051

「勇者は何をやっているんだ?」

「恐らく準備かと」


 ここは魔王軍最後尾――上空。

ノナイアスは浮遊する漆黒の玉座に腰掛け、レヴォイズはその横に立っている。進軍似合わせて動いているものの、いかんせん勇者が出てこないせいで数分で一歩レベルの遅い歩みだ。

 ノナイアスとレヴォイズは、未だに現れない勇者を疑問に思っていた。ノナイアスは「ふぁぁ」と呑気に欠伸をする始末だ。

 攻撃を開始してから約一時間。街は三分の一が焼け野原と化している。逃げ遅れた住民はほとんど殺し尽くしていた。かと言ってその手を緩める訳ではなく、ノーンが怒らない範囲で攻撃は続いている。


「あれだけ期間を与えたのに、まだ用意するものがあるのか」

「ノナイアス様と違って衣服を着るのにも時間が掛かりますから」

「面倒だな、ヒトというのは」


 ノナイアスは「魔王」と言うだけあって、着替えは大抵人がやってくれる。もしくは魔法で一瞬にして着ることが多い。

誰かが着替えさせてくれると言う点に関しては人間と共通項だが、この待ち時間を見ると魔法で着替えるのは不可能なようだ。


 ノーンの許可されもらえれば、この都市ごと吹き飛ばすというのに。何も出来ないもどかしさ。それになんと言っても暇だった。この時を待っていたわけではないが、それでも時間は掛かった。

 ノナイアスには長く眠っていたときの記憶はない。

しかし、勇者と戦うためだけに生まれた存在であるノナイアス――ノナイアスは、今この状況にしか意味をなさない。だから相手が無反応だと、生きている価値を否定されているかのようにも感じるのだ。


 しかし悲しいことに、ノーンは勇者を殺したあと世界を潰すことを許可しなかった。ノナイアスを倒せる勇者が現れるまで、そこそこの近郊を保ちながら悪の王として君臨してくれ、という命令だ。


「おや」

「ん」


 城から一筋の光が飛んでくる。ひと目で強力な魔法だと分かった。城下町を覆うようにして飛んでいた魔族達が、一瞬にして消される。運良く避けられたものが散り散りになり、戦闘態勢に入った。

上空を飛んでいた魔族達には、必要最低限の攻撃しか許可をしていなかった。攻撃が漏れて逃げようとしている人間への狙撃だ。

 しかし城から強力な攻撃が降ってきたことによって、注意がそれる。逃げおおせる人間が減ってきたこともあり、飛翔タイプの魔族達の警戒はそちらに向いたのだ。


 だが強力な魔法と言ってもノナイアスにとっては大したことはない。他の魔族達が盾になっているだけで、ノナイアスに先程の魔法が直撃したのであればダメージすら受けないだろう。


「毎回《ノナイアス》は人と戦ってきたのだろう。人はここまで弱いものだったか?」

「種類は様々でしたが、今回は特段弱いですね。――いえ、もしかすると今までのノナイアス様と比べて、当代の貴方様はお力が強いのかもしれません」


 憶測なのはレヴォイズが初代から仕えているわけではないからだ。それこそノーンに聞けば分かることかもしれないが、初代となるとはるか前だ。彼女も覚えているかどうか。


 城から再び轟音が響いて、先程と同じ魔法の第二弾が撃たれたのに気付く。流石に二度目に直撃をもらう馬鹿はいないようで、各々で展開できる魔法を展開して防いでいた。

そのおかげか今回もノナイアスの場所まで攻撃が届くことはない。

 先程の魔法で死ぬほどの魔族だ。たいして強くはない。しかしその中程度の魔族で防げるほどの魔法だったのだ。ノナイアスは更に人間に対して幻滅した。


「勇者とやらはじっくり戦って殺したほうが良いのか」

「それは特に言われておりません。街を大規模に破壊しなければ瞬殺しても構わないのでは?」

「うーむ。だがそうすると暇だろう? 少しは遊んでやったほうが人間の時間も無駄にならずに済むか」


 レヴォイズは目を見開いた。

初めて母に会いに行き、ペトラを殺したあの頃とは見違えていたからだ。この男ならば、ノーンの命令に嫌々従い勇者達を瞬殺して「つまらん」なんて吐き捨てて帰るかと思っていたのに。

