052

 前代の魔王襲撃と異なっていることは、この都市「ケレス」に冒険者という新たな組織が生まれたことだった。以前もいないというわけではなかったが、イリアルが参入してからは特にその力を拡大させていた。

 おかげで――いやそのせいで、国力は格段に落ちていた。

魔物を狩って生活を繋げている冒険者。彼らがいる限り、国は力を持って必死に魔族と戦わずに済んでいたのだ。自ら危険に飛び込むバカ共のおかげで、それよりも大バカは楽をしていた。


そのツケが回ってきたのだ。


 圧倒的存在。絶対的能力差。

山をも削り取る強大な魔法を放てる魔王に、どう対抗するのだ。そんな化け物を想定して訓練なんてしていない。

 召喚されてから本戦闘まで短かった。それを言い訳にしたとしても、差が開きすきているのだ。


「……山、が……」

「知ってるよ、カナ……」


 誰も逃げようとしなかったのは、逃げ切れないとわかっていたからだ。逃げたところで何になる。あんな山をも削るような魔法を持つやつならば、この世界ごと吹き飛ばせるのではないかと。

 勇者達以外にも、この場にいる人間は腰が抜けているか震えて怯えている。誰も立ち向かおうなんて思っている、それこそ勇気のあるものは一人としていない。

勇者の加護を持ってしてもその勇気は得られなかった。

 目の前の約束された結末に、恐れていた。


「なんで……なんで二発を撃たないんだ?」


 兵士の一人がポツリといった。

あの豆粒にしか見えない遠方にいる魔王たちが何をしているか何を思っているかなんて、到底わかりっこない。しかしながら続きが来ないことにハッとする。

――もしかして、あの魔法はこれ以上撃てないのでは。

 この場に居た誰もがそう思った。驚かせるために牽制として放ったのだと。ひょっとすると、先程上空を飛んでいた魔族を撃ち落としたお返しなのかもしれない。


 柳コウは震える体を無理に動かし、立ち上がった。少しだけでも希望が見えてきたのだ。

 魔王ともあろう存在が、世界の存亡をかけた戦いで手を抜くはずがない。となればやはり――


「……二発目を、撃てないんじゃないか」


 勇者であるコウが口にする。小さいながらもその場がわっと湧いた。

 コウは剣を高く突き上げて叫ぶ。


「戦いの火蓋は切られた! ゆくぞ!!」

「うぉおおおおお!!」


 兵士達が突撃すると、待ってましたと言わんばかりに街なかに潜んでいた魔族達が現れる。これは流石の勇者達も想定内だ。

雑魚の処理は彼ら兵士に任せてある。コウ達は安心して魔王と戦えるのだ。


 コウは仲間を見やる。みんなも恐怖を捨て覚悟を決めた顔をしていた。何も言わずにそっと頷くと、兵士達を追うように彼らも城を後にした。

 兵士達が戦っている間をすり抜けて魔王の元へ赴く。その最中に見ている景色は、地獄そのものだった。

転がる死体、辺り一面血だらけの家。燃える建物。

 死体を貪り食う魔物を斬り殺すたびに、勇者達の心のなかにしっかりとした怒りが芽生えていた。そして自分自身を叱った。

恐怖に怯え民がこれだけ殺されてものうのうと準備をしていた。いくら王命とはいえ、民の命を救うために召喚された戦士がしていいことではない。


 コウはその手の剣を強く握りしめた。自分の剣は守るためだったというのに。無力さを痛感していた。


「コウ! 危ない!」

「!」


 後方からルカの声が飛んできてハッとする。怒りで周りが見えていなかったコウに、魔王からの攻撃が降り注いでいるではないか。咄嗟にタンクのカナが前に出て、それを囲むようにルカが防御魔法を展開する。


