033

「三人で行ってきてくださいよ」


 お土産お願いしますね、と。

 今日は冬暇祭の初日。屋台も一番多く賑わいを見せていて、他国から大道芸人までやって来て大賑わいだ。

 ふとペトラが口にした「賑やかですわね」と言う言葉を、カウンタースタッフは聞き逃さなかったのだ。


 祭もあってかギルドは閑古鳥が鳴くかと思うほど暇で、むしろ外の祭りの声の方がうるさいほどだ。

冬特有の魔物が増えるとはいえ、冒険者も祭りを前にしたら楽しみたいという気持ちが勝るのかもしれない。


「でもいーの? ギルド……」

「いんだよー、ノーンちゃん。ほら、奥の部屋のイリアル様引っ張り出して、沢山食べてきな! あ、ほら割引券あげるよ」

「わぁい!」


 勿論ギルドに今残っているのは彼だけではない。年末の人が少なくなる時期で給料も上がっているため、独身や金のないスタッフはこぞって出勤している。


 ノーンはペトラを引っ張りながら、奥のギルド長室へ向かった。イリアルは珍しく出勤しているが、部屋に入るなりソファに倒れ込んで寝始めた。

 昨晩も遅くまで出掛けていたのだろう。それが女なのか殺人なのかは二人は知らないが、イリアルが無事に帰宅しただけで充分なのだ。


 部屋をノックして入れば、未だに寝ているイリアルが居た。ペトラが部屋を出る前に掛けたブランケットもそのままで、すうすうと寝息を立てて眠っている。

こうして寝顔だけ見れば大層な美貌の持ち主なのだが、起きている言動を考えると不思議になってしまう。


「起こしますの?」

「勿論だ。我は金がない」

「わたくしが出しますわ」

「よいのだ! こういう時はやつに奢らせてやろう」


 随分二人で賑やかにしていたせいか、イリアルは既に目覚めていたようで、話し込む二人を見つめていた。

話の内容からして冬暇祭に行きたいと言うのだろう。イリアルが行けば街の人間はオマケをしてくれるかもしれない。


「あら、起きてらっしゃいますわ」


 数分言い合ってそこでようやくペトラが気づいた。ソファに寝そべるイリアルがこちらを見ていたことに。

 ペトラと目が合ったイリアルは、大きな欠伸を一つしてからブランケットをどかす。そのまま起き上がれば、卓上の財布をポケットに突っ込んで扉へとのそのそ歩き出した。

振り返って「行かないの」と言えば、ノーンが見た目相応の笑顔をはじけさせた。


 今回の祭りに関しては、イリアルも行きたい気持ちはあった。――それは勿論、勇者関連で、だ。

 ローゼズの一件から、城に忍ばせていたエレーヌを手元に帰した事により、城内の情報は全く分からなくなった。

だがリリエッタを始めとするスタッフや冒険者達の噂から、今日の祭りで勇者のお披露目があることを推測していた。


「イリアル様から進んでとは珍しいですわね」

「んー、まあ」


 ペトラの微笑みは何でも見透かしているようで苦手だった。屋台に浮かれて前方で飛び跳ねているあの魔王の母に比べても、だ。

恐らくペトラはわかっているのだろう。イリアルが動く理由を。ギルドの仕事を手伝い始めた彼女だから、イリアルの入手していた情報も既に耳に入っているはずだ。


「お目当てはですの?」

「私はたまにペトラが怖い」

「あら、うふふ」


 数日前、王直属の騎士団が狩猟に駆り出されたと言う話があった。しかもそんな精鋭達が狩った相手は、弱小魔物だと言う。ギルドでも入りたての人間が着手するような、金にすらならない練習道具の魔物。

下手すれば狩りに手練た一般人ですら狩れそうな魔物だった。

 資料を読んだ時はイリアルも不思議に思った。国の金を無駄なことに使うものだ、と放り投げた。

 しかしよくよく聞けば、狩ったのではなく捕ったのであると。そこでようやくイリアルは理解したのだ。

これは宣伝デモンストレーションなのだと。


「一般人にでも狩れる魔物」

「王族に仕える魔術師がちょーっと幻術か何かで細工すれば、完璧ですわね」


 イリアルを含むスポンサーからの支援はばっちりだ。魔術師達もそんな程度の仕事、簡単に成し遂げてくれるだろう。

 なんて会話しながら歩いていると、中央の広場が騒がしくなった。少し小高いステージから勇者の姿が確認できる。こんな人混みからでも見れるのは、二人より背の高いイリアルだけだ。


「始まったみたいだよ」

「まあ、この人だかりですと行けませんわね」

「ノーン」


 イリアルがノーンを呼ぶと、大量の料理を小さな腕で抱えたノーンが歩いてきた。見境ないというか遠慮がないというか。食事は《死体》を食うことで成立している彼女。本来こういった人間の食事は不要で、食べても蓄積されないのだが、ノーンは趣味として楽しみとして食べているのだ。

 今頬張っている鶏肉の料理を飲み込むと、食べかすだらけの顔で微笑んだ。イリアルのしたいことを汲み取って、瞬時に魔法を展開する。


 三人の体がふわりと浮いて、中央広場のよく見える建物の屋根へと着地する。イリアルは広場を凝視し始めた。

《イベント》の始まりであった。

 ペトラも広場のイベントを見つつ、ポケットからハンカチを取り出してノーンの口周りを拭いた。傍から見れば、姉と妹である。


「民衆よ、よく聞くのだ!」


 魔王が降臨した、そして勇者が召喚された、などとパーティで聞いたことと変わらぬ内容を話す。

 勇者が呼ばれて登壇すると、異変が起きた。空が暗く――否、魔物の大群が襲ってきたのだ。


「派手だねえ」

「これくらいしなくては。イベントですもの」


 魔物――使役されている魔物達は、怯え逃げ惑う民衆を襲う訳でもなく、真っ先に勇者達の元へ突っ込んで行った。

 聞いていた通り魔物は弱い魔物ばかりだった。見た目こそしてあるものの、冒険者達が狩る魔物と何ら変わりはない。


 立ち回りで勇者達は魔物を撃退し、辺りは歓声に包まれた。

予想通りといえば聞こえはいいが、これは全て国が仕込んだ劇だ。民衆は盛り上がり新たな勇者の召喚に喜んでいる。しかしある程度経験があり魔物と対峙したことのある冒険者たちならば思うところがあるはずだ。この子供らに未来を任せてよいのか、と。


「別に期待してたわけじゃないけど、想像以下だな」

「そうだな。思ったよりも進展はしてないようだ。今は愚息も我のせいで弱っておるが、一割程度の魔力で捻り潰されてしましそうだ」


 を見終えると、ノーンはみんなを屋根から地上へとおろした。

 王直属の騎士団や魔術師がサポートしている時点で、実力自体はまだまだ国の人間のほうが遥かに上だ。これからどう成長していくかは、彼らと教える人間次第なのだが――はたして。

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