025

 ノーンが現在に戻ってくると、廊下には床に伏せるノナイアスと、一応それを心配そうにして側に待機しているレヴォイズが居た。

当然だがペトラ、そして暇になったイリアルが駆け付けていた。


「主様、何を……?」

「其奴の魔力を全てもろうた。暫くは動けまい。――レヴォイズよ」

「はい」

「リエーラ夫人を呼べ。貴様も幹部招集などで子守りの時間が取れまい。彼女ならば愚息の教育を喜んで受けるだろう」


 リエーラ夫人とは、数々のノナイアス達を教育してきたスパルタな女性だ。狼男とサキュバスのハーフという、悪魔から見れば下の階級だが腕は良い。

 ノーンは魔族を階級や家柄で見ない。

腕が良ければそれでいいのだ。

 実際レヴォイズも元々は低俗悪魔出身であるし、ノーンが彼の才能を見出さなければ勇者に一掃される雑魚のひとりのままだっただろう。


「御意」

「イリアルがパーティ会場に戻ったら、魔法を解き、去ね。その愚息の顔を次見る頃には、分別を弁えられるようにならなければ殺す。夫人にもそう伝えよ」

「は。承知致しました」


 一息ついてイリアルとペトラを見る。ペトラは呆気に取られているようで、口を開けたままノーンを見ていた。

イリアルも初めて見たノーンの威厳ある姿を、ニヤニヤしながら眺めている。本当にこいつは魔王を産んだ存在なのだと、痛感したのだ。


「紹介してくれよ、アルジサマ?」

「全く……」


 ノーンから嫌そうに説明を受け、満足したイリアルはパーティ会場へ戻った。定位置になっていたソファに再び座り、サイドテーブルに置いていたシャンパンを手に取れば時が動き出した。

 レヴォイズがノナイアスを連れて、また魔王城へ帰ったのだろうな、とぼんやり思いながらくだらないパーティを眺めている。


 誰も彼女へ声を掛けないし、寄付金のお願いもしにさえ来ない。シャンパンを飲んで、時たまやってくる美人のウェイターを抱ける訳でもないし、徐々に飽きてきた。


「ねぇ、ちょっと」

「あ、は〜い♡」

「私の家族が呼ばれてないんだ。国王に文句を言いたいんだけど……」


 いい感じにイリアルのご機嫌を取れていると思っていたウェイターは、急に顔色を変えた。

イリアルから発せられた言葉が、彼女に対する口説き文句ではなくて、王に対する不満だったからだ。その気になれば国すら傾けられる女だ。そんな彼女が不満を述べているのだ。驚き顔色も変わる。


「ヒッ……し、失礼致しました!!! い、いかがいたしますか!? 今から呼びますか……?」

「なんだ、呼んでいいの? 招待状に名前ないけど」

「も、問題御座いません!! 全ての者に通達しておきますので……」

「あ、そ」


 このパーティは勇者との交友というのもあり、昼間のティータイム(という名の飲酒)から始まり、夕飯を食べる時間まで行われる。

 もちろん仕事などの予定がある者は帰っていくが、王が――国が開催するパーティなのだ。大抵の人物は帰らない。

かくいうイリアルですら、一応居ようとは努力しているのだ。

とはいえたった一人で居るパーティ以上に、暇なことはない。


「あ、あの、ご家族様のお名前を伺っても……?」

「ノーンとペトラ」

「承知しました……」


 五分もしないで目を輝かせたノーンと、保護者さながらのペトラが会場へ着いた。早いのも当然だ。既に城に居たのだから。

 イリアルからの通信を得て、門へとすぐさま回った。余りにも早い到着に、衛兵は驚いていたがイリアル関連の人間に詮索など野暮というもの。

黙って会場へと通せば、彼らの仕事は終わり。命も減ることはない。


「こ、これ全部たべていいのぉ!?」

「うん」


 人の居る場ではしっかり容姿通りの幼女の振りをするノーン。しかし目の前のご馳走があれば、恥やプライドなんてものは存在しない。

 テーブルに置かれた軽食を頬張る主人ノーンを差し置き、ペトラはアルコールのない飲料を手にしてイリアルの横へ座った。


「……お話されましたの?」

「いんや。大臣から私のことを既に吹き込まれてるみたい」

「あら……残念ですわ」


 だがペトラとノーンが来たおかげで、その雰囲気も変わりつつあった。あの二人が大丈夫なら……となりつつあった。そうなったところで、イリアルを囲む頭のおかしいやつが増えたことには変わりないのだが。


