054

 戦闘は数時間続いた――と、言えればなんといいことか。

魔王ノナイアスと勇者一行が対峙して数分程度で勇者パーティーは全滅。街はそのまま魔族が侵攻を進め半壊。

 城はレヴォイズによる攻撃を受けて殆どの機能を失った。またその攻撃に巻き込まれて王が死亡。この戦いでの一番の功労者は、もしかしたらレヴォイズかもしれない。


 勇者が死んだ辺りで生き残っていた民の希望がほぼ消えた。そして追い打ちをかけるように殺された王の報告。

住民の瞳から光が失われるのは早かった。


 ノナイアスとしては「勇者はもっと出来るものだと思っていた」らしく、彼は彼なりに相手を考慮して戦っていたのだ。しかしながらそれをノーンが許容するわけでもない。

 ノーンの思惑通りに動かなかった息子に対して怒りを持ち、それをなだめるのにペトラが苦労したのは言うまでもない。


 あれだけ必死に召喚した勇者達は、あっけなく死んだ。

世界は魔王を倒せる新たな勇者を召喚すべく奮闘していた。そしてそれをも魔王側が管理していた。

 神が命じた世界の均衡を保つ方法は崩れ去っていた。今や悪が世界を掌握し、均衡を保ち、世界を回すことになったのであった。






「して、王が死んだことで新たな統率者が必要となったわけだが」


 国のことを話し合うには見合わない体勢でノーンは話す。ソファに寝転がり、ペトラの膝枕を得て、ペトラの手から茶菓子を食べている。

直前に失態についてのお叱りを受けたノナイアスは、そのだらしない親に向けて言いたいことは山程あった。しかし口に出せばお叱りで済むはずがなくきつく口を閉ざす。


「王族に継がせるのはだめなんですの?」

「どうせなら我々の関係者が管理したほうが楽であろう? あ、ペトラ。我、次はあのチョコ味がいい」

「はぁい」

「失礼ながらノーン様。私はイリアル様が適任かと愚考致します」


 発案したのはレヴォイズだった。だからイリアルの「いやだ」という視線はレヴォイズに向く。何を考えているんだこのバカ魔族は、と言わんばかりに。

 以前から王族並に実権を握っていた彼女ならば、今更正式に上に立ったところで何も言われないだろう。むしろやっとか、と納得するかも知れない。

だが周りがどう思おうが、この本人は嫌がっているのだ。


「ぜったいやだね」

「やっぱり……」


 その場にいた誰もが嘆息した。良い代替案は無いだろうかと思考を巡らせる。だが何処にそんな代わりがいよう。

王族のフリが出来て、イリアルと仲が良く、国を回しつつ、魔族とやり取りできるような存在が。


 レヴォイズにしてもこれ以上自分達のことを知る人間を増やしたくなかった。何よりもノーンが嫌がるだろう。

この魔王の母のお眼鏡にかなう人間がいるかすら問題だ。ペトラという存在を聞いた時すら驚いたのに、そんな驚きが短い時間で何度も起きるはずがない。


 王が死ぬことなど想像に容易かったはずだ。以前からそういった人間を仕立てあげておけばよかったのだ。

だが死んでしまった以上どうしようもない。せっかく上手くいっていた話が最初に戻ったような感覚だった。


「…………そんなに私がいいの?」

「え?」

「ひとつ、お願いを聞いてくれるなら、やるよ」


 全員がイリアルの発言を聞いて、全員がイリアルの顔を見た。その表情は、悪巧みをする子供さながら。そしてその場にいた誰もが顔を強ばらせていた。

彼女が微笑むだなんて、どうせろくな事はない。そうわかっていたからだ。


「抱かせてよ、ノーン」


 本当にろくなことがない。

幸いだったのは直前にノナイアスがノーンからの叱責を受けて発言権が無かったこと。一応あれでも母親に尽くしている息子なのだ。

 そしてそれとは別にノーンに対して忠義を尽くしているレヴォイズは、頭を抱えていた。顔面蒼白で一気に気分が悪そうになった。


「……少し席を外します」

「あ、ではわたくしは介抱致しますわ」

「おい待てペトラ。便乗して逃げるでない。というかイリアルと二人にするでない」


 ペトラはノーンを見て微笑むだけで、話を聞こうとしていない。レヴォイズの手を取りそのまま逃げるように――いや、実際逃げている。二人は部屋を出ていった。

 ノナイアスもそれに付いて部屋から出ていく。

 残されたのはノーンとイリアルだ。

 イリアルは変に上機嫌で、ノーンは完全に彼女のペースになったことに呆れていた。


「なぜ我なのだ。良い女ならゴロゴロおるであろう」

「うーん。なんでだろう。でも、好きになったって言う感じがする」

「……」


 頭のおかしなイリアル。一晩だけの関係を持つことはあっても、深い感情を抱くことはない女。唯一長く続いたリリエッタという女も、今では用済みとなりここ数ヶ月抱くどころかキスすらしていない。

 そんな気まぐれなイリアルが「好きになった」。相手は魔王の母だ。

 ノーンもイリアルと出会ってから様々なことがあり、魔王の母でありながら相手を思いやったりすることが増えたりした。多少過激ではあるが。

それと同じくイリアルもこの短い期間で何かが変わったのだろう。抜けていた何かが、埋められるように。


「イリアルよ」

「ん~?」

「貴様は王となれ」


 イリアルがノーンの方を見れば、影が重なる。唇が重ねられ、至近距離に美しいノーンの顔があった。

いつもはしない甘い香りは、ノーンなりの配慮なのかもしれない。いや、先程までに食べていた菓子のせいかもしれないが。

 気付けば知らぬ内に幼女の姿から美女へと変わっており、何度見てもその美しさはイリアルの好みであった。


 離れていく顔を名残惜しく思いながらも、さらりと落ちる髪をすくい撫でる。あんな事を言っておきながら、ノーンの顔はまるで愛を持った女のように慈悲に満ち溢れている。

手に残る髪にキスを落とせば「ふふ」と笑い声が聞こえた。


「我もだいぶ絆されているようだ」

「お互い様」


 手の内の髪を手放して、今度は白く美しい腕を掴む。少し強引に自分のもとへと寄せれば、何の抵抗もなく美女ノーンが腕の中へ飛び込んできた。

 視界の横で扉が消えていたのをイリアルは見ていた。退出していった彼らが入ってこないようにだろう。それにイリアルが気付いていないだけで、もっと強力な侵入阻害の魔法も掛けている。

 これは、見られたくないからか、それとも邪魔をされたくないからか。

その理由はノーンにしかわからない。

 イリアルはノーンを二人掛けのソファへ押し倒すと、体中にキスを落としていく。


 広い部屋に二人の吐息が響いていた。

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その悪魔は美女を抱き、そして死者の魂を貪る。 ボヌ無音 @MMM_Muon

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