027

「過食症ですね」


 キングサイズのベッドに押さえつけられていたノーン。魔法で作られた魔力拘束具でなんとかノーンを拘束したのだ。そしてここにいるのは、それを見下ろすレヴォイズ。

 ノーンはヒルシュフェルトの人間を食らってから、屋敷のメイドや執事、飼っていた馬など生きとし生けるものを食い散らかした。

暴走が止められず、今やこうして繋がれている状態になった。

 埒が明かないと判断したイリアルは、レヴォイズを呼び、今に至る。


「ノナイアス様の魔力は、不完全とは言え相当量ありますから。それを全て受け入れたせいで、死者を喰らえる容量のタガが外れたのでしょう」

「魔力を減らす霊薬なら、三日ほどで完成予定ですわ」

「それを投与しましょう」


 ノナイアスの眠る数百年の間、魔力と死体食いを節約して生きていた。イリアルと出会う前は死の淵に立つほどの限界状態だった。

 そんなノーンが、腹の子から解放されて、尚且つ膨大な魔力を有した。言ってしまえば、魔力に飲まれたのだ。


「ふん。情けないな、母上」

「というか、レヴォイズ様? どうしてノナイアス様がいらっしゃるんですの?」


 ペトラがノナイアスを睨むと、ノナイアスはレヴォイズの背後に隠れるように逃げた。

とはいえ身長が180を優に超す成人男性体型であるが故に、全く隠れられていない。

 動き回れる程度には魔力が回復したようで、レヴォイズに付いてきたのだ。


「ペトラさん。私に対して様など付けなくても結構ですよ。お互い主様に認められ仕える身、仲良くしましょう」

「あら、嬉しいですわ。ありがとう御座います。では僭越ながら、レヴォイズさんと呼ばせて頂きますわね」

「ええ。……ノナイアス様に関してですが――」

「嫌だからだ!!!!」


 レヴォイズに隠れながら、ノナイアスは叫んだ。つまり、魔王城に居たくないからだ。魔王城にいれば、教育係に捕まり悪魔の教育が待っている。

 魔王に必要な教養を教わるのだから、悪魔的でも当然なのだが。しかしノナイアスですら嫌がるのだから、ノーンの紹介したリエーラ夫人という悪魔は相当スパルタなようだ。


「やはり生まれたてという訳ですのね」

「そうなりますね」


 従者2人に嘲笑われ、悔しい思いをするも反論できないノナイアスであった。




 夜中。

誰もが眠りについた屋敷の中で1人、ノーンが目を覚ました。今晩は心地がよく、頬を撫でる風が彼女を起こした。

 拘束具のおかげで魔力が抑えられているため、昼間よりも気分がいい。自我を失い他者に迷惑を掛けたのはいつぶりだろう、と思い出す。


「起きた?」

「イリアル……」


 ぎしり、とベッドのスプリングが軋み、2人分の体重が掛かる。月明かりが微かに、イリアルの美しい顔を照らした。

ほんのりと漂うアルコールの香りで、ついほんの今の今まで彼女が酒を煽っていたことが分かる。月を肴にでもしてしっぽりやっていたのだろう。


拘束具これは……」

「魔法を使ったのはエレーヌ。ノーンを拘束するには力が少し足りなかったから、レヴォイズが加工したけど」

「そうか……」


 暴走しているときの記憶があやふやになっていた。ペトラに「親を殺していいか」と聞いたところまでは何となく記憶が残っているが、その後はよく覚えていないのだ。

酒に飲まれたようなそんな感覚であった。

 ノナイアスに対してあれだけ威張り散らしていたというのに、なんと情けないことか。レヴォイズが来たのならば、きっと一緒にノナイアスも見に来ていただろう、とノーンは推測する。


「はあ……」

「ここまでしてペトラは必要?」

「何だ、妬いておるのか?」


 イリアルは目を丸くさせた。ノーンから視線を外し、頭を抱えてブツブツ呟き始める。

ノーンの耳には「嫉妬」「そっか」「私は……」なんて聞こえてくる。どうやら無自覚だったようだ。


「安心せい。イリアル、貴様が殺されても同じことをしておったわ」

「同じ?」

「わーかった、わかった。もっと派手に酷く虐めておこう」


 イリアルは普段は誰かに嫉妬される、もしくはイリアルの周りにいる女が別の女に嫉妬し喧嘩しているのは、よく見てきていた。

 だが実際こうして自分が誰かに、だなんてことは滅多になかった。ましてや、相手は半分も年下の若い女だ。

ノーンにとってはいい下僕で、給仕係で、お茶を入れる腕が立ち菓子選びに富んだペトラであっても。


「でも不思議だ。ペトラを殺したいとは思わない」

「ペトラも我と契約しておるからであろう?」

「そういうモノ?」

「うーむ、では貴様の中ではペトラも大事なのでは無いか?」


 言うなれば姉妹だ。大切な共通の友人を取られ、拗ねている大きな姉と、まだ幼さの隠せない妹。

例えにしたとしても酷すぎるが、その関係が似つかわしい。

 イリアルが体の関係抜きでここまで親しくしたのは、実質始めただろう。ギルドの看板娘達もいるが、本性を知って共犯になった子はペトラだけだ。


 自覚をしたイリアルが、翌日から更にペトラに甘くなったのは言うまでもない。

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