「ぐっ……!」

「ご、ごめん……」

「な、なにぼさっとしてんのよ! リーダーがそんなんじゃ、まじで死んじゃう、よッ!」


 カナは攻撃を跳ね返すと、流された攻撃は横の家屋に直撃し大きな音を立てて崩れていく。

 先程見た攻撃に比べると、コウ達でも受け流せるほど弱い。あれと同じであれば今頃コウもカナも消し飛んでいたはずだから。


「シケた面すんなって!」

「アツシ……。そうだね、ごめん。行こう!」


 ばしん、と背中を強めに叩かれてコウは目が覚める。先のことだとか背負う苦しみだとか使命とかは関係ない。人類を脅かす敵を共に倒す。それだけ考えればいいのだ。

 魔王もそれが分かったのか、攻撃頻度を上げてくる。数メートル進めば魔法の槍やビームなどの魔法攻撃が降ってくる。向こうも焦っているのだとコウは思った。

辿り着かれたら困る何かがあるのだろう、と。

 勇者達は足を早めた。すると魔王も攻撃を仕掛ける。コウは「しめた」と思った。

 先程から物理攻撃が全く無い。つまりそういう手立てがないのだ。飛んでくる弓矢や投擲は全て魔法によるもの。そのため魔法を封じられれば彼らに為すすべはないのだ。


「ルカ、魔法を封じられる魔法とかあるかな?」

「ないわけじゃないけど……、通じるかどうか」

「いいんだ。届く範囲に行ったら、とりあえずやってみてくれるかな」

「分かった」


 彼らを囲む魔族が徐々に増え始めている。城は遠くに見えた。だいぶ進んできたのだろう。前の世界であればこんな長距離すぐにバテていたところだ。

しかし彼らは勇者とそのパーティーの加護がある。街を縦断するほどの長距離はなんてこと無い。

 それになんと言ってもただ走るだけではなく、襲いかかる魔物や人を脅かしている化け物を片付けながら走っている。今までの特訓の成果が出ていると少し喜んだ。


「なぁ、コウ! 結構敵が強くなってるぜ!」

「やっぱりアツシもそう思う? 正門に近いからだね……」


 だがそれだけ確実にボスに近付いているということだ。城から見れば豆粒サイズだった魔王は、もうすぐ真上だ。

 後はどうやってあの空中に向かうかだった。

ルカは飛べないわけではないが、みんなも一緒に飛ばせられるわけではない。つまり彼らに空を飛ぶ手段はないのだ。

 一体どうすれば。そう考えていた時だった。


 一人、多い。


 コウ達は五人パーティーだ。勇者のコウ、魔法使いのルカ、タンクのカナ、暗殺者のユウカ、戦士のアツシ。

だが誰だ。一人、並走しているこの男は。


「みんな、離れ――」

「どうした、寂しいじゃないか。一緒にいよう」


 すべてを察して振り向いたコウの瞳に写ったのは、無邪気に微笑む魔王の姿だった。

 全員が一斉に離れた――と思ったが、魔王の手に一人捕まった。その捕まった人物に、みなが驚きを隠せない。


「ユウカ……!」


 よりにもよって一番俊敏さに自信があるユウカが囚われた。頭部を片手で抑えられ、体を強張らせている。

 各々で与えられた武器に触れている。ユウカが危険な目に遭う前に助け出すと、話し合いもアイコンタクトも何もせずみなが理解していた。


「ふむ……、そうだったな。努力、努力……」


 謎のつぶやきをすると、魔王ノナイアスはユウカを離した。コウ達には理解が及ばなかったが、ノナイアスの中では人にしようと奮闘しているのだ。

 ユウカが解放されたことにより、彼らの戸惑いは消えた。

アツシが背負っていた大剣を持ち、ノナイアスに斬りかかる。ノナイアスはそれを避ける様子はない。むしろ当てられるのを待っているように。


 金属を弾くような音がして、剣が触れたことを知らせる。しかしそれは攻撃が通ったという意味ではなかった。

はじめに驚愕したのは攻撃を振るった主のアツシだった。そしてその後は残りの仲間が驚く番だった。

 アツシの大剣はノナイアスに当たった。だがそれは当たっただけである。ノナイアスの頭部に当たった大剣は、頭を切り裂くわけでもなく傷をつけるわけでもなく、ただ止まっていた。