 日も完全に落ちた頃、大臣の合図でパーティはお開きになった。談話室で休憩を経て、夕食である。一応イリアル達も移動してきたが、正直ノーンも軽食を楽しんでご満悦だし、帰りたいという気持ちがあった。


「お伝えして参りましょうか? 先に馬車へ行ってくださいまし」

「んじゃおねがい」


 ペトラが幹事の元へ行く前に、向こうから驚くほど早い足取りでやって来た。ノーンが軽食を荒らしたこともあり、イリアル関連の人間はあまりいい人達ではないと分かったのだろう。

 地獄耳なのかそこそこ遠い距離の場所に居たはずだったが、幹事はまるで向こうから懇願するようにイリアル達の願いを聞こうとしていた。


「お帰りでしょうか!」


 ニコニコと笑顔で言ってくる。余りにも帰って欲しいオーラが強いせいで、イリアルも苦笑する。せっかくならば迷惑でも掛けてみるか、と悪戯っぽく笑った。


「あぁ。私のところには挨拶に来ないようなんでね」

「え?」

「勇者のお披露目だろ。身内を一緒に呼ばない上に、勇者の紹介すらないとは。王族も大層……私を公の場で馬鹿にしたいらしい」


 失礼する、と断りを入れて歩き出すと、後方で明らかに焦っている様子が伺える。イリアルには近付かなければ問題ない。そう言っていた幹事の采配が間違いだった。彼女はそう言っているのだ。


 正直これが勇者のお披露目会だったから、イリアルはこう言える訳だ。これが王の新たな子供の誕生や、ただのパーティだったらイリアルは足を運ぶことすらしないだろう。

 今回来たのは自分の仕事と関わりのある人間が紹介されるからだ。契約しているノーンとも関係があるし、この世界の存続にも繋がる重要人物だったから。

そもそもその辺りを知っても知らずとも、社交場が嫌いなイリアルが、女のためではなく自ら足を運ぶ時点で察してほしいものだった。


「い、いまご紹介致します!」

「あ、そ」


 情けなく走りながら、勇者達を召集して「挨拶してこい!!」と怒鳴る幹事。ノーンはその一連を見ながらくつくつと笑った。

まるで魔王のようにわがままで、他人を翻弄する様は面白可笑しいのだ。いっそこのことイリアルが魔王になれば……なんて思ったが、ノーンはその思いを黙っていた。


「彼らが召喚されし勇者で御座います」


 ぎこちなく跪く様子から慣れていない様子が伺える。それも当然だ。彼らの来た世界では、こういった上のものに跪いたりする行為はめったに無いのだから。

急ぎで伝えた作法のせいで、幹事が目をつむりたいほど雑だ。


「ふーん。ペトラはどう思う?」

「そうですわねぇ……。彼らの召喚は本日ですの? 余りにも礼がなってませんわ。職務怠慢ですわね」

「うぐ……」


 わざと煽るように言うと、イリアルはニコニコし始める。ペトラは今まで周りに媚びへつらってきただけあって、イリアルの思っていることを汲むのが上手い。

こうやって故意的に相手にストレスを蓄積させ、勇者達を激昂させようという魂胆だ。それは悪役令嬢さながら。

 最後まで我慢できていれば、よく出来た勇者だ。しかしこういったある程度の力を得た人間は、たとえイリアルのような権力者であっても馬鹿のように突っ込んでくるのだ。

特に自分が正義だと思っている人間は。


「行きましょうイリアル様」

「うん」

「待てよ! さっきから……っ」

「アツシ! やめろ!」


 隅に一人熱血漢のような若者が居たのをイリアルは分かっていた。イリアルが去ろうとした時、五人の中で突っかかってきたのは彼だった。そしてそれを止めている少年・コウ。

この五人の中では、自然にリーダーになっているのが彼であった。彼は王の言いつけを守り、どれだけ言われようが我慢をしてきた。

イリアルが今後の魔王討伐に向けて必要だと分かっていたからだ。


「どうされますか?」

「んー、ま。及第点じゃない?」


 今にも飛びつきそうなアツシと、それを抑えるコウ。女子達も心配そうに見守っている。

このタイミングでコウが止めなければ、イリアルは完全に今回の寄付の話を切っていただろう。

 イリアルはペトラに手を差し出した。ペトラはクラッチバッグから紙切れ――小切手を取り出した。ペンも添えてイリアルへと渡す。

イリアルは手慣れた様子でそこに金額を書いて千切り、それを幹事へと渡した。


「定期的に渡すよ。今回はそこの若い少年に免じて許そう。じゃ、私は帰るね」


 小切手には、今回パーティで呼ばれた貴族達全員分の寄付金をまとめても及ばぬ、高額な金額が書かれていたという。

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