さんに引っ張られたので、文句を言おうとした瞬間、
なにか黒いものが私の笠を弾き飛ばした。
「……え?」
これって、まさかあの
なんでこんなものがいきなり頭の上スレスレに飛んでくるんだ!?
いや、現実逃避するな。そんなの理由なんかひとつしかない。
――敵襲だ。
「りゅ、瑠さんっ!」
「花菜、動くなよ?……さっさと出てこい、このコウモリ。一体何が目的だ?あんな茶番までしといて。」
瑠さんは天井に向かって冷たい視線と共に放たれた凍える声に無意識に震え、瑠さんの裾を握りしめる。
コウモリって、一体何を……?
混乱している私を他所に天井の板の一部が動く。
そこから見えたある人物に、私はクギ付けになってしまった。
「――あーあ、やっぱりバレていたのか残念だなー。」
「ハッ、あんなバレバレの演技で本当に俺を騙せるとでも?自惚れすぎだな。」
場に合わない明るい声が耳に触れ、ガタガタと震え出す。
そんな、そんなどうして……?
絞り出した声が部屋に小さく響いた。
「なんで、ですか?紅兎さん。」
ヘラりとした笑みに特徴的な無精髭は、紛れもなくあの人で唖然としてしまう。
「んー、やっぱ花菜ちゃん可愛いね。そこの旦那が隠したくなる気持ちも分かるわー。」
私のそんな疑問に答えることなく雰囲気に似合わない、いつものテンションで戯言を抜かす。
しかし瞬きの一瞬に、紅兎さんは地面に叩きつけられていた。
そんな中でも、私に頭には先程弾き飛ばされた笠が確かにそこにある。
「――ガッ!!」
「花菜を見るな、下衆が。こいつをいじめてそんなに楽しいか?」
「ハ、ハハ。やっぱ強ぇーわ……」
瑠さんの手に握られた刀は紅兎さんの急所近くの地面に刺さっていて、いつでも狩られるようにされている。
「ど、どういう事ですか?瑠さん。」
「……こいつに人質になっている姪なんか存在しない。こいつの姪は最初っからあの男とグルだ。」
「はっ……?」
人質の姪なんか存在しない?
なら私は最初っから騙されていたって事?
「そうそう、最初の最初っから嘘なんだよね〜。いやー、性格と表情の情報操作!でも花菜ちゃんの推理力は凄かったね!
言っとくけど、あれ自体は本物だよ?ま、俺が参考にしたモデルのことだけど!
それに姪だって居るよちゃんと、でもその姪が俺の依頼主で人質では無いんだけどね!」
……どうしてそんなに明るく言えるんだよ?
私はあの時、本気で姪さんを救うつもりだった。それが全部嘘?
じゃああの時一緒に瑠さんを心配したり、喧嘩したり、言い合ったりしたのも全部、私にみせていた嘘だっていうの?
「そういうこと!まあ、おっちゃんはコウモリだからね、嘘はつき慣れちゃってんの。」
「う、あ……」
私の目の前にいるこの人は、これが現実だとでも言うかのように嗤う。
絶望にも似た感情が胸の奥を支配した。
ああ、そっか、私こんなにも紅兎さんを信用してたんだ。ここに琥珀さんがいなくて本当に良かった。
……でも私だって、聞きたくなんて、なかったな。
「だから「――おい。」」
耳を塞ぎたくなるような声に、あの声が遮る。
いつも聞き慣れていて、誰よりも信じられるるあの人の声。
「俺はもう茶番に付き合ってられるほど暇じゃないんだ、さっさと言え。何が目的だ?」
紅兎さんの喉元に刀を突きつけ、氷の面でも被っているかのような無表情さに、私は恐ろしさよりも安堵した。
心で何時も思っていたことが溢れ出る。
目元が熱くなるのを感じながらも、瑠さんを見ることをやめない。
ねぇ、瑠さん。
貴方は私の味方で居てくれますか?
その優しさに、漬け込んでもいいんですか?
――こんな私を、どうして貴方は守ってくれるのですか?
声なき声で聞くが、当然ながらその答えが帰ってくることも無く、頬に一雫の哀が流れた。
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