ノナイアスはニコニコと微笑むだけだ。


「もういいか?」

「……ッッ」

「どいて! バーニング・フレア!」


 アツシを押しのけてルカが魔法を撃ち込む。先程の作戦なんて抜け落ちていた。あまりにも突然のことで、用意する時間すらなかったのだ。

 彼女の持つ火炎魔法で1,2を争う強大な魔法だった。アツシもそれを避けるのが精一杯で、いつもなら余裕綽々と軌道から抜けるというのに今回ばかりは尻もちをついたほどだ。

 ルカの魔法はノナイアスの背後にあった家屋ごと焼き払い、そのまま数軒先まで一緒に炎に包んだ。


「……!」

「手応えあった?」

「分からないわ、でも持てる限りの魔法だったし……」

「この戦いの英雄はルカ様か!」

「ちょっと、やめてよ」


 激しい火炎が街を包んだ。数十秒の短い間だったが、炎は燃えていた。

いや、本来ならば家屋は鎮火するまで燃え続けるはずなのだ。自然の摂理ならば。


 だが炎は収束し、一点へと集められている。

それは言わずもがなノナイアスのもとにだった。家屋をも巻き込んだ火炎はノナイアスの元へと収集されていく。

 ルカだけでなく、脳みそまで筋肉で出来ているアツシですら表情を歪めた。

 一分もしない内に全ての炎を一点へと集めきった。それはノナイアスの手のひらの小さな小さな火だった。しかしそこから感じるエネルギーは強大で、それ一つでルカの魔法が完結するのだと誰もが理解した。


 ノナイアスは傷なんてものはなく、火傷もなければ髪が燃えてすらいない。ニコニコと微笑むだけだ。

そして手の内にあった炎をギュッと握り込む。次に手を開いたときには、中にあった火炎は消え去っていた。


「ではこちらの番だ」


 ノナイアスが静かにそう言う。

 次の瞬間、コウは横に立っていたルカが吹き飛んでいくのを、横目で見ていた。

彼にとって見ているしか出来なかった。体が反応出来ない速度だった。言い訳と聞こえるかもしれないが、事実そうだ。

 パーティーの俊敏さを誇るユウカですら、顔を向けることで精一杯だった。それほどにやつの、ノナイアスの攻撃は早かった。

 城では教わらない魔法。知らない攻撃。

ルカがどうなったか確認する暇なんてなかった。自分の身を守るのでいっぱいいっぱいだったからだ。


 王から賜ったドラゴンの鎧を来たカナが、ペラペラの紙細工のように扱われるのを見た。

 誰よりも疾いユウカが、防御の体勢も取れずに殺されるのを見た。

 一番力が強くみんなのムードメーカーだったアツシが、ただの肉塊になるのを見ているしかなかった。


 恐怖で体が強張り動かないのではない。その追いつけないほどの速さに間に合わないのだ。助けたくても逃げたくてもどうしようもない。


「悪いな。少し強すぎたか。後二度は立てるだろう? 回復が必要なら待っているからゆっくり……」

「馬鹿にしているのか!?」


 コウは激昂した。今まで堪えていたということもあるが、それ以上に今回受けた仕打ちは酷いものだった。我慢なんてものではない。

 一瞬にして仲間が死んだ。自分以外は全て消えた。培ってきたものがたったの数秒で砕け散った。

努力も運命も選ばれたという称号も何もかも。


 何も出来ない自分に不甲斐なさを感じていた。だがそれを消し去るほど、清々しいほどに見せつけられる相手と自分との「常識」の差。

 この程度の戦闘は出来て当たり前。あの程度の攻撃ならば数度は耐えられて当然。そういう異常な常識を叩きつけてくる。


「ん? そのつもりはなかったが、いやあったのか? どうした?」

「見れば分かるだろ! みんな死んでる!! もう二度と立てないんだよ!」

「なぜ? 死者の蘇生魔法くらい心得ているのだろう?」

「そん……ッ、そん、」


 絶句するしかなかった。

禁忌の魔法でそういったのがある、というのはなんとなく耳にしていた。しかし彼らにとっては生き返らせるのは至極当然で、まるで壊れたおもちゃを直して使うような感覚で言うのだ。


 コウの中に沸き起こったこの感情を、どう吐き出せば良いのか。矛先はこのノナイアスと決まっていたが、向けたところで――向けずとも彼の運命は決まっていた。


 死だ。

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