014

 イリアルにとって誤算だったのが、アクセサリーショップにノーンも付いていくというからだ。

お前はいつからアクセサリーに興味を持ったのだ。なんて問おうとしたが、あれは単純にイリアル以外の会話相手が出来て嬉しがっているのだろう。

もちろんイリアルも、ペトラの加入が嫌なのではない。

 あんなだらけているギルド長であっても、長は長。そこそこの年月をギルド長としてやって来た身としても、ペトラが優秀なのはよく分かっていた。だからこそイリアルはペトラに褒美として贈り物をしていたのだ。


 と言ってもイリアルがタイプの女でもない相手と、一緒にアクセサリーを選ぶほど出来た人間ではない。適当に近場のカフェで待っていると伝え、金を握らせてとっとと退散した。

 女の買い物は長い。一応女であるイリアルが言うのもなんだが、それを理解している彼女にとってどれほど待たされるかは想定内だった。

カフェにて食事を済ませたら、そのまま居眠りでもしようか。などと考えながら。

カフェ側にとっては迷惑かもしれないが、かのイリアル・レスベック=モアに対して「営業妨害ですので出ていってください」などと言える者は、自殺志願者くらいであろう。


「お決まりですか?」


 メニューボードを睨みつけていたイリアルに歩み寄ってきたのは、カフェの看板娘である艶やかな美女。イリアルが好みそうな美人だった。

イリアルはニヤリと微笑むと、テーブルにメニューボードを置いて女性の方を見る。


「初めてのカフェなんだ。どれも美味しそうだ。おすすめは?」

「うふふ、そうですねぇ……」


 イリアルの獣のような強い瞳で見つめられれば、大抵の女は落ちる。そもそもこの看板娘、イリアルの美貌に気付いて寄ってきたのだから当然である。

 すでに看板娘とを作り出したイリアルは、その前に腹ごしらえ――と娘の言うオススメメニューを注文した。





 食事を食べているところまでは良かった。看板娘が定期的にこちらを見て笑顔を送ってくれる。料理も良く飲み物もバッチリだ。ただの暇つぶしにと思っていたが、嬉しい誤算だった。

 だが天はイリアルの幸せを許さぬがごとく、その平穏な時間はすぐさま消え去った。


「邪魔するぜ〜」

「俺、いつものォ」


 荒々しくドアを蹴り開けて入ってくる若者。すでに座っている先客を無理矢理どかし、テーブルに足を乗せて座り込む。厨房から様子を伺うように店主が顔を出して騒動を見た。客の顔を見て「また来たか……」と言わんばかりの落胆ぶり。


 彼らはここ最近このカフェを悩ましている厄介客だった。

今までゆっくりと食事を楽しんでいた常連達は、逃げるようにそそくさと帰っていく。丁度食事を終えたイリアルは、フォークを置いて遠くからその様子を眺めていた。

 勇敢にも彼らに立ち向かってるのは、あの看板娘だ。


「あの! 毎回困ります。他の方の迷惑にもなりますので」

「え~。なんでえ? 俺オネーサンと仲良くしたくてさぁ。となると、他のやつ邪魔じゃん?」

「そういう人とは仲良くしたくありません!」


 男の気持ちを強く突っぱねると、男はあからさまに怒りを見せる。娘の腕を掴み、「俺が何もしねえからって、調子に乗ってんじゃねえ!」と、自身に引き寄せて怒鳴り始めた。

 相手は男である。流石の勇敢な娘も堪えたようで、男の腕の中でカタカタと震えているではないか。

 そしてイリアルもそれをただ傍観しているほど悪党ではなかった。……と言えば聞こえはいいが、本音はこのあとのお楽しみを約束した娘を傷物にされては堪らなかったのだ。


「オニーサン、そこまでにしなよ」


 見ず知らずの人間に止められた暴漢は、更に苛立ちを加速させる。イリアルの方を睨みつけ、逃げていく客とは違って止めに入ったイリアルに対して怒鳴った。


「なんだオッサン! 口出してんじゃねえよ、部外者は引っ込んでろ!」

「……ね。悪いが先約は私だ。ここじゃ迷惑だから外に出ないか」


 変なところが素直なのか、本当に苛立ってイリアルを殺す気なのか。暴漢は娘を荒っぽく引き剥がすと、仲間を連れてイリアルと共に店の外へと出ていった。


 *


 ノーンとペトラが発見する頃には、阿鼻叫喚というか、血の海というか。兎にも角にも地獄が広がっていた。

主犯の暴漢を残して連れの男達は既に死んでいて、いつものイリアルらしからぬ説教まがいな殺しをしていた。

 両足を砕かれ、自由を奪われた状態で、まるでお小言のように延々とイリアルにマナーと言うマナーを言われ続けている。まぁ最終的にはこの男もイリアルによって殺されるのだが、イリアルはそんな事を考えない。


「ひぐ、いでぇよぉ……ごめんなさい、ころさないで……ゆるしてください……!」


 男は顔中を涙と鼻水と血液で汚し、汚くなりながら命乞いをしている。

イリアルに対する命乞いというものは、無意味だということを知らずに。


「おい、我はこんなに食いきれぬぞ」

「凍結魔法で保存しては?」

「馬鹿者。食べる前に別の死体が生まれておるわ」

「それもそうですわね」


 二人が会話をし始めたからか、暴漢は二人の存在に気付いたようで、今度は二人に向けて助けを乞うてくる。

そのせいかイリアルも二人の到着に気付き、ぼんやりとした顔でそちらを見た。

 ペトラとの間柄を改めてからの初めての殺しだったが、このハイ状態の彼女であっても、ペトラをしっかりと《殺してはならぬもの》として認識できていた。

ノーンと一緒に来たからということもあるが、それでも潜在意識の中でもペトラは自身の仲間という考えがしっかりと根付いていたと言えよう。


 イリアルは再び暴漢に顔を戻すと、お経のように再びマナーを唱え始める。

 ノーンはまだ掛かりそうだと踏んだのか、近場にある一人の死体に触れた。死者の左手レフトオブデッドが死体を吸い取り、灰に変える。少食のノーンからすれば、もうこれで先三日は食事が不要となった。

 助けてくれぬ二人を見て、自分もこうなるのだとわかった暴漢は、腕を振り必死に抵抗をし始める。ここに来てようやく命乞いが無駄であると理解したのだった。

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