 ノーンが育児放棄まがいなことをしていたせいで、今までの苦労は全てレヴォイズにやって来ていた。だからこんな発言をするノナイアスに、少し喜ばしい気持ちになる。


「素晴らしいですね、ノナイアス様。生まれて少ししか経過しておりませんのに、人間のことまでお考えとは」

「……母に褒めてもらえると思うか」

「えぇ、私の方からも進言しておきます」


 気まぐれなノーンが本当に褒めてくれるかは定かではない。しかも現在はペトラを実の娘のように溺愛している。ノナイアスなど眼中にないだろう。あるとしたら、粗相をすれば殺すという確実な気持ちを抱いている程度だ。

 彼女自身「愚息」なんて話しているものの、感覚的には息子というよりも部下に近い。しかしそれとて、それならば余計に出来たときには褒めてあげて欲しいものだ。

ささやかながら、レヴォイズは心のなかでそう思った。


『魔王ノナイアスよッ!!』


 キィン、と音が響き渡る。拡声器のような役割を持った魔法だった。

ようやく勇者のご登場だ、とノナイアスは声の主を探す。


 城からこちらを睨みつけるのは間違いなく勇者だった。重武装に身を包み、清められた武器を持ち、仲間を率いている。

愚かにも後方には国王が構えていて、狙おうと思えば狙えるのにと鼻で笑う。

 まるで子犬が睨むようなその視線は、ノナイアスに突き刺さったところで痛くも痒くもない。しかしその子犬がキャンキャン吠えるのだから、少しは聞いてやろうと様子を見る。


『我ら勇者が来たからにはもう好きにはさせない! これから――』

「長いな。いちいち喋らないといけないのか」

「この喋っている間に国を五回は滅ぼせますね。そもそも声を大きくするのに魔力を割いているのも無駄ではないでしょうか」

「その通りだな、レヴォイズ……」


 奇襲を仕掛けたのにいちいち口上をされてはたまったものじゃない。それでも付き合ってあげるというのが、ノーンとの約束だ。

 今日何度したかわからない欠伸を再び漏らす。拡声魔法で声は届いているものの、その内容は頭に入ってこない。入れたところで意味はない。

悪が善に従うと思っている方がおかしいのだ。この世を掻き乱しての悪。それがお願いだのルールだのに縛られるはずがないのだから。


 またも欠伸を漏らそうとした時だった。

ノナイアスの椅子の横の空間が黒く歪み始める。それに気付いたノナイアスは、即座に座っていた漆黒の椅子をしまって傅いた。


 白い肌、黒いゴシックロリータドレス、幼い顔立ち、金髪。

どう見てもノナイアスが傅く相手ではないはずだが、しかしそれでも跪いてしまうのは当然だと言わしめる魔力。

 この幼女は誰がなんと言おうと、ノナイアス達の母であり父である。


「随分探したぞ。地上にいると思ったのだが、空とはな」

「申し訳無いです、母上」

「よい。敬語を覚えたか。夫人を付けて正解だったな。――して、どうだ?」

「勇者の名乗りを待っている最中です」

「ふむ」


 ノナイアスの位置はほぼ正門の真上あたり。城から喋っている勇者達には豆粒程度にしか見えていないだろう。

だからノーンはあえて派手な行動に出れた。

 人差し指を城に向ける。指先にエネルギーがたまり、5センチ程度の球体が生まれる。それを指先でトンと突けば、レーザービームのような魔法が撃ち出された。

魔法は城のてっぺんをかすめ、そのまま彼方へと飛んでいった。

 都市を過ぎて向こう側にある山々が削れたのを見て、城にいる連中は慌て始める。


 魔法がかすめた城の一部は切り取ったように綺麗に消え去っていて、狙ったのか偶然なのか誰も犠牲者は出ていない。

が、勇者側の精神はそこそこ削られたようだ。

 ノーン達の目には勇者がしっかりと捉えられていて、へたり込んでいるのもよくわかった。


「城は破壊してよい」

「ありがとうございます、母上」

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