026

「ペトラちゃん、お客さん来てるわよ」


 リリエッタがそれだけ伝えて再び受付へ戻る。それを見送ると、ペトラとノーンは顔を見合せた。

 ペトラの知人はたかが知れている。主な彼女の知り合いならば、今傀儡としてノーンに忠誠を尽くしているし、学校でもさほど友人という友人を作って来ていない。

となれば――


「はあ……」

「ご、ごめんなさい、ペトラちゃん……」

「いえ。構いませんわ。次から通さないで頂ければ結構ですわよ」


 ギルドの待合所で待っていたのは、この冒険者で賑わうギルドに似つかわしくない貴族の服装。苛立ちを隠せない顔で辺りを見渡しているのは、誰がなんと言おうとヒルシュフェルト家の人間である。

 国王権限でペトラとヒルシュフェルトを離縁させたと言うのに、彼らは納得しておらずこうして定期的に顔を見せに来ては、復縁を促している。

もちろんペトラは戻る気などさらさらなく、毎度断っているのだが、彼らにとって都合のいいを失ったことが大きいのだろう。


 しかし少し考えれば、何度も押しかけイリアルに迷惑を掛けていると分かるはずだ。今やペトラはイリアルの家の人間。レスベック=モアに迷惑を掛けたとなると、今後のヒルシュフェルト家の存続にも関わるだろう。

 だがそれに気付かぬ程には彼らは愚かで、そして目の前の利益にしか興味が無かった。


(わたくしは今までこんな肥溜めに居たのね)


 いつもペトラは冷めた目で見つめながら思う。

重い足取りで元家族が座るテーブルへ向かおうとすれば、肩を叩かれた。振り向けばそこにはノーンが居た。

 ギルド長室で一緒だった時の、幼女体ではなく女性モードのノーンだ。ペトラですら惚れ惚れしてしまうその美貌で、ニコリと微笑む。


「私も行くわ」

「ですが……」

「いいじゃない、面白そう」

「楽しまないでくださいまし!」

「うふふ」


 ペトラがテーブルに行けば、その愚かさは更に浮き彫りになる。乞食よろしく何かを強く求め押し通さんとしている。

ノーンという美女がいようがお構い無しだ。おのが要求を通すまで返さぬ、と。


「わたくし、イリアルの秘書で御座います。初めまして、ヒルシュフェルト様」


 イリアルの名を聞いた途端青ざめた。ここまで来ておいてようやく自分達の行った失態を理解したらしい。ペトラからため息こそ漏れなかったものの、心底呆れていた。

 元家族達は、そそくさと逃げるように帰っていく。それを見送りながら、ノーンは口を開いた。


「始末しなくていいの?」


 まだ周りにいるせいで、口調は美しい女性のままだったが、内容は物騒である。ペトラはそんなギャップに笑った。

 ノーンとしては、ペトラがまだまだ甘いと思っていた。自分の家族を殺せぬほど腑抜けてるものだと。


「もうすぐですわ」

「もうすぐ?」

「ええ。現在ヒルシュフェルトの書庫を、ライマーに読ませておりますの。ルシオとアウリには武器庫になにか使えるものがないか探させておりますし、フレデリカの作っている薬草がそろそろ採集出来そうなのです。完成しましたら、レスベック邸で生育させてもよろしいでしょうか?」


 微笑みながらペトラは言う。ヒルシュフェルト家は利用しているに過ぎない。用が終われば、消される運命だ。ただのペトラには何も出来なかっただろう。しかし、今の彼女の手の内には、最強パーティ全員分の力がある。

流石にヒルシュフェルト家の権力をもみ消すとなると、殺しだけでは足りずにイリアルの手を煩わせることになるだろうが、人間を屠るだけであれば今のペトラ一人で十二分だった。


「殺してしまえばコソコソする必要はないんじゃないの? 空いた邸宅は貴女の仕事場に出来るじゃない」

「…………!!!! その手がありましたわね!!」


 キョトンとした顔で至極魔王並の発言をするノーン。そこに気付かぬとは、やはりペトラはまだまだ甘く、ノーンやイリアル側に染まりきっていないと言えよう。


「ねえ、殺しちゃうなら私に頂戴? お腹が減って仕方がないの」

「え……?」


 ペトラは目を疑った。だらしなく口から垂れる唾液、恍惚とした顔。そして空腹。――おかしいのだ。おおよそ昨日、ノーンはをしたばかりであった。少食と聞いていたペトラは、その発言に耳を疑う。

 成人男性であれば、一人喰らえば三日は持つ、とイリアルからもノーンからも聞いていたからである。まるで薬物中毒者のように食べたいと懇願する姿は、異様であった。


「まぁ……良いですけれど、そのノーン様はそんなに食べ――」

「ありがとう!」


 目にも留まらぬ速さで駆け抜けて、ペトラの前から消えていくノーン。こんな主人を見たことがあろうか。

 丁度いいタイミングでイリアルがやって来て、「なんかあった〜?」と腑抜けた声で聞くものだから、ペトラは呆れながら今のことを話した。

流石のイリアルも、ノーンの異常を聞いてそのだらしない態度を改めた。


 先日の一件もあって、イリアルとノナイアスのおもりであるレヴォイズは、意思疎通を図れる手段を手にしていた。と言っても、元々イリアルが持っていた通信器具を渡しただけである。


「レヴォイズに聞いてみるよ」

「そうしてくださいまし」

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